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交響曲 第39番 変ホ長調

K543

 「第39番」から「第41番」までの3つの交響曲は、ふつう〈最後の三大交響曲〉とよばれている。しかしこの3曲について、記録はわずかのことしか語ってくれない。それはあたかも、3つの作品の比類ない内面的充実が、日常的な記録の痕跡をぬぐい去ってしまったかのようである。交響曲創作におけるモーツァルトの歩みは、この3作をもって最高の完成に達し、アンリ・ゲオンの比喩を借りるなら、交響曲は「隠れた崇高な神の統治する御社となった」(高橋英郎訳)。神の3つのペルソナを象徴するかのように、3つの交響曲は、モーツァルトの個性によって統一されつつも互いに鋭い対照をなし、いずれ劣らぬ完成度の高さを示している。作曲期日(1788年6〜8月)からすれば、これらは「ドン・ジョヴァンニ」の記憶がなお鮮明な時期に属しており、ド・サン=フォアは、このオペラからの種々の影響を認めている(とくに変ホ長調K543において)。これに対し、M・フロトホイスのように、それらを「器楽による『魔笛』のメルヘンの先取り」とみなし、「魔笛」との調性、動機、語法上の連関を指摘する者もいる。いずれにせよ、3つの交響曲が、器楽曲として最高の技法をみせているばかりでなく、「ドン・ジョヴァンニ」に比肩するほどの霊的領域への肉迫を示し、「魔笛」を想起させるほどの深い精神世界を開示していることは、事実であろう。しかもそこには歌がみちあふれ、〈軽み〉と形容したいほどの、抜けきった筆致がみられる。モーツァルトはこれらの交響曲によって、「器楽のもつ〈歌う〉という表現可能性を頂点まで高め、それが、心の無限の憧れの底知れぬ深みをとらえうるまでにした」(リヒャルト・ワーグナー)。
 ところで、変ホ長調K543の交響曲は、これまでその明るさを強調して語られることが多かった。曰く、「満ち足りた幸福感の表現」(O・ヤーン)「健全な、放恣にまで高められた存在の喜び」(H・アーベルト)、「3作中最も現世的な喜びに満ちたもの」(B・パウムガルトナー)。しかし、この交響曲の底にどれほど真率な悲しみとメランコリーが宿されているかを思うならば、こうした性格づけに不満を覚えずにはいられない。まだしも、「白鳥の歌」という俗称がふさわしいのではないだろうか。この交響曲のもつ美しくも清澄な歌謡性と、その陰に潜むたとえようのない寂寞を、その言葉はよく暗示しているのだから。
 この作品では、調性に変ホ長調が選ばれ、管の編成においても、オーボエに代えてクラリネットが採用された。楽曲の示す透明でまろやかな音感は、この編成に起因するところが大きい。またクラリネットを軸とする管楽器の扱いも、モーツァルトの交響曲中でも随一と思えるほどみごとである。アインシュタインは、こうした調性や楽器編成、その他の書法(たとえば第1楽章第1主題のスラー)に、フリーメイスンのための音楽との親近性をみとめ、悲しげな第2楽章から確固としたメヌエットを経て明朗な終楽章に至る楽曲の理念を、「死は人間の最良の友」であるとした有名な書簡(1787年4月4日付、父宛)のそれになぞらえて説明している。その是非は問わぬとしても、この交響曲の音楽につきまとう象徴的な含蓄の深さを、アインシュタインは卓越した直観によって認識していたのであろう。
作曲の経過 三大交響曲は1778年夏、1ヵ月半ほどの期間に書きつがれたが、これはその第1作で、6月26日に(R・ランドンによればわずか4、5日で)完成された。しかし、どんな機会のために作曲されたのかは不明である。おそらく予約演奏会のために書かれ、その演奏会が予約者減少のために流れてしまったのであろうと考えられる。
初演 モーツァルトの生前に、この交響曲を含む最後の三大交響曲が演奏されたという記録は残されていない。このため従来は、これらの作品が生前には一度も演奏されなかった、とされてきた。しかし、R・ランドンはそれをロマン主義的な謬見とみなし、おそらく生前の何らかの機会に初演されていたであろう、としている。作曲後まもない時期に書かれた筆写譜がヨーロッパ各地の図書館に残されていることも、これらの交響曲が広く演奏されていたことを裏づける。
出版 〔初版〕 ロンドン、チャンケッティーニ スペラーティ社、1807年(総譜)。オッフェンバッハ、J・アンドレ社、1797年(パート譜)。〔全集〕新モーツァルト全集第4篇、第11作品群、第9巻。
演奏時間 約27分(ワルター指揮のCBSソニー盤による。繰返しはメヌエット以外はほぼ省略されている)。
楽器編成 フルート、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部。

第1楽章 アダージョ 変ホ長調 2分の2拍子−アレグロ4分の3拍子。序奏つきソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ・コン・モート 変ロ長調 4分の2拍子。
第3楽章 メヌエット(アレグレット) 変ホ長調 4分の3拍子。メヌエットの傑作のひとつとして有名な楽章である。
第4楽章 アレグロ 変ホ長調 4分の2拍子。ソナタ形式。