■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

交響曲 第35番 ニ長調 「ハフナー」

K385

 ウィーン時代のモーツァルトは、ハイドンに比べると数こそ少ないが、くっきりとした個性を備えた6曲の交響曲を作曲した。いずれもが古典派交響曲を代表する傑作に数えられている。その最初に位置しているのが、移住後1年ほどを経て書かれたこの「ハフナー交響曲」である。この交響曲は、最初ザルツブルクの富豪ハフナー家の子息の爵位授与式のために6楽章のセレナードとして作曲され、翌1783年の春、アカデミー(予約演奏会)の曲目とするために4楽章の交響曲に改められた。多忙の中で大急ぎで作曲をされたにもかかわらず、何ら本質的な変更も加えずに交響曲となりえた原作のセレナードの音楽的な充実は作曲者自身が驚きを感じたほどのものであった。モーツァルトの成熟をあらわに示す事例として余りにも有名である。こうした成立事情からも、曲は祝典的な華やいだ気分を基調としているが、ハイドンの影響とバッハ体験の同化を示す生気に満ちた交響的書法の躍動が感じられ、交響曲としての見事な統一感が生まれている。ザルツブルクで作曲した前作の「第34番」には、交響的表現の新しい領域を開こうとする意欲が熱気のように漂っていたが、モーツァルトはセレナードという、たまたま訪れた大オーケストラのための作曲の機会を捉えて、前作では予感に留まっていた新しい理念をこの作品に噴出させたものといえよう。
 ソナタ形式で書かれた両端楽章の形式表現はとりわけ意欲的であり、ウィーンでの新しい音楽体験の核心を知らせている。ハイドンの影響は、第1楽章の単一主題性と第4楽章の機知に富んだ構成にみることができる。また第1楽章における対位法の支配がバッハ体験に根ざしていることはいうまでもない。ド・サン=フォアが指摘するように、ウィーン時代の最初の交響曲の第1楽章の対位法への集中が、最後の交響曲の終曲でもう一度現れることは、古典派様式を捉えるうえで象徴的な意味すらもっているといえよう。
作曲の経過 原曲のセレナードは、1782年7月末にウィーンで作曲された。モーツァルトはザルツブルクの裕福な貴族で、父レオポルトが親しく交際していたハフナー家のために、すでに1776年に1曲のセレナードを作曲していた。これが普通「ハフナー・セレナード」ニ長調K250と呼ばれる作品で、娘エリーザベトの結婚式のためのものである。1782年の作品は、したがって「第2ハフナー・セレナード」ともいわれるが、今度は息子のジークムント・ハフナー2世の爵位授与式の祝典音楽として、レオポルトのたっての依頼に応じて作曲された。当時、ウィーンに移住して1年ほどのモーツァルトは、大成功を収めた「後宮からの誘拐」K384の管楽アンサンブルヘの編曲に取りかかっており、また、父が強く反対していたコンスタンツェとの結婚にこぎつけるための努力も払わねばならず、非常な多忙の中にあったが、7月20日、父にしぶしぶ承諾の手紙を書いている。モーツァルトは少ない時間をみつけて作曲に取り組み、できあがった楽章から順に父のもとに送付した。7月27日にようやく第1楽章が送付されたが、31日には遅れを詫びる手紙が書かれている。2つのメヌエット、アンダンテ、終曲は8月の初めに送付され最後の行進曲は8月7日に送られた。こうして、全6楽章からなるセレナード全曲が完成された。作風は父を喜ばせたようで、モーツァルトは8月24日の手紙に、「交響曲がお父さんの趣味にかなってとてもうれしい」と書いている。
 翌1783年の春、モーツァルトはウィーンで催すアカデミーのために新しい交響曲が必要となり、父からこの曲の自筆譜を送り返してもらった。2月15日、改めて自作を手にしたモーツァルトは、多忙の中で書き進めたセレナードの見事さに驚き、父に次のように書き送っている。「曲を送っていただき、心から感謝しています……新しい『ハフナー交響曲』は、ぼくをまったくびっくりさせました。それについてはもういうべき言葉もないくらいです。これはきっと大成功を収めるにちがいありません。」モーツァルトは、3月22日のアカデミーで演奏するため、メヌニットの1曲と行進曲を取り除き、現在ある4楽章の形にまとめた。またこの時、両端楽章に新たにフルートとクラリネットのパートを書き加えている。
初演 1783年3月23日、ウィーンのブルク劇場で、モーッァルト自身の指揮。この時は、プログラムの最初に第3楽章までが、そして最後に第4楽章が演奏された。皇帝ヨーゼフ2世も臨席したこの演奏会は大成功であった。
基本資料の所在 ニューヨーク国立管弦楽協会の所有(ニューヨーク国立図書館保管)。
出版 [初版] 1785年、ウィーン、アルタリア社。[全集]旧モーツァルト全集第8篇、第35番。新モーツァルト全集第4篇、第11作品群、第6巻。
演奏時間 約25分。
楽器編成 フルート2、オーボエ2 クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部。

第1楽章 アレグロ・コン・スピーリト ニ長調 2分の2拍子。ソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ ト長調 4分の2拍子。ソナタ形式。
第3楽章 メヌエット ニ長調 4分の3拍子。小規模ながら、ウィーン風の典雅な趣のあふれた魅惑的なメヌエットである。
第4楽章 プレスト ニ長調 4分の4拍子。ロンド・ソナタ形式。