DISCLAIMER:「ベルサイユのばら」の著作権は、池田理代子先生および池田理代子プロダク ションにあります。 | |
この作品は作者が個人の楽しみのために書いたもので、営利目的はありません。 | |
Author: miki | |
Email: miki@he.mirai.ne.jp | |
Date: 2/18/2000 | |
Category: オスカルとアンドレのカルナヴァルの過ごし方 | |
Spoiler: 「フランス革命の主役たち」 サイモン・シャーマ 著 中央公論社 1994年 | |
「パリ史の裏通り」 堀井敏夫 著 白水社 1999年 | |
「《色事師》カザノヴァの青春」 清水正晴 著 現代書館 1999年 | |
Authors note:2003年のカルナヴァル(謝肉祭)は、2月21日から3月4日になると聞いたので、時期的に合うかしらと思いまして、アップいたしました。カルナヴァルは、移動祝祭日である復活祭の影響により毎年時期が移動する行事です。Personaとはラテン語で、人、個人、人柄、身体、人格などを意味する単語です。英語ではperson、仏語ではpersonneに当たります。 |
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Persona
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ペルソナ
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〜仮面の私〜
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「ああ…アンドレ…」 その年の冬はことのほか強い冷え込みが続いた。 本流のセーヌ河は、ル・アーブルからパリまで、支流のオアーズ川は合流点からポントアーズまで、 氷が張りつめて、穀物や薪炭など市民生活に必要な物資をセーヌ河の舟で水上輸送することが不可能になった。 約6週間もそれが続けば、さすがにパン屋はパンを思うように焼けず、 店先にはパンの売り出しを待つ人々の長蛇の列ができた。 民衆は小麦粉を奪い、あるいは安売りを迫った。 パリの政情不安は時の政権を揺るがす。宰相ネッケルの邸宅には、政界の大物が顔を揃え、策を練った。 しかし、結局名案は出ず、寒気のゆるみを待つことになった。 会議の安全確保のため臨席させられた。けれど、毎回発言は許されず、ただ疲れるだけの会議だった。 「母なるセーヌの添え乳が遅れると、だだっこのパリはむずがるのだな。」 帰り道で、アンドレが名文句を思いついたとばかりに囁いた。 「むずがる程度ですめばいいがな。」 私は興味なげに答えた。今はパリの情勢より、目の前の男の方が重要だった。 「これからどこへ行くのだ?屋敷へ帰るのではないのか。オスカル」 「ちょっと寄り道する。」 着いた先は、パリ一番の高級で高価な洋服商ヴァンジュの店先だった。 「オスカル、こんなところに行くのか?」 「ああ、今日の私は、男に貢ぐのが趣味なのさ。」 「はあ?男に貢ぐ?何のことだ?」 事情がつかめないといった顔のアンドレを引き連れて、店に入った。 不思議そうにする店主に、彼の服を何着か誂えるように頼んだ。 普通なら、店の方から屋敷に来るのだが、そんなことをしたら、ばあやにすべてばれてしまう。 「お珍しい。ジャルジェ様が自らお越しになり、ご注文とは…。」 「深くは詮索せぬ方が店のためだ。そうだろ、ヴァンジュ」 「左様ですね。しかし、この方もジャルジェ様のお傍に相応しいアポロンのような方ですな。 スラリとして背も高いし、均斉のとれた肢体で、しかも隻眼のせいか、 優しい風情の中にも翳りがある。服の作り甲斐がありますなあ。 あなた様のシュヴァリエ・セルヴァン(忠実な騎士、愛人の意味もある)でございますか?」 「私は口のかたい職人の方が好みだ、ヴァンジュ。 何時の間にそんなに口が上手くなったのだ。しかし、褒められて悪い気はしないな。 仕方ない、ドミノでないバウッダ(ヴェネチア風のカルナヴァルの仮装用マント)も ドゾーニュの店でなくここで仕立てよう。後は仮面をつくないといけないな。ビロードで共布でな。 できるか?カルナヴァルの服は特に急いでくれよ。」 「はい、なんなりと、ご命令どおりに。」 自分の容姿を褒められていてもアンドレの表情はさえず、私の顔を覗きこむように見る目は 戸惑いを漂わせていた。 ヴァレンシア風レースのカフスに、フィレンツェ風のタフタのコート… 高級な布地を惜しげもなく選び、何着か服を誂え、早めに仕上げるように命じて、 仮縫いの日を約束して辞した。 帰りの馬車の中で、アンドレが少し不機嫌な声で質問した。
毎年の行事で、いつも誘われても仮面舞踏会など殆ど付き合い程度にしか出席したことはない。
その夜は、パリの夜の音楽の催物であるコンセール・スピリチュエル(宗教音楽演奏会)にアンドレと出かけた。
