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弦楽五重奏曲 第3番 ト短調

K516

 前作「ハ長調五重奏曲」と並ぶ、モーツァルトの室内楽作品中、最高傑作の1つとみなされる。「ハ長調五重奏曲」が、「ジュピター」に比され、これは調性も同じ「大ト短調」交響曲に並び称される。モーツァルトは1785年、おそらく「フィガロ」に取り組みながら「クラヴィーア四重奏曲」ト短調を書いたものであったが、2年を経て、またもやこの憂愁にみちた調性を選ぶこととなった。交響曲におけるただ2つの短調作品がこの調によるものであり、この特異な調性が単に気分においてのみならず作品の質そのものに著しい飛躍をとげさせていることは周知のことであるが、そのことは五重奏曲においても同様にあてはまる。S・ニューマンは「ト短調交響曲」とこの五重奏曲の深い関連性に注目し、とくに交響曲のフィナーレと五重奏曲の第1楽章の主要モティーフが同一の核を有していることを指摘している。いずれにせよ、厳粛な激情が五重奏曲においても同様に、あるいはいっそう強く楽曲全体を支配している。アインシュタインはここでおこることを「ゲッセマネの園の情景」に喩えている。「苦杯が干されねばならないのに弟子たちは眠っている」と。「ドン・ジョヴァンニ」の年に生まれたこのト短調とも、また「ドン・ジョヴァンニ」のデモーニッシュな宿命を克服した1788年のト短調とも異なり、逃れられない深淵をのぞかせている。モーツァルトは最終楽章を序奏ののち、ト短調ではなくト長調においたのであるが、アインシュタインが「慰めなき長調」と呼んでいるように、それはけっしてべートーヴェン的な意味での闘いとられた生の歓喜ではなく、あくまでモーツァルト的彼岸の世界をあらわしている。
 成立事情については「第2番」を参照
作曲の経過 「第2番」ハ長調作品完成彼にモーツァルトはイ短調作品をおそらく5月頃、呈示部まで書き進めているが、これを放棄してしまった。いずれにせよ、予約出版の3連作のうち「第3番」を短調作品にする構想ではあったらしい。またフィナーレについても2つのト短調のスケッチが残されているが、新全集ではこれらがこの作品のフィナーレのためのものかどうかは確定しがたいと述べていることを付記しておく(作曲年代は1787年5月16日。ウィーン)。
基本資料の所在 プレイエル・コレクション(パリ)、クリフォード・カーソン(ロンドン)、前田財団(東京)、パリ音楽院図書館所蔵。以上自筆譜(部分)。
出版 〔初版〕ウィーン、アルタリア社。1790年。〔全集〕新モーツァルト全集第8篇、第19作品群、第1巻。
演奏時間 34分。
楽器編成 ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ。

 楽曲の構造はハ長調作品に比較すると単純ともいえるほどであるが、前者がある核心を求めて延々とさまようものであるとすれば、後者は核心のみが述べられている作品であり、自然にその規模も縮小されている。
第1楽章 アレグロ ト短調 4分の4拍子。強い集中のうちに、救いのない激情を一気に溢れさせるソナタ楽章。
第2楽章 メヌエット アレグレット ト短調 4分の3拍子。第1楽章の悲劇的な気分を尖鋭化した楽章。
第3楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ 変ホ長調 4分の4拍子。展開部を省いたソナタ形式。楽章を通じて弱音器付で奏される。
第4楽章 アダージョ(ト短調)−アレグロ(ト長調)。序奏とロンド形式。