DISCLAIMER:「ベルサイユのばら」の著作権は、池田理代子先生および池田理代子プロダク ションにあります。
この作品は作者が個人の楽しみのために書いたもので、営利目的はありません。
Author: miki
Email: miki@he.mirai.ne.jp
Date: 2/18/2000
Category: オスカルとアンドレのカルナヴァルの過ごし方
Spoiler: 「フランス革命の主役たち」 サイモン・シャーマ 著  中央公論社  1994年
      「パリ史の裏通り」 堀井敏夫 著 白水社 1999年 
      「《色事師》カザノヴァの青春」 清水正晴 著  現代書館 1999年      

Authors note:2003年のカルナヴァル(謝肉祭)は、2月21日から3月4日になると聞いたので、時期的に合うかしらと思いまして、アップいたしました。カルナヴァルは、移動祝祭日である復活祭の影響により毎年時期が移動する行事です。Personaとはラテン語で、人、個人、人柄、身体、人格などを意味する単語です。英語ではperson、仏語ではpersonneに当たります。
性的な表現がありますので、お好みにあわない方は、お読みいただかない方がよろしいと思います。
多少、加筆修正してあります。この作品は、以前、むま様のサイトでペンネームDAMUで載せていただいた作品です。 むま様がサイトを休止されましたので、私の方へアップすることに致しました。むま様、長い間載せていただきまして、ありがとうございました。かなり長文ですので、耐えられる方のみ読んだいただけると嬉しいです。サイト内の映像は、フォト・サンプラー(購入すれば、著作権フリーの素材集)から私が作りましたので、あまり綺麗ではないかもしれませんが、お許しくださいませ。 個人で楽しむ以外の無断転載・再配布は、ご遠慮願います。

Persona
ペルソナ
〜仮面の私〜

「ああ…アンドレ…」

自らの手で口をふさぐような仕草をし、辛うじて言葉を飲みこむ。

久しぶりに肌をあわせた後で、彼が私の胸に崩れ落ちた。

艶やかな黒髪に指をさし入れ、優しく梳いてみる。

互いの乱れた息が静まった頃、彼が微笑みながら私を見上げた。

彼の額に口付けを落とし、私もまた微笑を返す。

彼は姿勢を変え、私を腕の中に抱き取ってくれた。

まだ愛し合うという行為に不慣れな私には、彼の胸に顔を埋めて、人肌の温もりを感じるこの時が一番幸せを感じる。

彼の腕の中でうつらうつらとしながら、彼が以前私に言った言葉に思いを巡らしていた。

「俺がおまえに捧げることのできるものは、俺自身しかない。」と。

でも、私とて同じことではないだろうか?

今の私には、身分も地位も財産も家族も何でもありながら、ごくありふれたかわいらしい子供達がいる

暖かい家庭さえ彼に与えられない。 それどころか、私の夫としての正式な立場さえも。

普通の女性のように、彼の身支度を手伝ったり、食事の世話をしたり、何ひとつしてやれない。

いつも彼は外では私の従僕として、部下として私を支えて助けてくれる。

そして、恋人としての夜の僅かな時間には私を労わり、慰め、癒してくれる。

それなのに、私が彼に与えられる物は、私の心と身体しかない。

「一番の宝物はおまえだ。それ以上何を望む物がある。」と彼は言う。

ヴェルサイユの屋敷では、人の目と耳が多いため、嬌声さえたてぬよう、僅かな吐息さえ奪うように、

まるで息をひそめるように愛し合う。

本当にこんな状態で彼は満足しているのだろうか?

