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ミサ・ソレムニス ハ短調 (孤児院ミサ)

K139(47a)

 従来、イタリア旅行を2回終えたのちの1772年に、ザルツブルクで作曲されたと考えられていたものが、その後の研究により、長い間紛失されたとみなされていたいわゆる「孤児院ミサ曲」と同一視されるにいたった、いわくつきの作品。ケッヒェル6版も新全集もこの見解に一応賛同している。「孤児院ミサ」の名称は、1768年ウィーンのレンヴェークに新築なった孤児院教会の献堂式のために依頼されたという事情に由来する。そもそもこの「孤児院ミサ」の存在は、レオポルトが編んだ1768年までの少年モーツァルトの作品目録に「大ミサ曲」としてこれと同じ編成を記した項目があったことから知られていたのだが、レオポルトがその目録では出だし旋律を書き入れていないため、確認が容易にできなかったのである。クルテンやプファンハウザーなどの論文では、この確認−同一視にいたった理由として、ヴィオラ2部という編成がザルツブルクでは不可能なウィーンでの慣用であったこと、筆跡が1760年代終りのものであること、各楽章の旋律形態や様式、楽器法などがウィーンの教会音楽および民族音楽との類縁を示していること、1768年当時すでに、いくつか規模も大きく充実した宗教曲を(K47、K66など)ものしていた少年になら、このような大作を書くことも十分可能なはずだといった内的、外的両面から説明されていた。しかしこれが最終的に「孤児院ミサ」だと断ずるにはなおまだ決定的材料に欠けるので、問題であろう。
 ミサ通常文の5つの章の内部は、調、拍子、楽想表記を変えたいくつかの段落に細分され、このおのおのが、擬古的なポリフォニーとギャラントなホモフォニーとで描き分けられている。いずれにしても、これがわずか12歳の少年の最初の、ミサ曲であることが証明された暁には、その、すでに言いふるされた早熟の天才ぶりについて、また認識を新たにしなければなるまい。
作曲の時期 おそらく1768年12月7日、ウィーン。
基本資料の所在 〔自筆楽譜〕ベルリン国立図書館。〔全集〕新モーツァルト全集第1篇、第1作品群、第1巻、第1分冊。
演奏時間 約41分。
編成 4歌唱声部。オーボエ2、トロンボーン3、トランペット4、ティンパニ、ヴァイオリン2部、ヴィオラ2部、チェロ、コントラバス、オルガン。

第1曲 キリエ。アダージョ、ハ短調、4分の4拍子のトゥッティによるおごそかな「キリエ」連唱のあと、晴れやかなハ長調、4分の3拍子、アレグロとなり、性格の異なるふたつの主題をもつソナタ風の部分に入る。
第2曲 グローリア。ここでは弦楽器だけの伴奏による打情的な二重唱部分ふたつ、すなわち「ラウダームス・テ」および「ドミネ・デウス」と、ひとつの独唱部分「クォニアム」とが、全楽器と対位法を駆使した劇的な合唱部分と対比して並べられ、立体的な構成をみせる。
第3曲 クレド。「グローリア」に劣らず雄大な規模により、変化に富んだ構成をとっている。
第4曲 サンクトゥス。続く「アニュス・デイ」とともに、先行の3つの楽章と比べて起伏に乏しく、精巧さに欠けるのは、ここまででもすでに十分長大な作の、終りを急いだためであろうか。
第5曲 アニュス・デイ。ハ短調 アンダンテ。