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フルート協奏曲 ニ長調 (オーボエ協奏曲 ハ長調の編曲)

K314(285d)

 「ト長調」フルート協奏曲でも述べたようにモーツァルトは1777年12月10日付の父宛の手紙で、ド・ジャンから200フロリーンという好条件で、フルートのための3曲の協奏曲と2、3の四重奏曲の作曲依頼を受けたことを伝えている。そして1778年2月14日の書簡では、フルートのための2曲の協奏曲と3曲の四重奏曲を作曲し、その報酬として96グルデン受けとったが、この額は約束した200フロリーンの半額にも満たないものであると書いている。しかし、1778年10月3日付の父宛の書簡では、ド・ジャンのために1曲のフルートのための協奏曲しか書かなかったと記している。このくい違いはどこから生じたのであろうか。このことは、1920年にザルツブルクのモーツァルテウムで、パウムガルトナーがモーツァルトの息子の遺品の中から「オーボエ協奏曲」を発見したことにより解決された。すなわちフルート協奏曲「ニ長調」は、この「オーボエ協奏曲」の編曲であることが明らかになった。ド・ジャンが200フロリーン支払わなかったのは、約束した3曲の協奏曲のうち1曲しか新しく作曲しなかったためである。
 この「フルート協奏曲」は、ベルガモ出身のオーボエ奏者であるジュゼッペ・フェルレンディス(1755−1805年頃)のために作曲された「オーボエ協奏曲」ハ長調の編曲であり、性急な作曲依頼者であるド・ジャンの注文に答えるため、フルート用に簡単にハ長調をニ長調に書き直し、独奏パートにいくらかの変化をもたせて間に合わせたのである。
 この「オーボエ協奏曲」の成立時期に関しては次のように考えられている。1777年10月15日の父の書簡によれば、モーツァルトはこの協奏曲をたずさえて、9月23日にマンハイム=パリ旅行に出発した。そして1778年2月14円のマンハイムからのモーツァルトの手紙には、同地のすぐれたオーボエ奏者フリードリヒ・ラム(1744−1808年頃)がこの「オーボエ協奏曲」の5回目の演奏をし、大喝采を博したことが伝えられている。したがって、「オーボエ協奏曲」の作曲年代は、フェルレンディスがザルツブルクの宮廷オーボエ奏者となった1777年4月1日から、モーツァルトがマンハイム=パリ旅行に発った9月23日の間であると考えられ、「フルート協奏曲」よりも半年も前に作曲されていたことになる。パウムガルトナーは夏に作曲されたとみなしている。
 パウムガルトナーの発見した「オーボエ協奏曲」は、パート譜であり、18世紀にウィーンで書かれたと思われる筆写譜である。彼はこのパート譜に基づき1949年にロンドンで総譜を出版し、さらに翌年には、この作品に関する論文を発表している。そこでは、「フルート協奏曲」は「オーボエ協奏曲」を単に1音上げて編曲されたものと考えている。「フルート協奏曲」が編曲であるとする理由は、「フルート協奏曲」ではヴァイオリンが1番低い弦のイ音より下へ入っていないこと、フルートのソロ・パートは3点ホ音を越えていないこと、この3点ホ音は「オーボエ協奏曲」では3点ニ音に相応し、これは当時の習慣的なオーボエの実践における上方の限界音と一致すること、また「フルート協奏曲」ト長調では、3点ト音がしばしば使用されているのに、この「フルート協奏曲」では3点ホ音までであることなどがあげられる。
 「フルート協奏曲」と原曲である「オーボエ協奏曲」は1音高さが異なるだけで、オーケストラ・パートもソロ・パートもほぼ同じであるが、フルートの演奏法を考慮に入れた音形的な変奏がみられる。フルートのパートにはオーボエのパートよりもいっそう華やかで生気をおびた箇所があり、さらに第2楽章のフルートの多くの出だしの音には装飾音が付けられており、モーツァルトがド・ジャンのために筆を加えたあとがうかがわれるのである。
 なお、1971年には、第1楽章の主題と密接に関係がある音形を記した9小節の自筆楽譜(ハ長調)が発見されている。
作曲の時期 原曲は、フェルレンディスがザルツブルクの宮廷オーボエ奏者となった1777年4月1日から、モーツァルトがマンハイム=パリ旅行に発った9月23日の間と考えられる。
 フルート用に編曲されたものは、K313(285c)で記したように1777年12月10日から1778年2月14日の間、おそらく1月か2月にマンハイムで書かれたと思われる。
初演 オーボエ協奏曲の初演に関しては不明であり、またフェルレンディスが実際にこの協奏曲を演奏したかどうかも不明であるが、1778年2月14日付のマンハイムにおけるモーツァルトの書簡には、「ラム氏がフェルレンディスのために書いたぼくの『オーボエ協奏曲』の5回目の演奏をし、当地で大喝采を博しました」とある。一方、「フルート協奏曲」の初演も不明である。
基本資料の所在 自筆楽譜はF・G・ツァイライス博士個人蔵。ただしオーボエ用の第1楽章の一部分9小節。筆写譜の総譜はウィーン楽友協会、およびグラーツ在住フェーダーホーファー博士蔵。パート譜はザルツブルク、モーツァルテウムにフルート用のものと、オーボエ用のものの2種類、およびベルリン国立図書館(Mus.Ms.15382/1)に保存されている。
出版 〔初版〕、ミュンヘン、ファルター社より1800年頃作品99として出版された。〔全集〕旧モーツァルト全集第12篇、第14番。
演奏時間 約20分。
楽器編成 独奏フルート(オーボエ)、オーボエ2、ホルン2、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラパス。

第1楽章 アレグロ・アペルト ニ長調 4分の4拍子。協奏風ソナタ形式。このアレグロ楽章には、「アペルト(aperto)はっきりとした」と指示されており、K313(285c)の第1楽章と同様に明るくはつらつとした楽章である。
第2楽章 アンダンテ・マ・ノン・トロッポ ト長調 4分の3拍子。ソナタ形式。叙情的な美しい緩徐楽章である。
第3楽章 アレグロ ニ長調 4分の2拍子。楽曲の性格からみると明らかにロンドであるが、主題の呈示法からすれば、変則的なソナタ形式を示している。軽快な気分に満ちた楽章である。