恋とは人間を欲深く、そして、ずる賢くするものらしい。

暖かな恋人の腕の中でもっと過 ごしたい。肌を合わせ、その温もりの中で眠り目覚めたい。

そして、女性としてせいぜい着飾り、彼を喜ばせたい。

その姿を見て「とても美しい。素敵だ。」とひそと耳元で囁いてもらいたい。

そんな自分の願いをささやかものとさえ思い込み、それを成就させるためなら、

何でもしてしまいそうになる女が、私の中にいた。



その年の冬はことのほか強い冷え込みが続いた。

本流のセーヌ河は、ル・アーブルからパリまで、支流のオアーズ川は合流点からポントアーズまで、

氷が張りつめて、穀物や薪炭など市民生活に必要な物資をセーヌ河の舟で水上輸送することが不可能になった。

約6週間もそれが続けば、さすがにパン屋はパンを思うように焼けず、

店先にはパンの売り出しを待つ人々の長蛇の列ができた。

民衆は小麦粉を奪い、あるいは安売りを迫った。

パリの政情不安は時の政権を揺るがす。宰相ネッケルの邸宅には、政界の大物が顔を揃え、策を練った。

しかし、結局名案は出ず、寒気のゆるみを待つことになった。

会議の安全確保のため臨席させられた。けれど、毎回発言は許されず、ただ疲れるだけの会議だった。

「母なるセーヌの添え乳が遅れると、だだっこのパリはむずがるのだな。」

帰り道で、アンドレが名文句を思いついたとばかりに囁いた。

「むずがる程度ですめばいいがな。」

私は興味なげに答えた。今はパリの情勢より、目の前の男の方が重要だった。

「これからどこへ行くのだ?屋敷へ帰るのではないのか。オスカル」

「ちょっと寄り道する。」

着いた先は、パリ一番の高級で高価な洋服商ヴァンジュの店先だった。

「オスカル、こんなところに行くのか?」

「ああ、今日の私は、男に貢ぐのが趣味なのさ。」

「はあ?男に貢ぐ?何のことだ?」

事情がつかめないといった顔のアンドレを引き連れて、店に入った。

不思議そうにする店主に、彼の服を何着か誂えるように頼んだ。

普通なら、店の方から屋敷に来るのだが、そんなことをしたら、ばあやにすべてばれてしまう。

「お珍しい。ジャルジェ様が自らお越しになり、ご注文とは…。」

「深くは詮索せぬ方が店のためだ。そうだろ、ヴァンジュ」

「左様ですね。しかし、この方もジャルジェ様のお傍に相応しいアポロンのような方ですな。

スラリとして背も高いし、均斉のとれた肢体で、しかも隻眼のせいか、

優しい風情の中にも翳りがある。服の作り甲斐がありますなあ。

あなた様のシュヴァリエ・セルヴァン(忠実な騎士、愛人の意味もある)でございますか?」

「私は口のかたい職人の方が好みだ、ヴァンジュ。

何時の間にそんなに口が上手くなったのだ。しかし、褒められて悪い気はしないな。

仕方ない、ドミノでないバウッダ(ヴェネチア風のカルナヴァルの仮装用マント)も

ドゾーニュの店でなくここで仕立てよう。後は仮面をつくないといけないな。ビロードで共布でな。

できるか?カルナヴァルの服は特に急いでくれよ。」

「はい、なんなりと、ご命令どおりに。」

自分の容姿を褒められていてもアンドレの表情はさえず、私の顔を覗きこむように見る目は

戸惑いを漂わせていた。

ヴァレンシア風レースのカフスに、フィレンツェ風のタフタのコート…

高級な布地を惜しげもなく選び、何着か服を誂え、早めに仕上げるように命じて、

仮縫いの日を約束して辞した。


帰りの馬車の中で、アンドレが少し不機嫌な声で質問した。

「こんな高級品を仕立ててどうするのだ?おまえ、いくらするか知っているのか?」

「いくらするか?そんなこと知らん。でも、私に払えない金額ではないだろう。

