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ピアノ四重奏曲 第2番 変ホ長調

K493

 ピアノを構成要素に加えた室内楽曲は、純粋に弦楽だけの室内楽曲とは、かなりちがった性格をもっている。それは、ピアノという楽器の特性から生まれるのであろうが、協奏曲と一致はしないまでも、すくなくとも並行した特徴をもつことは、たとえば、楽章構成が、弦楽四重奏曲のような純粋な室内楽曲と異なって、3楽章をとり、しかもフィナーレがロンド形式をもつという点からも察せられる。協奏曲が、交響曲に対して示している特徴と同じものが、弦楽の室内楽に対するピアノをともなう室内楽にみとめられるのである。作品の調子も、純粋な室内楽の厳格な手法から由来する重厚なものとは違って、いつでもどの声部かが中心となり、流れるように受け渡される、軽やかなものであるのも、ひとつの大きな特徴であろう。
 このことは、とくにこの変ホ長調のピアノ四重奏曲についてあてはまる。「第1番」のト短調の作品が、このような楽曲にはむしろめずらしく、暗い、あるいははげしい情調をもっていて(しかし、これも、フィナーレは短調でなく、長調をとっている点で、やはり暗さに固執してはいないが)、そのとりつきにくい(と少なくとも当時の人には思われた)性格からあまり売れゆきがよくなかったために、モーツァルトは「第2番」を作曲する際、とくに注意をはらって、失敗を繰り返さないように、軽い情調のものにしたともいわれている。しかし、そのような配慮が特別に払われたうえで、この作品が生み出されたとするのは、穿ちすぎる見方であろう。モーツァルトが、同じジャンルで、つづいて短調作品を作曲するということは考えられないし、とくにピアノを伴う室内楽曲では、このような軽やかで晴朗な情調をもつ作品の方が普通だからである。
 だが、この作品は、適当な陰翳をもっていて単に明るいばかりの平板なものではない。この点もまた、注意さるべきであろう。
作曲の経過 モーツァルトが、1785年、ウィーンの楽譜出版商ホフマイスターと結んだ、一連のピアノ四重奏曲を出版する契約は、てはじめに、ト短調K478の作品の完成によって実行された。そして、同年11月20日付のホフマイスター宛ての、前借りを申し込んだ手紙で、彼が、2人の間にとりかわされた契約事項は着々進行していると述べている。ト短調は10月16日に書きあげているため、おそらく、それ以後に続くものとしての変ホ長調の作品を念頭において、こう書いているのであろう。
 しかし、この年の暮か翌86年の初めにかけて出版されたト短調の作品は、公衆の趣味に合わず、売れゆきがかんばしくなかったため、ホフマイスターがこの種の作品を引き続き出すことを渋ったので、彼も自発的に契約を破棄したと伝えられている。
 手紙にうかがえるピアノ四重奏曲作曲の企ては、すでに11月には形をなしていたものと思われ、したがって、モーツァルトが、それ以後の一連の作品、すくなくともこの「第2番」を、ホフマイスター以外の出版社から出そうと考えたのは当然のことといえよう。
 この作品は、しかし、その後半年以上もたった1786年の6月3日になってようやく完成の運びにいたった。それは、3曲のピアノ協奏曲(変ホ長調K482イ長調K488ハ短調K491)、あるいは「劇場支配人」K486、さらには大作「フィガロの結婚」K492などが相ついで書かれたあとのことで、しかも、ホフマイスターの商売がたきの楽譜商アルタリアから1787年に出版されたものである。
基本資料の所在 自筆楽譜は消息不明。
演奏時間 約25分。
楽器編成 ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。

第1楽章 アレグロ 変ホ長調 4分の4拍子。
第2楽章 ラルゲット 変イ長調 8分の3拍子。モーツァルトには比較的少ない変イ長調をとったこの楽章は、こまやかな情調をもっている。
第3楽章 アレグレット 変ホ長調 2分の2拍子。このような曲のフィナーレを飾るにふさわしいロンドである。