■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調

K466

 18世紀は音楽史上に激しい変化が数多く起きた時期だが、なかでも、ピアノフォルテという楽器の誕生は、後代への影響を考えると、その最たるもののひとつに挙げられよう。この楽器に特有の豊かなデュナミークが保証する表現の深さと力強さは、それにふさわしい音楽の様式と、それを自在に弾きこなす演奏者−ヴィルトゥオーソの出現を促し、古典派の音楽活動の中軸を荷なうようになり、さらには、実践されたジャンルの大部分がこのピアノを主役に据えるところのロマン派の時代を招来することになるからである。
 そうしたジャンルのひとつ、ピアノとオーケストラのための協奏曲も、他の多くのものと並んで、モーツァルトの手によって古典的完成にもたらされた。オーケストラの規模と演奏技術もやはり、18世紀に入ってめざましく整備され、進歩したのであったが、モーツァルトはそのオーケストラと先述のピアノを合せて、均整のとれた〈古典協奏曲〉の形式をゆるぎないものに仕立てあげたのである。いま、急−緩−急の3つの楽章からなるその大要を記せば、次のようになる。まず第1楽章は例外なく、古典派時代を貫く形式原理であるソナタ形式を踏まえ、そのうえに独奏楽器の活躍のための場を確保した、いわゆる協奏風ソナタ形式で構成される。ふつうのソナタ形式と異たって、オーケストラ−トゥッティによって2つの対照的な主題が原調で一通り示されたあと、独奏ピアノが多くの場合、指ならしの楽句、アインガングをもって登場ののち、第1主題が改めて出され、呈示部の本格的なやり直しとなる。オーケストラのみによる両主題の呈示の際は経過部はあわただしく終っていたが、ソロによるそれは拡大され、複雑になり、まずここで華麗な技巧的楽句が並べられる。展開部は既出の、あるいは新たな旋律素材に基づくオーケストラの動機操作の合間を縫って、独奏が思うまま細やかなパッセージやスケールを繰りひろげて技巧を披歴するという2つの面を具備しているが、モーツァルトのとくに優れた作品にあっては、この2つが見事に均衡を保って進む。再現部は型通り2つの主要主題が主調で再現され、オーケストラが主調四・六の和音上のフェルマータで休止すると、独奏楽器が即興で技巧を最大限に発揮したカデンツァを奏してから、コーダとなる。第2楽章は三部リート形式が多く、ときに展開部を欠いたソナタ形式(二部形式)、あるいは変奏曲形式をとることもあるが、いずれの場合も、独奏楽器が深く意をこめて歌い上げる美しく、またいく分愁いを含んだ旋律と、それを支えるオーケストラの音色効果がきわだつ特徴として挙げられる。第3楽章は、大てい、明るく屈託のないリズミカルな主題に基づくロンド形式によっている。同じ急楽章といっても、交響曲に接近した内容をもつ第1楽章に比べれば、ここでは協奏曲本来の社交音楽的性格が色濃く残っている。なお両端楽章には必ずカデンツァが挿入されるが、モーツァルトみずからが書き残したものが伝えられている曲の例も少なくない。
 モーツァルトのおよそ30曲にのぽるピアノ協奏曲のうち、とくに1783年以降、ウィーンで独立した作曲家ならびに演奏家として自分が主催する予約演奏会での上演をめざして書かれた作品はひとしく、興ってまもないこのジャンルの古典的完成のひとつのあり方を明らかにしていた。1785年の3曲、K466、467、482もまた、今日もっとも頻繁に取り上げられる文字通りの名曲であるが、大作「フィガロの結婚」の完成を控えて、作曲家の創作力が絶頂に向かう時期に合致するのみならず、前年から2年越し、1曲もつくられなかった交響曲の、その交響的なるものへのモーツァルトの意欲のはけ口がここに求められ、充たされているとも言えるのである。
 1785年2月11日、ウィーン市立集会所「ツア・メールグルーベ」における予約演奏会のために作曲され、初演されたこのK466は、短調による最初のピアノ協奏曲というだけでなく、他にも特筆すべき点をいくつも備えている。低音域でうごめく暗く悲劇的な開曲、第2楽章ロマンスでのおだやかな主部とト短調のめまぐるしい中間部との強烈な対照、激しい上昇音形のフィナーレ・ロンド主題など、作曲者自身のそれまでの諸作を超えた新しい地平がそこに拓かれてあり、べートーヴェンを予見するところさえ認められる。事実この曲は、モーツァルトの協奏曲のなかでは一番多く、ロマン派の人々の共感を誘うものとなり、べートーヴェンやブラームスも愛奏してこの曲のためのカデンッァを残しているほどである。
 初演の行われた2月11日にはちょうど、モーツァルトの父レオポルトがウィーンに到着、息子の音楽会活動のうちでももっとも輝やかしいものとたったこの日の演奏会をまのあたりにすることができた。「……音楽会はこの上もないほどすばらしく、オーケストラも立派でした……それからヴォルフガングのすばらしい新作のクラヴィーアのための協奏曲が続きました。写譜の人が、私たちが着いた時はまだ仕事を終っていなかったので、お前の弟はロンドを一度も全部通して弾いてみる時間がありませんでした。筆写譜を見直さなければならなかったからです……お前の弟が立ち去るとき、皇帝は帽子を手に持って会釈され、それからブラヴォー・モーツァルト!!と叫ばれました……」と、レオポルトは娘ナンネルに宛てた2月16日付の手紙で得意気に報告している。なお、ヨーゼフ・ハイドンの「私は誠実な人間として神かけて申しますが、あなたの息子さんは私が個人的に、あるいは名前の上だけで知っている作曲家のうちで、もっとも偉大な方です」という有名な言葉は、先の演奏会の翌日、モーツァルトの自宅でレオポルトに向けて発せられたのだが、その様子も同じ日付の手紙に生々しく伝えられている。
作曲年代 1785年2月10日、ウィーン。
基本資料の所在 ウィーン楽友協会(自筆楽譜)。
出版 〔初版〕オッフェンバッハのJ・アンドレ社、1796年。〔全集〕旧モーツァルト全集第16篇、第2番。新モーツァルト全集第5篇、第15作品群、第6巻。
演奏時問 約34分(新全集版による)。
楽器編成 独奏ピアノ、フルート、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部。

第1楽章 アレグロ ニ短調 4分の4拍子。ソナタ形式。
第2楽章 ロマンス 変ロ長調 2分の2拍子。三部リート形式。
第3楽章 アレグロ・アッサイ ニ短調 2分の2拍子。展開部を欠いたソナタ形式。