■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

ディヴェルティメント 「音楽の冗談」 へ長調

K522

 30歳を越え、ますます円熟した筆致をもって、あらゆる分野の作品を創作し続けていたモーツァルトから1曲の奇妙な作品が創り出された。作曲の動機はまったく知られていないが「音楽の冗談」とモーツァルトが自ら名付けた曲である。「プラハ交響曲」K504やハ長調の「ピアノ協奏曲」K503あるいは2曲の弦楽五重奏曲(ハ長調K515ト短調K516)といった完壁な形式と深い内包をもつ真摯な作品がすでに完成し、そして、数々の歌曲の名品が生み出されつつあった頃のことである。この「音楽の冗談」ほどモーツァルトが生地ザルツブルクと父レオポルトから受けついだ奇妙な性格をはっきりと示している作品は少ない。モーツァルトは歌劇などでも往々ユーモアやアイロニーにみちた諷刺的な情調や情景をたくみに創造しているが、そういった意味でこの作品は特に器楽における代表的な例といえるものであり、モーツァルトが生まれた1756年頃に父レオポルトがあいついで作曲した「シンフォニア・ブルレスカ」、あるいは「農夫の結婚」などのもつ特徴と共通したものをもっている。モーツァルトは10歳の折に「ガリマティアス・ムジクム」K32を作曲したが、この曲も、いわば同じ系列に属する作品といえよう。
 「音楽の冗談」はメヌエット、および緩徐楽章を含む4楽章からなっていて、いずれの楽章にも音楽的な誤りが巧みに用いられ、作品の諧謔味を強めている。このようなことからモーツァルトが狙ったのは満足に演奏もできないような素人オーケストラ−1778年にザルツブルクでチェルニン伯によって設立された素人管弦楽団で、モーツァルトもその演奏に立ち会っだことがあるという−を皮肉ることであったともいわれているが、一層適切な解釈はアーバートのように、何も知らないくせに交響曲の作曲ができると自惚れている自称作曲家に対する椰楡嘲笑を音化しているとすることであろう。
 2本のホルンと弦楽(4部または5部)を用いる交響曲、あるいはディヴェルティメントの形態をとりながら、作品内部の緊密な構成に対する無能力をあらわにしているばかりでなく、それに全然気がついていないというまったくどうしようもないような作曲家の面影が各楽章で生き生きと描かれているわけである。それぞれの楽章の構成をみても、なんら有機的に関連性のない楽想をただ単に並べているばかりであり、しかも4つの楽章がひとつの作品としての統一を破るような規模をもっている(最も重要な第1楽章が一番短く、しめくくりのフィナーレもついで短いのに対して、中間のメヌエットとアダージョが極端に長く、素人作曲家の均斉感の欠如を適切に描いてあますところがない)。このみごとなパロディにおいて、特に目立った理論上の誤りの効果的な使用は、5度の平行やメヌエットでのホルンの不協和音、アダージョ冒頭での誤った音、あるいは自己の存在を強調しようとしている奇妙なヴァイオリンのカデンツァ、そしてフィナーレのフーガやびっくりさせるような終止等である。
 なお、この曲はモーツァルトの生誕百年記念にベルリンのシュレジンガーから総譜が出版された。この総譜やその後の版では、誤って「村の音楽師」とか「農夫の交響曲」あるいはさらに「村の音楽師六重奏曲」などと呼ばれているが、この名称はなんら正当な理由があって付けられたものではない。最後の名称に付けられた六重奏曲というのも同様で、低弦はコントラバス演奏されるほか、かならずしも各パート1人の演奏者によるという制限はつけられていない。
作曲年代 1787年6月14日、ウィーン。
基本資料の所在 ベルリン国立図書館(プロイセン文化財団)。
演奏時間 18分。
楽器編成 ホルン2、ヴァイオソ2、ヴィオラ、コントラバス。

第1楽章 アレグロ ヘ長調 4分の4拍子。
第2楽章 メヌエット マエストーソ ヘ長調 4分の3拍子。全体の規模からみて、第1楽章よりはるかに大きく、交響曲ないしディヴェルティメントの作法を全然心得ていない野心的音楽家を巧みに示して効果的である。
第3楽章 アダージョ・カンタービレ ハ長調 2分の2拍子。自分にはそれがまったく不可能であることを知らないままに、緩徐楽章に深い内容を盛ろうとしている作曲家の姿が生き生きと描かれ、アイロニカルな感を与える。ホルンが省かれて弦楽だけで奏される。
第4楽章 プレスト ヘ長調 4分の2拍子。