おまえこそ、 自分の容姿の価値を知らないのか?あんなに褒めてくれたのに。

そういえば、昔、近衛にいた頃、何人ものマダムにおまえを譲ってくれと頼まれたな。

やっぱり、私の男は美男子なのだな。今日の私は、自分の男を飾り立てる趣味があるのさ。」

「一体全体こいつは何を考えているのだ?」と言わんばかりの彼の顔を見て、私は楽しそうに微笑んだ。

そう、事実、楽しくてたまらなかった。

パリの会議を口実に、ヴェルサイユの屋敷には帰らず、マレー地区の古いジャルジェの屋敷に滞在することにした。

ここは人少なで、気楽だ。食後二人だけになり仕事をさっさと終えると、早速私は恋人の手を引いた。

彼はかなり不機嫌になっていた。私に対して、空々しく三人称で呼びかける。

「マダム、私は隣の部屋へ失礼させていただきます。」

「だめだ。屋敷の仕事も無いし、今夜のおまえは、私だけのものだ。」

彼の首に手をまわし、優しく口付けようとしたら、彼はさりげなく顔を背けた。

「二人だけでいつまでもいたいなら、何で先ほどのようなことをするのだ!」

「何がいけないのだ?アンドレ」

「目立つことをするな。俺は伊達男で、贅沢好きのカロンヌじゃない。

どこから俺達のことが漏れるかも知れないのに…。

アントワネット様のリベル(誹謗文書)のように、おまえの話題が、メモワール・スクレ(秘密回想録)の

ような醜聞専門雑誌にでも載ったら、俺は自分を責めるしかない。」

「そういえば、昔そんなこともあったな。

私が王妃様の愛人で、おまえは私の愛人で、私は淫乱な女隊長だったな。

随分懐かしい話だ。心配するな。今は私の愛人の話題より、パリの情勢の方が売れるさ。」

そう彼の耳元に囁くと、機嫌をなおさせようとして飛びきりの笑顔をして、彼に口付けた。

「おまえ、最近何を考えている?オスカル」

「おまえと少しでも長く一緒にいるために策を練っているだけさ。」

彼は心配しながらも、結局私のくちづけに応じた。

素直な彼の行動に、私は征服欲が満足して微笑んだ。

「おまえだって、パリと同じだろ。夜、私が傍にいないとむずがる赤ん坊だ。

ふふふ、いや、 私も同じかな。」

その夜は、ひときわ寒く恋人の肌が恋しかった。

それに心の平静を保つには、彼の胸以上の場所はない。

その上、ここでは本宅ほど遠慮することもない。

どれほど彼の愛撫に悦楽を感じてもいいのだ。

彼は寝台まで待てずに、長椅子の上で私を愛し始めた。

私の肌をまだ暖まらず少しひんやりとした室内の空気にさらすと、わざと焦らすように掌でなく、

長い指一本で私の体を弄る。つつっと指が肌をすべる度に体の奥が次第に熱くなる。

なぜこれほどこの男の行為に燃えるのだろう。なぜこれほど愛しいのだろう。

艶やかな黒髪、深い闇のような隻眼、滑らかな肌、形のいい額、長く綺麗な形の指、熱い唇、

無駄な贅肉のない筋肉質のスラリとした肢体…。私のために神が創りたもうた、私だけの男だ。

二人ともいつも以上に燃えた。

「ああ、もっとやさしく、私がつらい…アンドレ」

「おまえは美しい。オスカル…」

互いに歓喜の絶頂を感じたあとで、私は初めて抱かれた時のように気を失ってしまった。


朝、 目覚めるといつもと違い、傍らにアンドレの気持ちよさそうな寝顔があった。

何時の間にか夜着を着せられ、寝台の上で、彼の腕を掴みながら眠っていたらしい。

暖かくて気持ちが良い。このまま時が止まれば良いのに。

「おはよう、オスカル。起きたのか。気分は大丈夫か?」

私がもぞもぞと動いたせいで、彼が起きてしまった。

「ああ、おはよう。気分か?最高だ。アンドレ」

軽く彼の唇に朝の挨拶がわりに口付けた。

