■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

ピアノ三重奏曲 ホ長調

K542

 モーツァルトの室内楽曲にあってピアノをともなった作品は、独特の性格をもったものとして、彼のウィーン時代の活動を飾っている。ピアノフォルテという、当時としてはまったく新しい表現力をかちえた楽器を、弦とか管とかによって構成された内的で親密な室内楽に加えることにより、新しい性格が生みだされてくるのは当然で、たとえば弦楽四重奏曲とか弦楽五重奏曲といった純粋で、構成の点でも厳格な楽曲(といっても、古典派時代においては、社交的な要素をまったく欠いているというわけではない)が、ピアノがもつ社交的な性格を加えて、より軽いものになり、ピアノを中心とする楽曲の典型的なものであるピアノ協奏曲にみられるような協奏的(コンチェルタンテ)な華やかさをも示すこれらの楽曲は、いわば、純粋の室内楽と協奏曲の中間をゆく音楽ということができる。
 ところで、ウィーン時代のモーツァルトが作曲したこれらの楽曲を、質的な意味で代表するのが、2曲のピアノ四重奏曲であるとすれば、量的な点で目立っているのは、ピアノ三重奏曲であろう。事実、モーツァルトは、全部で8曲のピアノ三重奏曲(1曲はピアノ、クラリネット、ヴィオラという編成)を作曲しているが、1776年ザルツブルクで作曲された、ディヴェルティメントの名をもつもの(変ロ長調K254)をのぞいて、すべて、ウィーン時代に属し、1783年から1788年の間に作られている。それら1曲1曲は、ピアノ四重奏曲にみられるようたスケールをもたず、知られることも比較的少ないが、しかし、親しい人たちの間で演奏される家庭的な音楽として、捨てがたい味わいをもっているばかりでなく、なかなかみごとな構成感と内容を示すものである。
 モーツァルトの生活は、この時期の間にしだいに苦しさを増していったが、この間の事情をはっきりと示してくれるのは、友人のミヒャエル・プフベルク宛の手紙である。この親切な友人に対する無心の手紙は度重なっていくが、そのなかの1通(1788年6月26日付)の追伸で、モーツァルトは、プフベルクの家でまたちょっとした合奏をしてみたいと述べたあと、1曲の新しい三重奏曲を書いた旨記している。これがホ長調K542の作品である。それから少したった8月の2日に、モーツァルトは姉のナンネルに手紙を書き、ザルツブルクの先輩である、ミヒャエル・ハイドンを彼女の家に呼んで、自分の新しい作品を聴かせてあげてほしいと述べている。ここで新しい作品としてモーツァルトが挙げているのは三重奏曲と四重奏曲であるが、三重奏曲が、このホ長調の作品、そして四重奏曲はニ長調K499と推定されている。なお、プフベルクに宛てた2年後の手紙(1790年4月8日付)で、モーツァルトは、プフベルクのために書いた三重奏曲にふれているが、ヤーンは、これをホ長調の作品ではないかと推測している。しかし、現在では、これは例の有名な変ホ長調のディヴェルティメント(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための作品、K563)であると考えられている。
作曲年代 1788年6月22日、ウィーン。
基本資料の所在 自筆譜はベルリン国立図書館所蔵。
演奏時間 約20分。
楽器編成 ピアノ、ヴァイオリン、チェロ。

第1楽章 アレグロ ホ長調 4分の3拍子。
第2楽章 アンダンテ・グラツィオーソ イ長調 4分の2拍子。
第3楽章 アレグロ ホ長調 2分の2拍子。