■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

交響曲 第8番 ニ長調

K.48

 西方への大旅行から帰ったモーツァルトは、10ヶ月ほどをザルツブルクで過した後、1767年9月11日には2回めのウィーン旅行に出発しているが、この旅行中に、西方への大旅行の際に始められた交響曲の創作活動が、再び活発に展開されることになったのである。
 当時ウィーンでは、ゲオルク・クリストフ・ヴァーゲンザイル(1725-1777)、フローリアン・レオポルト・ガスマン(1729-1774)、レオポルト・ホフマン(1730-1793)、ヨハン・バプティスト・ヴァンハル(1793-1813)といった、いわゆる前古典派の音楽家たちによって、古いバロック様式からぬけ出し、新しい様式を築きあげようと、様々な新しい試みがなされていた。このようないわば過渡期にあった前古典派の作品は、ハイドン研究者として知られるロビンス・ランドン(1926-)の言葉をかりれば「バロックの様式と〈新しい様式〉とが同時に緊密につながっている」ものであった。前古典派の音楽家たちが新しい様式の確立に向かって特に力を注いだのは、器楽曲の分野においてであったが、特に交響曲に関しては、第3楽章にトリオ付のメヌエットを置く4楽章構成、それまで用いられていたオーボエとホルンの他にも同じ2管編成のフルートやファゴット、あるいはトランペットとティンパニを加えることによって拡大された楽器編成、管楽器の役割を重視する傾向などにおいて、新しい様式への道が開かれているのである。しかし他方では、バロックの様式のなごりであるゼクヴェソッや対位法を用いた書法も同時に見られるのである。
 ウィーンでこのような新しいタイプの交響曲に接することができたモーツァルトは、彼らからたちまちにして多大な影響を受けたのである。そして、1年4ヶ月という比較的短い期間に、当時のウィーンの交響曲を手本とした交響曲が6曲〔K76(K42a)、「第6番」K43、「第7番」K45、KAnh214(K45b)・「第8番」K48、いわゆる「新ランバッハ交響曲」〕も書かれたのであった。
 交響曲「第8番」は、ウィーンで書かれた6曲中最後の作品であり、モーツァルトが前古典派の音楽家たちから受けた影響がいかに深甚なるものであったか、そしてまた、モーツァルトが短期間にいかに彼らのスタイルを吸収していったかをもっとも端的に示している。
作曲年代 自筆譜に、1768年12月13日にウィーンで作曲されたことが明記されている。
基本資料の所在 自筆譜は、西ドイツのベルリン国立図書館(プロイセン文化財団)に保管されている。
演奏時間 約12分。
楽器編成 オーボエ2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部。

第1楽章 アレグロ ニ長調 4分の3拍子。ソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ ト長調 4分の2拍子。二部形式。
第3楽章 メヌエット ニ長調 4分の3拍子。トリオを伴う。トリオのあとメヌエットにダ・カーポする3部形式。
第4楽章 アレグロ ニ長調 8分の12拍子。交響曲「第1番」第1楽章にみられるような、ソナタ形式に近い二部形式で書かれている。