■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

セレナーデ 第12番 ハ短調

K388(384a)

 モーツァルトの短調のセレナーデはこれ1曲のみである。ただし、モーツァルトの創作全体を概観してみると、この曲の書かれた1782年から短調作品が急に増加していることがわかる。その直接的な原因として多くの学者が挙げるのは、「ヴァン・スヴィーテン家における、モーツァルトのバロック音楽(特にバッハ、ヘンデル)体験」である。周知のようにバロック時代には短調の使用頻度が古典派よりもずっと高く、こうした音楽からモーツァルトも刺激を受けたと考えられるからである。確かに第1楽章の冒頭主題は異なる性格をもつ複数の要素からなる多部分主題であり、単純な構造をもつ古典派特有のフレーズではない。また、第3楽章のメヌエット、トリオにもカノンが用いられており、これも、模倣技法や対位法に親しんでいたからだと考えられなくもない。しかし、もう少し詳しく見ていくと、第1楽章の冒頭主題は並列的に並べられた動機の集まりでもなければ、連紡型でもない。むしろ、切れ切れのフレーズの中にまとまりが感じられ、全体として大きなフレーズをつくりあげていると考えられる。こういった絶妙なバランスは古典派特有のものである。また同じ第1楽章の第2主題に見られる単純でありながら優美でのびのびとした歌、第3楽章のカノンの明快さ、トリオの明るさ、第4楽章のこった形式などは、モーツァルト独自のものであり、前の時代よりも後の時代を想起させる。冒頭主題を発想する際にバロックの音楽はきっかけとはたり得てもそれ以上の役割は果していたい。しかしハ短調という調性は曲の構成や内容を変えてしまっている。まずセレナーデには珍らしい4楽章制であり、しっかりとした形式や楽器の扱い方は弦楽四重奏に見られるものである。モーツァルトが1787年にこの曲を「弦楽五重奏」K406(516b)に編曲したのもゆえのないことではない。
作曲の経過 1782年7月27日の父親宛の手紙でモーツァルトは「急いでナハトムジークを作曲しなければなりません。ただし、ハルモニーのためです。そうでなければ、この曲を御父上のために使うこともできたのですが……」と書いている。ケッヒェル第1版では、ハ短調セレナーデをシュヴァルツェンベルク侯の楽団のためと推測しているが、第6版では、侯の楽団にはクラリネットがないことと、同年1月23日付の手紙で、結婚するために必要な経済的基盤を支える要素の一つとして「アロイス・ヨーゼフ・リヒテンシュタイン侯がハルモニー・ムジークを主催する予定であり、私はそのために作曲することになるでしょう」とモーツァルトが書いていることから、リヒテンシュタィン侯のハルモニーのために、1782年7月下旬にウィーンで書かれたと推測している。
初演 不明(ただし1782年であるとは、前の経過より推測される)。
基本資料の所在 自筆譜(以前はベルリン国立図書館にあったが、戦後は紛失している。また、モーツァルト自身の手でクラヴィーア用に編曲されたものが、ロンドンの英国博物館 Ms.31748 にある)。筆写譜〔(ウィーン市立図書館 MH 1853/C' ベルリン国立図書館プロイセン文化財 Mus.Ms.15339。ブリュン、モラヴェスケ博物館 A 16818,(パート譜)〕。
出版 〔初版〕二通りの説があり、どちらが正しいかは、現在までのところ不明である。(1)ライプツィヒ、A・キューネル「八重奏」原典版 V.-Nr.900(1811年)、後にぺータースから出版される。(2)オッフェンバッハ、J・アンドレ。「2本のクラリネット、2本のオーボエ、2本のホルン、2本のバスーンのためのセレナーデ」V.-Nr.2883(1811年)−の二通りであるが、アンドレが自筆譜を所有していたことは確認されている。〔全集〕旧モーツァルト全集第9篇、第14番。新モーツァルト全集第7篇、第17作品群。
演奏時間 17分40秒(東芝エンジェル IWB-60013)。
楽器編成 オーボエ2、クラリネット2、ホルン2、ファゴット2

第1楽章 アレグロ ハ短調 2分の2拍子。ソナタ形式の第1楽章は、2つの主題の対比が著しい楽章である。
第2楽章 アンダンテ 変ホ長調 8分の3拍子。反復記号を伴わない単純なソナタ形式。
第3楽章 メヌエット ハ短調 4分の3拍子。トリオ ハ長調4分の3拍子。カノンのメヌエットと表示されたメヌエットは反復記号をもった3部形式である。
第4楽章 アレグロ ハ短調 4分の2拍子。フィナーレは一風変った形式をもつ。