■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

セレナーデ 第10番 変ロ長調 「グラン・パルティッタ」

K361(370a)(K449a)

 モーツァルトの交響管弦楽曲において、またオベラにおいてわれわれを何より魅了してやまないのは、管楽器の絶妙な用法であろう。モーツァルトの手にかかったとき、管楽器は、それぞれの特徴を十全に、また自然に発揮しながら、しばしば意表を突くような新鮮な印象をめざめさす。そうしたモーツァルトの管楽器書法の精髄を示した作品が、この「変ロ長調」のセレナーデである。ここでモーツァルトは、2本のバセット・ホルンを含む、かつてない豊かな編成の管楽器群を用いた。(自筆楽譜では最低音域にコントラバスが指定されている。したがって「13管楽器のセレナーデ」という通称は厳密に言えば正しくない。また、「グラン・パルティッタ Gran Partitta」という別称は、モーツァルトの死後、自筆楽譜に書き込まれたものである。)これらの楽器は、のびのびした野外的雰囲気のなかに生きもののように息づき、みごとな対比と結合を受けつつ、果てしない楽興の時を繰り広げる。しかもそこには、円熟期ならではの内面的な深さに加えて、デモーニッシュな陰影さえあらわれるのである。
作曲の経過 従来この作品は、1781年はじめにミュンヘンで着手され、ウィーン到着(3月)後に完成されたものと考えられていた。その場合モーツァルトの念頭にあったのは、マンハイムから移って来たばかりのカール・テオドール侯の宮廷楽団の管楽器奏者たちということになる。しかし、リースンとウィットウェルの研究(「モーツァルト年鑑」1976/77年号)によれば、それが書かれたのは1784年(すなわちモーツァルトがバセット・ホルンを好んで用い、協奏曲においてもオブリガートの管楽器を活用するようになるころ)の2月10日前後であり、念頭に置かれていたのはウィーンの管楽器奏者たち(クラリネットはシュタードラー兄弟、バセット・ホルンはA・ダーフィトとV・シュプリンガー)であるという。この説の当否は今後の検討に待たねばならないが(おそらく新全集の出版時に明確な見解が示されるであろう)、それを認めるとすれば、この作品はK449aに位置づけられることになる。なお、従来は7つの楽章が統一的に構想されたか否かについても説が分れていた。たとえばド・サン=フォアは第4−第6楽章を1787−88年の付加であるとし、フロトホイスは、この作品が2つのセレナーデからの合成であるとする。しかし上記の新説では、全曲が統一的に作り出されたことが認められている。また、別編成による種々の異稿(管楽八重奏版KAnh182、弦楽五重奏版K46、およびフルート四重奏曲K285bの変奏曲)は、いずれもモーツァルトの手によるものではない。
初演 1784年3月23日、ブルク劇場で開かれたアントーン・シュタードラー主催の慈善演奏会で。この日はプロイヤー邸における「ピアノ協奏曲」変ホ長調K449の演奏日にあたっていたため、モーツァルトは欠席したらしい。おそらく演奏時間の関係から、この日は第1、第2、第5、第7の4つの楽章のみが演奏された。その模様について、シンクは次のように伝えている。「私は今日、管楽器のための音楽を聴いた……モーツァルト氏による、4楽章からなる作品で、輝かしく崇高なものであった!それは、13の楽器、すなわち、ホルン4、オーボエ2、ファゴット2、クラリネット2、バセット・ホルン2、コントラバスから編成されており、どの楽器をも名手が担当していた。おお、その効果はなんとすばらしかったことだろう。輝かしく壮大で、高雅かつ崇高であった!」
基本資料の所在 アメリカ合衆国議会図書館(自筆譜)。
出版 初版はウィーン、Bureau d'Arts et d'Industrie社、1803年(パート譜)。
演奏時間 約49分(デ・ワールト指揮のフィリップス盤)。
楽器編成 オーボエ2、クラリネット2、バセット・ホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス。

第1楽章 ラルゴ−アレグロ・モルト 変ロ長調 4分の4拍子。
第2楽章 メヌエット 変ロ長調 4分の3拍子。2つのトリオを持つメヌエット。
第3楽章 アダージョ 変ホ長調 4分の4拍子。テクスチュアをさし貫く深い感情のゆえに、古来「全曲に冠するもの」(H・アーベルト)として注目を集めてきた楽章である。
第4楽章 メヌエット アレグレット 変ロ長調 4分の3拍子。
第5楽章 ロマンツェ アダージョ 変ホ長調 4分の3拍子。
第6楽章 主題と変奏 アンダンテ 変ロ長調 4分の2拍子。
第7楽章 ロンド アレグロ・モルト 変ロ長調 4分の2拍子。ユーモアにみなぎる、はつらつたる終曲。