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ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 「ジュノム協奏曲」

K271

 この協奏曲は、フランスのクラヴィーアの女流ヴィルトゥオーソ、ジュノム嬢がザルツブルクを訪れた際に、彼女に献呈されたもので、「ジュノム協奏曲」と名付けられている(彼女について伝記的なデータは知られていない)。
 年代的にK238246とこのK271が1つのグループとして考えられている。彼自身もそう考えていたことが、次のことで推測される。すなわち1つは、この3曲が、その後グループでモーツァルトのレパートリーになっていたようだ。例えば1777年10月4日にミュンヘンの彼の音楽会でこれら3曲が演奏されている(1777年10月6日付の手紙による)。また1778年9月11日パリからの手紙によれば、彼は3曲の協奏曲を版刻者に依頼したいと書いている。そしてこの3曲をジェノミに献呈したもの、リュッツァウ、それに変ロ長調といっている。このジェノミがジュノム嬢であることは確認される。そしてこれらの協奏曲を出版者ジャン・ジョルジュ・シベールに提供したが、結局この計画は実現しなかった。
 しかし3曲の中で最後にあるこのK271は内容、形式ともに特に優れており、彼の個性の強く現れた最初の曲として評価されている。楽想の独創的なすばらしさ、またその豊富さは、ウィーン時代の巨匠のレベルに達しているといわれるほどである。  様式的にいえば、この時代のモーツァルトの特徴にたっている外面的な優美様式から離れて、きびしい内面的な表情をみせている。オーレル(1889-1967)は、「K271は、1777年にはモーツァルトに精神的な変化が訪れ、同時に『華麗様式にあきがきて』〔ド・ヴィゼヴァード・サン=フォア〕、彼は彼の個性にひそむ芸術的な独自の様式に達したということを知らせている。」といっている(日本訳「モーツァルトの諸相−上−協奏曲−137)。
 形式構造的にみれば、第1楽章独奏部が冒頭から主題のモティーフ呈示にオーケストラと交替して参加している。ここから、古いリトルネロ形式から完全に脱皮した自由な構成がはじまる。オーレルの言を借りれば「2つの対話する音響群は互いに接近してきている。……交代の多い対話の形でともに楽想を構成し、構築的な構成における相互の対比よりも、2つの個々の単位の統合の方をきわ立たせている」(前掲書)。
 また第3楽章では、ロンドの中にメヌエットが挿入され、協奏曲では用いられないメヌエット楽章をロンドにとり込むことによって内容の豊富さ、構成の大きさを加え、終楽章の重要性を第1楽章とのバランスのよさにまで高めている。K242246では、「ロンド−」の標示により、「テンポ・ディ・メヌエット」の速度標語をもち、メヌエット風主題のロンド形式をもっていたが、ここではその2つが別な形で、より大きな構想で統合されている。
 中間楽章に平行短調を用いているが、これもはじめての試みで、悲愴感をもった表情豊かな短調は、楽曲全体のより充実した統一を成功させている。
 ピアニスティックた作曲技法上からみてもそのすばらしさは、例えばメヌエットの中で弦の四分音符と管の長音符のひびきの中に融合されているピアノのアルペッジョにみられるが、前曲と比較にならない。
 こういったことは、モーツァルトの芸術の成熟と同時に、クラヴィーア演奏の大家ジュノム嬢への献呈ということで達成されたものと思われる。
 カデンツァは、第1楽章、第2楽章のためにそれぞれ2種類、そして第3楽章用(アインガング)は、第1、第2に分れて各々3曲ずつ書かれている。各々自筆譜の消失したものはレオポルトの筆写譜によって印刷されている。
作曲年代 1777年1月。
基本資料の所在 ベルリン国立図書館(自筆譜)。
出版 〔初版〕オッフェンバッハのJ・アンドレ、1792年。〔全集〕旧モーツァルト全集第9篇。新モーツァルト全集第5篇、第15作品群、第2巻。
演奏時間 約35分。
楽器編成 独奏ピアノ、オーボエ2、ホルン2、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。

第1楽章 アレグロ 変ホ長調 4分の4拍子。ソナタ形式。
第2楽章 アンダンティーノ ハ短調 4分の3拍子。ソナタ形式。ピアノ協奏曲にはじめて現れた平行短調である。
第3楽章 ロンド プレスト 変ホ長調 2分の2拍子。ロンド形式。A−B−A−C−A−B−Aの大ロンド形式である。