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ホルン協奏曲 第2番 変ホ長調

K417

 1782年の「第1番」に続いて、1783年5月27日に完成されたが、2楽章からなる「第1番」のロンド・フィナーレの完成が1787年に持ち越されていることを考慮するなら、全曲が完成された最初のホルン協奏曲ということになる。
 自筆譜に、「1783年5月27日、ウィーンにて、ヴォルフガング・アマデ・モーツァルトが、ろば、牛、阿呆のロイトゲープに憐れみを覚えて(作曲)」という珍妙な献辞が書かれているようにホルンの名手として知られた気のおけない友人ロイトゲープのために作曲された。ロイトゲープとの愉快な交友ぶりは、「第1番」と「第3番」の概説に詳しいので、ここでは独奏楽器について簡単にふれておこう。
 今日のヴァルブ・ホルンが発明されたのは1830年頃のことであり、モーツァルトの時代には、言うまでもなく無弁の楽器が使用されていた。この楽器は「ヴァルトホルン」と呼ばれるように、狩の劇肌を前身としているが、バロック後期には、たとえばバッハの「ブランデンブルク協奏曲」第1番や、ヴィヴァルディの2曲の協奏曲が示すように、高音域を中心にかなりの演奏能力を備えた楽器となっていた。しかし、ホルンの役割が飛躍的に増大したのは交響曲の発展にともなってであった。新様式に対応すべく、替管の改良、中音域以下の演奏能力の拡張がなされ、ホルンは、オーボエとともに、近代的なオーケストラに逸早く定席を得ることになる。こうした改良は、ドレスデンのホルン奏者ハンペル(1705?-1771)に帰せられるが、ハンペルの貢献としては、もう一つ1750年頃に創始された「シュトップフ奏法」があげられる。これは、朝顔の中に右手を入れて倍音列にない半音や全音を得る奏法である。これによって、ホルンはオーケストラの和音充填楽器としてばかりではなく、モーツァルトの4曲の協奏曲にみられるように、名手の場合には旋律楽器としてもかなり柔軟な表現力を発揮する楽器となったのである。
 「第2番」は、すべてが変ホ長調を主調に3楽章構成で書かれた3曲(「第2〜4番」)の中では一番小型で、技巧的な華やかさも少なく、余り目立たない作品となっているが、ロイトゲープの得意としたカンタービレな奏法の魅力はここでも十分に発揮されている。また終楽章には、ロイトゲープとの交友ぶりをしのばせるユーモラスな筆致が彩りをそえていることも注目されよう。
作曲年代 1783年5月27日(自筆譜による)。
基本資料の所在 自筆譜はベルリン国立図書館所蔵(ただし、第1楽章の最初の176小節とロンド楽章のみ。他は消息不明)。
出版 1802年、オッフェンバッハのJ・アンドレ。
演奏時間 約13分。
楽器編成 独奏ホルン(変ホ調)、オーボエ2、ホルン2、弦5部。

第1楽章 アレグロ・マエストーソ 変ホ長調 4分の4拍子。協奏風ソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ 変ロ長調 8分の3拍子。A(主調)-B(属調)-A(主調)-B(属調)-A(主調)と、主題が三現する小ロンド形式と考えられる。
第3楽章 ロンド 変ホ長調 8分の6拍子。ロンド形式。4曲に共通する狩のロンド。