「昨夜のおまえは、最高に素敵だった。唇は濡れてカーミン(紫がかった深紅色)に輝いて、蒼い瞳は…」

「バ、バカ…朝っぱらから何を言っている。起きるぞ。」

私は顔が赤くなるのを感じながら、わざと恥ずかしさをごまかすように彼に命じた。

「ダメだ。今日は夕方の音楽会しか用事はないだろう。もう一度…」

「それこそダメだ。ヴァンジュご推薦の仮面作りの工房へ行くのだから。」

「わざわざ行かなくてもこさせれば良いさ。しかし、なぜそんなにカルナヴァル(謝肉祭)にこだわるのだ?オスカル」

「何となくだ。特別に理由なんてないよ。それに本物のヴニーズ(ヴェネチア)のカルナヴァルの

仮面も見たいだろう。」

本当は私もなぜ自分がこんなにカルナヴァルにこだわるのか、理由がわからなかった。

毎年の行事で、いつも誘われても仮面舞踏会など殆ど付き合い程度にしか出席したことはない。

しかし、今年はなぜか気分が浮かれている。

 

その夜は、パリの夜の音楽の催物であるコンセール・スピリチュエル(宗教音楽演奏会)にアンドレと出かけた。

演奏会自体は大したものではなかったが、ギベール伯夫人が誘ってくれたので、断れなかったのだ。

帰りがけに彼女に再び話しかけられ、自宅の内輪の仮面舞踏会へ誘われた。

ギベール伯は、生まれたばかりの参謀本部の実質上の責任者で、陸軍の実力者だ。

断る理由も見つからず、大して気乗りしないまま出席を承諾した。

アンドレは急な招待を訝しがった。マレー地区の屋敷に帰り、二人でどうするか話し合った。

「確か…あの夫人は、俺達とそれほど歳も変わらないはずだ。

彼女は、数カ国語を操る才女で文学に造詣も深く、夫に忠実で、夫を深く愛する賢妻として有名だ。

こうも度々おまえに働きかけるなんて、おまえを改革派に取りこむつもりかな?オスカル」

「さあ、どうかな?父上は、特にギベール伯を嫌っているわけではないが…。

性急過ぎるし、過激なところがあるので、心配しているだけだ。

私より10歳くらい歳上なだけだが、彼の著作はなかなかのものだ。

今回の改革だって軍の近代化に役立つだろうし。

ただし、彼の改革に全面的に賛成なわけじゃない。一般兵卒の給料を上げてくれたことだけは感謝してるけどな。」

「おまえがそう言うのなら、軍人としてはましな人物と言うことか。

しかし、王制の肉体の中に囚われているが、彼ほどの革命的な気質の持ち主が

このままやっていけるのかな?オスカル」

「私に彼の将来がわかるわけないだろう。それより、今回は実力者の夫人の頼みだ。

断れないだろう、仕方ないじゃないか。アンドレ」



私は苛立ちを感じた。私の気質だってギベール伯とさほど変わらない。

ただ、彼ほど改革する権限も与えられていないからできないだけだ。

私は自分が政治家としての気質に欠けていることは自覚している。私など、父親の陰にいるだけだ。

冷静さを装うことはできるが、気持ちを上手に隠し、政府高官と渡りあうなど気が遠くなりそうな作業だ。

そういう点では、アントワネット様と共通するかもしれない。

アンドレに悪気があるわけではないと思いながらも、彼の心配そうな顔さえ、苛立ちの原因になりそうだった。

そうなのだ。彼の愛撫に溺れて、深い悦楽を楽しみたいただの女の自分が確かに心の中に存在している。

女としての歓びを全身で感じ、彼の愛に溺れていく自分。

しかし、もう一人の私は・・・・・・軍人としての教育しか受けていない冷静な人間・・・・・・

そんなただの女を冷ややかな目で蔑むように見つめている。

近頃の私は、アンドレの腕の中でまどろみながらも、自分が時々引き裂かれてしまいそうだった。

私は快楽のため、そのためだけに彼の愛に応えたのだろうか?

