■モーツァルト作品解説■    [HOME]   [年代別目次]

ピアノ協奏曲 第5番 ニ長調

K175

 この協奏曲は、モーツァルトのオリジナルな協奏曲の第1作であるということで意義深い。それ以前の作(K37、39、40、41、107)は、いずれも他の作曲家の作品の編曲であった。このK175以後、協奏曲は、モーツァルトの創作ジャンルの中で重要な位置を占め、彼の作品の中で協奏曲形式が完成されたといえる。ピアノ奏者としてのモーツァルトにしてみれば、最初の協奏曲がピアノのためであったこと、また全協奏曲中ピアノのためのものが2分の1であるということ、そしてこの中に芸術的に優れたものが多いということは当然である(自筆譜には「チェンバロ協奏曲」と書かれている。K238の項参照)。幼年期、少年期を多く演奏旅行で過したのち1773年ザルツブルクヘ帰郷、その後暫時のザルツブルク旅行後故郷にしばらく落着くのであるが、この間一連のピアノ協奏曲がこの地で作曲された。K175に続いて、K238(1773年作曲)、K242246(いずれも1776年作曲)、K271(1777年作曲)。これにK365を加えた6曲は、〈ザルツブルク協奏曲〉として1つのグループと考えられている。これら自体は、最高の傑作とはいい難いが、クラヴィーア協奏曲においてなされた面目躍如たる活動がこのグループからはじまるのである。
 ブルーメは、モーツァルトの協奏曲をグループにわけてそれを形式史的に位置づけをしているが、これらは第1のグループに入り、この段階ではまだJ.C・バッハ(1735-1782)の影響下にあり、なおバロック・コンチェルトの諸相を留めているといっている。
 またこの時代は優美様式への趣味を強くうち出している。この様式は芸術の深さを探求するというより、表面的な美しさがよろこばれているもので、これはモーツァルトだけでなく、彼をはじめハイドン兄弟も含めてこの頃の傾向であったようだ。
 これらの先頭を切るこのK175に関して、P・バドゥーラ=スコダ(1927-)は、大いなる讃辞をおくっている。すなわち、まず、モーツァルトの天才的作品の1つであること、ここにピアノ協奏曲の1つのタイプを打ち出し、その形式は、彼独自の創作の中で大きな役割を果したばかりでなく、現在にまでその影響はおよんでいること。また作品が同時代人のもの、あるいは彼のそれまでの編曲と違っている点は、主題の論理的な構築、交響曲風た構想、ピアノとオーケストラ楽器の典型的にモーツァルト的な交替等の点にあること、がすでにこの曲に明らかであることをあげている。そして、その後に加わったものといえば、基本楽想の変形の多様さと、表出の人間的な深化であるといったことを述べている(オイレンブルク版小型スコア、序)。
 この協奏曲は、元来3楽章よりなるが、ウィーン初演(1782年3月3日)直前に、ウィーン市民のために新しい終楽章(ロンド、協奏曲K382)が書かれた。これはウィーンをわきあがらせた。
 初版以来この新しいロンドが第3楽章として印刷され続けているが、元来の第3楽章も優れているので、バドゥーラ=スコダは、この2つの終楽章を年代順に続けて演奏することをすすめている。
 カデンツァは第1、第2楽章に対するものは、各々に自筆楽譜によるものと初期の版によるものの2曲ずつ残されている。K382のロンドに対しても自筆楽譜による1曲が残されている。元来の終楽章のためのものはない。
作曲年代 1773年12月。
基本資料の所在 不明。カデンツァ、ザルツブルク聖ペトロ大修道院音楽コレクション(第1、2楽章のための1曲ずつ)。
出版 〔初版〕パリ、ボアイエ刊の“Journal de Pieces declavecin”No.14(1785)に、作品7として。〔全集〕旧モーツァルト全集第16篇、第5番。新モーツァルト全集第5篇、第15作品群、第1巻。
演奏時間 約25分。
楽器編成 独奏ピアノ、オーボエ2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。

第1楽章 アレグロ ニ長調 4分の4拍子。ソナタ形式。全体的にイタリア風ギャラントの美しさをもっている。
第2楽章 アンダンテ・マ・ウン・ポーコ・アダージョ ト長調4分の3拍子。展開部のないソナタ形式。
第3楽章 アレグロ ニ長調 2分の2拍子。ソナタ形式。この元来の終楽章は、この協奏曲によりふさわしいのではないかと思われる。
第2の終楽章(K382) アレグレット グラッィオーソ ニ長調 4分の2拍子。変奏ロンド形式をとり、演奏会用にふさわしい。ウィーンの聴衆の趣味に合せたといわれる。この2つの終楽章は対照的である。