■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

セレナーデ 第9番 ニ長調 「ポスト・ホルン」

K320

 人生上においても、また芸術の上でも、多くの体験を重ねることになったマンハイム・パリ旅行から、生まれ故郷の町ザルツブルクに帰ったモーツァルトは、主人である大司教に対して烈しい不満を抱きながらも、なお、1779年の初めから、翌々年の夏にいたる2年半もの歳月を、大司教宮廷に仕える音楽家としてすごしたのであったが、この時期はまた、彼が旅行中に得た音楽体験をみごとに結実させた、実り豊かな時期でもあった。たとえば1779年4月から翌年8月にかけて、モーツァルトは3曲の交響曲(ト長調K318変ロ長調K319ハ長調K338)を手がけているが、管弦楽のための作品はこれだけにとどまらない。「2台のピアノのための協奏曲」変ホ長調K365=K316aを始めとして、「ディヴェルティメント」ニ長調K334(320b)や、さらに「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲(シンフォニア・コンチェルタンテ)」変ホ長調K364(320d)などの名品の姿がみられる。セレナーデ「第9番」もまたこの時期に属する作品である。
 7楽章からなるこのセレナーデは、おそらくなんらかの祝祭のために書かれたと思われるが、用途は正確には知られていない。有名なモーツァルト伝の作者であるフランツ・ニーメチェックは、出版社ブライトコプフ・ウント・ヘルテルあての手紙(1799年5月27日付)で、この曲が大司教の霊名の祝日のために書かれたとし、祝賀交響曲と呼んでいるがヒエロニュムス・コロレードの霊名の祝日は9月30日であり、この曲の作曲された日(1779年8月3日)からみて、かならずしも確実なものとはいえないようである。
 この作品にはモーツァルトがマンハイム・パリ旅行中に受けた影響がゆたかに反映しているとともに、それが彼の若々しい個性によってみごとに消化され、前に挙げた交響曲や協奏交響曲に劣らない価値高いものを生んでいる。形式的にみて、反復記号をもたない冒頭楽章やフィナーレ、あるいはパセティックな情調をもったアンダンティーノの作法などは、モーツァルトがパリで得てきた印象の強さを思い起こさせるし、また、楽器法の点では、あの有名なマンハイムのオーケストラの音調が偲ばれる。そしてそれらはモーツァルトのすぐれた劇的才能によって、しっかりと裏打ちされるのである。2つのメヌエットを含み、さらに2つのコンチェルタンテ楽章をもっていることは、当時のセレーナードの慣習によっているが、ニ短調の表現的な緩徐楽章を加えて烈しい第1楽章と、交響曲的なフィナーレをそたえたこのセレナーデは、当時のモーツァルトのスタイルを代表する作品のひとつといえよう。
 事実、この作品の2つのメヌエット楽章とコンチェルタンテ楽章、それにロンドー楽章を省略しての第1楽章、第5楽章、それに終楽章の3楽章による交響曲版が当時注意されていた。新全集ではそうした交響曲版を編集刊行している。
 なお、第2メヌエットの第2トリオで、駅馬車にもちいられたポスト・ホルン(コルネ・ドゥ・ポスト、コーチ・ホーン)が使われていることから、この曲は普通「ポスト・ホルン・セレナーデ」と呼ばれている。
作曲年代 1779年8月3日、ザルツブルク。
基本資料の所在 ベルリン国立図書館(プロイセン文化財)。
演奏時間 約40分。
楽器編成 フルート2(第2メヌエットの第1トリオにはフラウティーノ(ピッコロ)1と記されているが、自筆譜は空白となっている)、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2(第2メヌエットの第2トリオではホスト・ホルン1が使われる)トランペット2、ティンパニ、および弦(ヴァイオリン2、ヴィオラ、低弦)。

第1楽章 アダージョ・マエストーソ−アレグロ・コン・ススピーリト ニ長調 4分の4拍子。
第2楽章 メヌエット アレグレット ニ長調4分の3拍子。
第3楽章 コンチェルタンテ アンダンテ・グラッィオーソ ト長調4分の3拍子。セレナーデには通常協奏的な楽章がつけ加えられていて、たとえば「ハフナー・セレナーデ」のようにヴァイオリン独奏が加わるが、この曲ではフルートとオーボエが使われて、かつてパリで作曲された管楽器のための協奏交響曲を思わせる楽章となっている。
第4楽章 ロンドー アレグロ・マ・ノン・トロッポ ト長調 4分の2拍子。
第5楽章 アンダンティーノ ニ短調 4分の3拍子。短いものながら緊張した情調は、セレナーデの緩徐楽章としてはきわめて特異なものであり、短調の楽章として、たとえばヴァイオリンとヴィオラの「協奏交響曲」の緩徐楽章と共通したものをもっている。
第6楽章 メヌエット ニ長調 4分の3拍子。2つのトリオをもったいくぶん変ったメヌエット。
第7楽章 フィナーレ プレスト ニ長調 2分の2拍子。全曲を通じて最も充実した楽章といえよう。