■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

ミサ・ブレヴィス ヘ長調

K192(186f)

 作品そのものにふれる前にまず〈ミサ・ブレヴィス〉の名称の意を明らかにしておこう。この語に対応するのは〈ミサ・ソレムニス〉だが、両者の区別の基準は一にその祭礼性の度合の高低にかかる。つまり〈ブレヴィス〉のほうは、格別な祝典的性格のない平生の日曜日のミサに供されるもので、オーケストラの編成も教会トリオの型、つまりヴァイオリン2部と低音部のみに簡略化される。ザルツブルク大聖院の上演記録よりすれば、このトリオ・ソナタの編成形態に、ヴィオラがバスの重複楽器として加わるか否か、また低音楽器そのものにもチェロが使われたか否かは疑問があろう。なお、ここでのトランペット・パートは、作曲者自身がある特定の上演の機会のために添えものとして、あとから加えたもの。また、新全集その他にみられるトロンボーン3本は、合唱のアルト、テノール、バスを重複する〈コルラ・パルテ〉という当時の伝統的慣用にならったものである。
 さて、この〈ブレヴィス−短い〉という語はまた、楽曲構成の長短にも当然反映し、この意味で〈ミサ・ブレヴィス〉に対応するのは〈ミサ・ロンガ〉である。曲のタイトルとして〈ミサ・ロンガ〉という名称が冠されている例はK262(246a)にある。モーツァルトのミサ曲は断然〈ブレヴィス〉のほうが多いが、その理由は、1772年3月にザルツブルク大司教として着任したヒェローニュムス・フォン・コロレードが、典礼に伴う音楽があくまで短く、様式的に簡明であることを欲したことに求められよう。
 「私たちの教会音楽はイタリアのものとは大変違っているばかりか、キリエ、グローリア、書簡ソナタ、オッフェルトリウムあるいはモテト、サンクトゥス、そしてアニュス・デイを含むミサ曲が、45分以上にわたってはならないのです。この種の作曲には特別の勉強が必要です」。
 1776年9月4日、イタリア旅行時代の最良の師であったボローニャのマルティーニ神父に宛てたモーツァルトのこのイタリア語の書簡からは、当時のザルツブルクの教会音楽の有様がかなり具体的に察せられる。そしてこうした〈特別の勉強〉の結果、もともと言葉数の少ない「キリエ」と「サンクトゥス」はとりわけ切りつめた構成となり、反対に言葉数の多い「グローリア」と「クレド」ではとくに重要な意味を担う部分以外は、極力言葉の反復は避けられる。だがこれらの楽章でも「聖霊とともに」や「来世の生命を」のような終結部では対位法の彫琢がなければならない。短略化をさらに推し進めるためには、ニ長調K194(186h)やハ長調K259にみられるように、別々の声部が同時に別の言葉を歌うポリテクスト制さえとりこまれている。
 ところで、アーベルトをはじめとする研究家は、この作品をモーツァルトの初期教会音楽の最高峰に位するものとしている。前述の〈ミサ・ブレヴィス〉としての要求に応えながら、なおかつ、対位法を集約的に適用し、緊密な動機操作によりみごとな統一感を達成していることが、そうした高い評価につながったのであろう。
作曲の経過 1774年6月24日、ザルツブルク。他の一連の教会作品とともに、アウグスブルクの聖十字架大聖堂のために贈与または貸与されたものと考えられる。
初演 不明。しかし1775年2月にレオポルトがミュンヘンの宮廷礼拝堂で指揮したのは確実らしい。
基本資料の所在 〔自筆楽譜〕ウィーン国立図書館所蔵。
出版 〔全集〕新モーツァルト全集第1篇、第1作品、第1部門、第3巻。
演奏時間 約21分。
編成 4歌唱声部。トランペット2、トロンボーン3、ヴァイオリン2部、コントラバス、ファゴット、オルガン。

第1曲 キリエ。へ長調 アレグロ 4分の4拍子。
第2曲 グローリア。アレグロ 4分の3拍子。
第3曲 クレド。アレグロ 4分の4拍子。全曲の精華ともいうべき部分。
第4曲 サンクトゥス。アンダンテ 4分の3拍子。
第5曲 アニュス・デイ。アダージョ ニ短調 4分の4拍子。