■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

交響曲 第29番 イ長調

K201(K186a)

 1773年の3ヶ月にわたるウィーン旅行後に完成した5曲の交響曲のうち、1774年4月6日という日付をもつこの交響曲は、6ヵ月前に作曲され、モーツァルトの交響曲に新たな局面をみせた「第25番」ト短調K183(K173dB)と並んで、この時期のもっとも円熟した作品となっている。実際、形式的にも、作曲技法的にも、また表現力の点からみても、これら2曲は抜きんでており、アインシュタィンをして「小ト短調交響曲」と「イ長調交響曲」は〈ひとつの奇跡〉であると言わしめたほどである。
 この作品においても、ウィーンで吸収した新しい音楽体験が明白に反映されており、モーツァルトは、ここで社交的娯楽的要素の強かったイタリア様式を脱却している。そしてイタリア的な明るい旋律や和声運びを積極的にとり入れ、オーストリア様式と巧みに混合させているし、さらには交響曲様式と、今やウィーンを中心に大きく盛り上がってきた室内楽様式と融合させ、新しい境地を開いているのである。この統合は、折しも同時代のハイドンの交響曲においても成就されていたものであって、交響曲がより密度の濃いものに発展してゆくに当っては、どうしても克服しなければならない問題であった。そうした意味においては、「第25番」のト短調交響曲よりもこの「第29番」イ長調のほうが、はるかに重要た意味をもってくる。すなわち、第1楽章の冒頭の動きが如実に示しているように、各声部がそれぞれ独立した動きをして主旋律に徴妙にからみ合い、和声に繊細な彩りをそえていたり、第2主題をはじめとして随所にみられるような、カノン風な動きをとって内声を浮び上がらせたりして、それまでの交響曲にはなかった表現の深まりをみせているのである。そのためか、オーボエとホルンだけの質素な弦楽器はぐっと後退し、アインシュタインがいうように「いっさいの騒がしさを避け」、むしろ弦楽四重奏のような味わいを出している。
 また、両端楽章にみられる主題の統一性、それと同時に楽章内での多主題性、メヌエットを除く全楽章がソナタ形式であること、しかも、呈示部はもちろんのこと、展開部と再現部も反復され、その後に改めてコーダがつくことなどは、ウィーンで学びとったものであって、これらはモーツァルトの同期の交響曲すべてにみられる特徴である。さらにこの「イ長調交響曲」にかぎってみると、ド・ヴィゼヴァとド・サン=フォアが指摘したように、ハイドン兄弟の影響が、それもとりわけザルツブルクの宮廷音楽家として活躍していた、ミヒャエルの、1774年3月4日に手直しが加えられた「イ長調交響曲」(実際には10年前の作品)の影響が認められる。たとえば、いずれもイ長調というやさしい性格の調をとっているし、第1楽章の冒頭音形のリズムも共通していれば、フィナーレの構成法も類似しているのである。しかしながら、細部の扱い方においては、モーツァルトのほうが一段とまさっているのも事実である。
 青年作曲家モーツァルトは、このあと当時流行していた貴族趣味的な〈ギャラント様式〉に次第にひたってゆく。すでに「イ長調交響曲」よりも1ヶ月のちに作曲された交響曲「第30番」ニ長調では、「第25番」や「第29番」にみられたような統一的な性格が薄れ、快い旋律の並置といった「ギャラント様式」的な傾向を示している。、また、1774年の晩秋に完成した「第28番」ハ長調においても、多少おどけた気分が含まれており、〈ギャラント様式〉への兆しがうかがわれる。この「第29番」イ長調では、第25番「小ト短調交響曲」(この間には1曲の交響曲も作られていない)ほどの暗さは少しもなく、イ長調という柔らかい調性も手伝って、明るい旋律が次々に出てくるが、積極的に〈ギャラント様式〉に向かっているわけではない。しかし、ド・ヴィゼヴァとド・サン=フォアは、この交響曲の控え目な木管楽器の用法などに〈ギャラント様式〉の兆しがみられるとしている。おそらく、これは、ミヒャエル・ハイドンとの接触がその原因と考えられるが、管楽器の用法よりも、室内楽的な緻密な声部書法のほうがこの作品のもっとも注目すべき点であろう。そこには、晩年の傑作を予知しているような技法もみられるのである。
作曲の時期 1774年4月6日、ザルツブルクにて。成立日に関しては、「第26番」変ホ長調K184(K161a)の「解説」を参照
初演 初演に関しては不明だが、1783年にウィーンで再演されている。
基本資料の所在 自筆楽譜は、ウィーン在住のK・R博士の個人蔵となっている。
出版 初版はA・キューネル音楽出版社。ライプツィヒ、1811年。新モーツァルト全集第4篇、第11作品群、第5巻(べーレンライター社)、1957年。(音楽之友社刊、べーレンライター・ミニアチュア・スコアOGT643はそのポケットスコァ)。
演奏時間 約27分(OGTによる)。
楽器編成 オーボエ2、ホルン2、弦5部。

第1楽章 アレグロ・モデラート イ長調 4分の2拍子。ソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ ニ長調 4分の2拍子。ソナタ形式。
第3楽章 メヌエット イ長調 4分の3拍子。複合3部形式。
第4楽章 アレグロ・コン・スピーリト イ長調 8分の6拍子。ソナタ形式。