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ギベール伯の屋敷の仮面舞踏会は、金にあかしたものと違い、趣味がよい会話と食事と音楽と踊りで進んだ。 これは誰とわかる人物もいたが、皆素知らぬ振りで優雅に楽しんでいた。 私が誰とわかる人物はいないだろう。それも、秘密めいて今日ばかりは楽しかった。 「マダムと踊らせてくださいませ。」と何回か申し込まれたが、私達は外国人の振りをして、 言葉がわからぬ風を装い、すべて断り二人だけで楽しんでいた。 アンドレの仮装ぶりもなかなか魅力的だった。 ローブ姿で彼と思いきり踊るのも初めてで、私は自分が興奮しているのを感じた。 疲れを感じはじめた頃、ギベール伯夫人が私に近寄ってきて、イタリア語で囁いた。 「マダム、この招待は決して夫とは関係ありません。 私はあなたが音楽会の間中、こちらの方を目で追っているのを見て、少し良い考えを思いついただけですのよ。 あなた様は夫と同じで真面目な方ですわね。 しかも、女性である分、正義感や義務感が強いですわ。 そして、今は女性として深い悩みの淵にみえる。 でも、人間というものは、たまには心を開放することも必要ですわ。 これからどんな時代がくるか誰もはっきりとお分かりになる方はみえないでしょう。 不躾ですが、夫や私と同じものをあなた様に感じました。 こんな時代だからこそ、悩み、傷つく方ですわね、あなた様は…。 けれど、人を愛することは、あなた様のような方には絶対必要ですわ。 過激で強く見える夫でさえ、私には甘えますのよ。 女性としてのあなた様が存在しても宜しいではありませんか?」 「マダム、お心使いありがとうございます。そうですね、悩むことも必要ですが、 たまには楽しむことも必要でしょうね。」 「あら、私としたことが、不粋な説教をしてしまって。そのうえ、惚気てしまいましたわね。失礼いたしました。」 「いえ、私こそ楽しませていただきました。趣味のよい仮装舞踏会に誘ってくださり、 ありがとうございました。」 夫人の言葉は確かに私の心を少し軽くした。 私の中に二人の私がいたとしても、もう既に女としての私を押さえこめる自信はない。 それならば、覚悟を決めて付き合って行くしかない。 アンドレは二人の会話に口をはさまず、静かに佇んでいた。 屋敷に戻り、暖炉の前で二人で向き合った。彼が蝋燭を吹き消した。 部屋の中は暖炉の焔が灯火になり、暗闇と混ざり合い、不思議な空間となっていた。 彼の仮装した美しい姿に、私は抱かれたいと強く思った。 「私は病気みたいだぞ。目の前の男に溺れるという恋の病だ。おまえに抱かれたくてたまらない。」 「おまえが?そうか、では、俺にとっては好都合だな。こんな振るいつきたくなるような美人が、 目の前で抱かれたがっているなんて、これ以上の幸福はないな。」 「おまえに何もしてやれない女だぞ。いいのか?」 「そんなことでまだ悩んでいたのか?おまえはいつも俺の期待以上の存在だがな。 女性の方が身分の高い、正式に結婚していない夫婦も世の中にたくさんいるだろう。 しかも、何十年も仲良く添い遂げた夫婦だって。 俺だって、おまえに何もしてやれないぞ。オスカル」 「そんなことと言われても、しょうがないだろう、気になっていたのだから。 でも、おまえは私にいつも安心を与えてくれて、癒し、慰めてくれる。それだけで十分だ。アンドレ」 「癒しか?癒しだけじゃ困るな。たまには俺に官能を感じてくれよ。オスカル」 彼は、私の正直な告白にやっと不機嫌を解いてくれたようだ。 私は彼の仮面をはずし、バウッダを脱がした。彼が私の仮面を剥がそうとした時、私はいやいやをした。 「ダメだ。まだ被っていたい。そう、今夜の私はいつもより大胆な女を演じたいのだ。アンドレ」 「それはまたまた嬉しい言葉だな。でも、仮面は口付けするのに少々邪魔だな。マダム・グランディエ」 「ふふ、少しくらい障害がある方が燃えるだろう。大胆過ぎて怖いかもしれないぞ。ムッシュ・グランディエ」 二人でお互いにお互いの服を脱がした。 彼の手が私の素肌に触れた時、箍(たが)が外れたように甘い声で彼の名前を呼んでいた。 彼の熱い唇が私の胸を愛撫すると、欲望がつんとたちあがったような気がした。 彼の手が私の熱い女の場所に届いた。 指を優しくさし入れられると、そこがしとどに濡れていることがわかった。 「おまえの滑らかな蝋肌がロゼに染まって、黒い仮面のビロードの艶やかさと相俟って、 いつもよりずっと妖しい魅力がある。たまらないよ。オスカル…おまえは俺だけの女だ。」 いつもより、ずっと長く優しい愛撫の途中で、彼はわざと耳元で、いつもより湿った声で甘く囁いた。 私は彼の言葉にとても満足した。女としての私を賛美する彼の言葉は、何より私に自信を与えてくれる。 彼に深く愛されていると確信させてくれる。 「…ああ…、おまえだって、私だけの…ものだ。」 「ああ、そうだ。だから、一人で何もかも抱え込むな。俺にも心配させろ、いいな。」 「ア、 アンドレ…もう…だめ…溶けて…しまいそう。」 彼を体の中に感じた途端、辛うじて繋ぎとめていた意識が遠のいていくのを感じた。 彼が私にまた囁いていた。 「もう仮面を外してもいいだろう、オスカル。俺は素顔のおまえを愛しているのだから。」 |
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翌朝、彼の腕の中で目覚めた。仮面は何時の間にか外されていた。 そうだ、私は本来の性の上に長い間仮面をつけていた。 私の意志に関係無く、生まれながら父親につけられた男装の仮面だ。 しかし、アンドレとの恋がその仮面を剥いでくれた。慣れない私はそれに戸惑っていただけだ。 女の私も軍人の私もどちらも別の人格でなく、私の一部なのだ。 二つは溶け合って、私の中に存在してもいいのだ。今朝はそんな風に思える。 「…オスカル…」 寝言で私を呼ぶ彼の声を聞いた。私もそれに応えた。 「私の…アンドレ。愛している。」 彼の額に優しく口付けして、また彼の胸に顔を埋め、再びまどろみ始めた。 |
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FIN
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