■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

クラリネット五重奏曲 イ長調

K581

 モーツァルトによる管楽器と弦楽器のための五重奏曲は、同種の四重奏曲の成立時期1777−1781年に対して続く1782年と1789年のウィーン時代に限られている。これは「ホルン五重奏曲」と「クラリネット五重奏曲」であるが、おのおの五重奏作品のあとにくる同じ楽器のための協奏曲によって、その楽器の可能性が十分に展開しつくされていることが注目される。モーツァルトの管楽器のための作品は、特定の楽器がその作曲の契機となっている場合がほとんどであるが、この場合もその例にもれず、前者はヴァルトホルンの名手イグナーツ・ロイトゲープであり、後者はクラリネットおよびバセット・ホルン奏者アントーン・シュタトラーである。そしてモーツァルトは彼のために書いたクラリネット五重奏曲を手紙で「シュタトラー五重奏曲」と呼んでいる。シュタトラーは元来、ロシア大使ガリツィン伯に仕えていたが、のちに独奏者として活躍した、モーツァルトと深い親交のあった優れたクラリネット奏者で、クラリネットという楽器の改良に多大な貢献をしたことでも知られている。
 そもそもクラリネットは1700年頃にシャリュモーという楽器を母体として、おそらくはクラリーノの代用たるべきものとしてニュルンベルクの楽器製作者デンナー(1655−1707)が考察したとされているが、その浅い歴史にもかかわらず独特の音色によって18世紀半ばにはオーボエやフルートが占めていた位置を奪ってしまうほどに成長したのである。しかし〈愛のなかで溶けてしまった感情〉(シューバルトの音楽美学構案、1806年)と表された音色を有するこの楽器は、モーツァルトによってこそ、その魅力と真価を十分にあらわすことになる。モーツァルトは、ロンドン、ミラノほかでこの楽器に接するが、マンハイム体験はことに印衆深いものだった。モーツァルトはさまざまな作品においてこれを用いるようになるが、交響曲における少ない使用に対して圧倒的に多い歌劇における感情表出手段としての使用は、モーツァルトのクラリネットに対する捉え方を特徴づけていて興味深い。
 「クラリット五重奏曲」には低音の開発に努力したシュタトラーの力が働いている。すたわち今は失われたオリジナル稿ではシュタトラー考案のバセット・クラリネットのために書かれ、のちに一般の使用に供するためより高く変更された箇所がいくつかあると報告されている。また、元来、バセット・ホルンのために作曲されたという説もあるが、その点は謎に包まれたままである。いずれにせよモーツァルトは均整のとれた旋律構造、端整な形式のなかで、憂愁を帯びた官能的な響きをアルペッジョ、跳躍、タンギング、回音といった技巧と織りまぜて十分に、しかも室内楽的緻密さを失わずに展開しているのである。なお、この作品のためのものを含むクラリネット五重奏曲の4つの断片は新全集に掲載されている。モーツァルトの洗練された気品とクラリネットのしなやかな表現力の総合によるこの作品はこの種の音楽の最高傑作である。
作曲年代 1789年9月29日、ウィーン。
初演 1789年12月22日、ブルク劇場(ウィーン)。クラリネット奏者はシュタトラー。
基本資料の所在 自筆稿散逸。
出版 〔初演〕オッフェンバッハ、J・アンドレ、1802年。〔全集〕新モーツァルト全集第8篇、第19作品群、第2巻。
演奏時間 36分。
楽器編成 クラリネット(イ)、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ。

第1楽章 アレグロ イ長調 4分の4拍子。ソナタ形式。
第2楽章 ラルゲット ニ長調 4分の3拍子。展開風の中間部を有するABAの三部形式。
第3楽章 2つのトリオ(1イ短調、2イ長調)を有するメヌェット イ長調 4分の3拍子。
第4楽章 アレグレット・コン・ヴァリアツィオーニ イ長調 2分の2拍子。主題と4つの変奏およびアダージョ、アレグロの2つの自由な変奏による終結部から構成されている。