■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

フルート協奏曲 ト長調

K313(285c)

 1777年9月23日、モーツァルトは、母とともにザルツプルクを出発し、マンハイムヘの旅にたった。この旅行は求職のためのものであったが、残念ながらこの地では、あてにしていた宮廷音楽家としての地位は得られなかった。しかし幾人かのすぐれた演奏家たちと交友を得ている。その中には名フルート奏者としてヨーロッパにその名を馳せていたヨハン・バプティスト・ヴェンドリング(1720−1797年)、オーボエ奏者のフリードリヒ・ラム(1744−1808年頃)などがいる。
 このマンハイム滞在中には、一連のフルートのための作品が生まれている。しかし、元来モーツァルトはあまりフルートを好まなかったらしい。当時のこの楽器は、今日のもののように発達してはおらず、正しい音程で演奏するのは困難であり、かなり、音にむらがあったと思われる。したがって、彼の初期の交響曲や協奏曲の管弦楽の編成には、主としてオーボエを用いており、フルートをあまり使用していない。しかし2、3ヵ月のうちに2曲のフルート協奏曲と3曲のフルート四重奏曲が作曲されたのは、旅先での経済的な理由のほかに、ヴェンドリングの名人的演奏に啓発されることが多かったと思われる。1777年12月10日付の父宛の手紙でモーツァルトは次のように書いている。「ぼくはいつものようにヴェンドリングのところに食事に行きました。その時、彼はぼくに言うのです。私たちのインド人(これは財産があって自適していて、学問という学問を愛好し、しかもぼくの大の仲良しで、ぼくの〈崇拝者〉のオランダ人です)のためにちょっとした軽く短い協奏曲を3曲と四重奏曲を2、3曲、フルート用に作ってくれれば、彼はあなたに200フロリーンさし上げます。」ヴェンドリングの仲介で、モーツァルトはこのオランダ人(モーツァルトののちの手紙には〈ド・ジャン〉と記されているが、1767年に、ウィーンの作曲家カール・ディッタース・フォン・ディッタースドルフから9つの楽器のための交響曲を献呈されたヴィレム・ヴァン・プリテン・デジョンとおそらく同一人物と推定される)のためにフルートの作品を書いたことは事実である。それらは、1777年12月25日の日付をもつ「フルート四重奏曲」ニ長調K285に始まり、翌1778年1月または2月に書かれたト長調K285aハ長調KAnh171(285b)の合計3曲の四重奏曲と、いわゆる「第1番」ト長調K313(285c)と「第2番」ニ長調K314(285d)の2曲の協奏曲がそれである。最後の曲は、モーツァルトがザルツプルクのオーボエ奏者ジュゼッペ・フェルレンディス(1755−1805年頃)のために書いたハ長調の協奏曲を、時間的余裕がなかったために、フルート用に編曲し直したものである。
 モーツァルトのフルート協奏曲は、「金儲けの仕事であって、ほとんど真面目に取り組んではいない」とアルフレート・オーレルは述べているが、古今のフルート協奏曲の中でも最も広く親しまれているものである。この「第1番」協奏曲は楽曲形式的には特筆すべき特徴はなく、またとり立てて名人芸的な技法が使われているわけではないが、フルートの音域(1点ニ音から3点ト音まで)が完全に駆使されており、旋律ものびやかな音形が用いられており、この楽器の特質に相応しいものとなっている。
作曲の経過 「ド・ジャンにフルートのための作品を依頼された」と父宛に書いている1777年12月10日から、「そのうちの2曲の協奏曲と3曲の四重奏曲が完成した」と書いている1778年2月14日までの間に、マンハイムで書かれた。おそらく1778年1月か2月であろうと考えられる。第2楽章には、その後まもなく代用楽章K315(285e)が作曲されている。アインシュタインによれば、このフルート協奏曲の第2楽章は、単なる音楽愛好家であるド・ジャンには難しすぎるためにその代用楽章が成立したものである。
初演 1778年1月あるいは2月に完成されたと考えられるが、初演に関しては不明である。シーデンホーフェンの日記によると、1777年7月25日にナンネルのために催されたセレナーデで、コントラバス奏者ヨーゼフ・トーマス・カッセルを独奏者として、モーツァルトのフルート協奏曲が演奏されたと書かれており、O・E・ドイッチュは、そのフルート協奏曲はおそらくこのK313(285c)であったという見解を示しているが、その場合には、従来の作品成立時期とくい違いが生じてくる。しかしその結論は現在までまだ提示されていない。
基本資料の所在 自筆楽譜は不明である。筆写譜はウィーン楽友協会およびベルリン国立図書館(Mus.Ms.15381)に保存されている。
出版 〔初版〕ライプツィヒ、ブライトコプフ・ウント・ヘルテルより1803年に出された〈Concerto Pour la Flute avec Accompagnement de l'Orchestre〉(出版番号203)と思われる。〔全集〕旧モーツァルト全集第12篇、第13番。
演奏時間 約20分。
楽器編成 独奏フルート、オーボエ2、ホルン2、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。旧モーツァルト全集では、第2楽章の伴奏オーケストラに、2本のオーボエの代りに2本のフルートを指定しているが、ブライトコプフ・ウント・ヘルテルの総譜、オイレンブルクの小型スコアでは2本のオーボエとなっている。これは、当時の奏者は、たいていオーボエもフルートも奏することができたためと考えられる。

第1楽章 アレグロ・マエストーソ ト長調 4分の4拍子。協奏風ソナタ形式。
第2楽章 アダージョ・ノン・トロッポ ニ長調 4分の4拍子。ソナタ形式。この楽章では、2本のオーボエが、2本のフルートに代えられているが、この楽章に代るものと考えられているK315(285e)では、管弦楽はフルートではなくオーボエにされている。
第3楽章 ロンド テンポ・ディ・メヌエット ト長調 4分の3拍子。ロンド形式。