■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

ホルン協奏曲 第1番 ニ長調

K412/514(386b)

 モーツァルトはホルンのための作品として4曲の協奏曲と1曲の五重奏曲を残したが、それらはいずれも親しい友人であったザルツブルク宮廷楽団のホルン奏者、ロイトゲープ(あるいはライトゲープ)のために書かれている。このホルン奏者とモーツァルトはたいへん気のおけぬ仲であったらしく、愉快な挿話がいくつか伝えられている。そのうちこの曲に関するものを挙げると、この協奏曲の終曲をなす楽しげなロンドの譜に、いたずらっぽいからかいが書き散らされていて、「さあいけ、ロバ君!」とか、「ちょっとひといき」、「だめなブタ公!」、「やれやれ、これでおしまい!」といった調子。このような無邪気ないたずらから察するところ、相手のロイトゲープがおそらく円満な、気の好いホルン吹きであったろうことは想像にかたくない。当時としてきわめてすぐれた技巧の持主であったとも伝えられているが、音楽家としてさほど高い教養の持主ではなかったという。のちにモーツァルトの父レオポルトとともにチーズ業を営み、この方面でもぬかりなく成功して、天才モーツァルトなどよりはるかに裕福な生活を送ったというから、その人物もなんとなく眼に浮ぶようである。
 とにかくモーツァルトも4曲の協奏曲を彼のために書いたのであるから、この好人物にかなりの愛着をもっていたと思われる。モーツァルトはこの4つの作品を指して、「ロイトゲープ調のもの」と言っているが、たしかに作品の性格も明るく、陽気な楽しさにあふれ、音楽的にも技術的にも特にひねったところがない。すなおな生気が躍動し、無邪気でのびやかな旋律が流れる(ロイトゲープの奏するゆるやかな旋律は特に美しいものであったらしい)。
 この協奏曲「ニ長調」は中間の緩徐楽章を欠いているが、第1楽章がどことなくのびやかな田園的情緒をただよわせること、終楽章のロンドが狩猟の溌剌たる気分にあふれていることは、他の3曲にも共通する性格である。牧歌的なカンタービレと狩猟の笛というこの二面はモーツァルトのホルン観を端的に表すものである(このことについてはなお「第3番」変ホ長調の概説を参照)。
 モーツァルトがこの曲の場合だけ緩徐楽章を書かなかったとはとうてい考えられないことである。それゆえアインシュタインは断片としてのこされているホルン協奏曲用のホ長調のアンダンテ(KAnh98a)がこの協奏曲「ニ長調」の第2楽章を示すものと推測している。
 4曲のホルン協奏曲はいずれも1780年代に作曲されたものであるが、このうち「第1番」のみがニ長調で、ほかはすべて変ホ長調である。「ニ長調」は4曲中最も単純素朴な性格をもち、第1楽章のソナタ形式も、終楽章のロンドもまったく簡潔に書かれている。
作曲の時期 ホルン協奏曲4曲のうちとくに「第1番」と「第3番」とは完成の時期が明らかでない。この曲の第1楽章が1782年に仕上げられていることは問題がないが、その草稿(ベルリン図書館蔵)ではロンドはごく粗いスケッチとしてのみ残されている。これによってロンドがこの協奏曲に属するものとして計画されたことは明らかであるが、その完成は5年を経た1787年の春にもちこされた。それゆえケッヒェルはロンドのみをK514としてふたたび採録した。このことから生ずる煩雑さは、サン=フォアのように2つの楽章を切り離して扱ってしまえば避けられよう。彼はロンドのオーケストラが第1楽章のそれと異なりファゴットをまったく欠くことを有力な証拠として、両者が関連せねばならぬ理由はなにもないという。またアインシュタインの推定どおり、この曲がホ長調のアンダンテを含んでいたと仮定しても、その完成はロンド同様1787年まで持ち越されたと想像される。ともかくだいたいの輪郭は1782年に成立したことは疑いないとしても、全曲としての成立は以上のように曖昧な推測の域をでない。この年のいつごろ完成されたかに関しても諸説があり、ケッヒェルはいわゆる〈ハイドン四重奏曲〉中最初の作品、「弦楽四重奏曲」ト長調よりかなりのちに置いているが、これに対してアインシュタインは「後宮からの誘拐」からこの「四重奏曲」までの間にこの曲の完成を推定している。サン=フォアの見解もこの曲を「四重奏曲」の前に置き、7月から12月までの間であるという。
 作曲の具体的な経過や初演の模様などについてはむろん何一つ明らかではない。
基本資料の所在 協奏曲全体の自筆楽譜はベルリン国立図書館所蔵。ただしロンドは未完である。筆写譜もベルリン国立図書館所蔵。
出版 旧モーツァルト全集第12篇、第16番。
演奏時間 約8分。
楽器編成 独奏ホルン(ニ調)、オーボエ2、ファゴット2、弦5部(ただしファゴットは第1楽章のみ)。

第1楽章 アレグロ ニ長調 4分の4拍子。きわめて単純なソナタ形式によっている。
第2楽章 アレグロ ニ長調 8分の6拍子。これも明快単純なロンド形式。