傍にいて欲しい。離れないで欲しい。

うっとりと、美しく愛しい男の胸に顔を埋めて自分が安らぐためにのみ、彼を利用しているのだろうか?

いそいそと自分の男のために、高級な服を誂えて、舞踏会へ伴をさせる。

こんな私を彼は嫌いになるのではないだろうか?

私はめまいを感じながらも、彼の腕の中へ無言のまま抱かれた。

彼は私の苛立ちを感じて、心配そうに耳元で囁いた。

「何を悩んでいる?多少の想像はつくが。少しでも話してごらん。楽になるかもしれない。」

彼の優しい問いかけも口付けでさえぎった。気使いを無視された彼は、少し不機嫌なようだったが。


仮面舞踏会当日は、少し前から手はずを整えた通り、マレー地区の屋敷に気のきく侍女を

本宅から呼び寄せ、朝から準備に余念が無かった。

地味な仮装だったので、昔流行ったリヴィエール(川)と呼ばれる長いネックレースを首にかけた。

アンドレは私が男装の仮装をするものと思っていたらしい。侍女達を下がらせて二人で話をした。

「ヴニーズでは、高級娼婦は淑女に、庶民は政府高官に扮するそうだ。

私が本来の性に戻ってもおかしくは無いだろう。いつも仮装しているようなものなのだから。」

「美しいおまえを見ることができるのは、とても嬉しいが…」

「が…?何だ?」

「おまえ、最近疲れているだろう。大丈夫か?」

「心配するな、これも仕事だ。それより、おまえの準備は?」

「俺が伴をしたら、仮装になんてならないだろう。」

「ヴニーズ風の仮面は、ドミノと違い顔は顎の部分以外すべてを覆ってしまうのだ。

着用している人物を特定することはほとんど不可能だから、大丈夫だ。

ビロードの仮面は黒だから、きっとおまえの髪と似合って美しいぞ。」

「しかし、俺とおまえのように背が高くて、髪が金髪と黒では、ばれるだろう?」

「今宵は仮面舞踏会だ。そんな不粋な客はいないだろう。おまえは、私の護衛だ。そうだろう?アンドレ」

彼の意見も今日ばかりは聞く気にはなれない。

私の中にいる対照的な二人が、今日は代わる代わる顔を出す。

軍人としての私は「これは仕事だ」と自分自身に言い訳し、女としての私は、

恋人と舞踏会で堂々と踊りあかせることを喜んでいた。

ギベール伯の屋敷の仮面舞踏会は、金にあかしたものと違い、趣味がよい会話と食事と音楽と踊りで進んだ。

これは誰とわかる人物もいたが、皆素知らぬ振りで優雅に楽しんでいた。

私が誰とわかる人物はいないだろう。それも、秘密めいて今日ばかりは楽しかった。

「マダムと踊らせてくださいませ。」と何回か申し込まれたが、私達は外国人の振りをして、

言葉がわからぬ風を装い、すべて断り二人だけで楽しんでいた。

アンドレの仮装ぶりもなかなか魅力的だった。

ローブ姿で彼と思いきり踊るのも初めてで、私は自分が興奮しているのを感じた。

疲れを感じはじめた頃、ギベール伯夫人が私に近寄ってきて、イタリア語で囁いた。

「マダム、この招待は決して夫とは関係ありません。

私はあなたが音楽会の間中、こちらの方を目で追っているのを見て、少し良い考えを思いついただけですのよ。

あなた様は夫と同じで真面目な方ですわね。

しかも、女性である分、正義感や義務感が強いですわ。

そして、今は女性として深い悩みの淵にみえる。

でも、人間というものは、たまには心を開放することも必要ですわ。

これからどんな時代がくるか誰もはっきりとお分かりになる方はみえないでしょう。

不躾ですが、夫や私と同じものをあなた様に感じました。

こんな時代だからこそ、悩み、傷つく方ですわね、あなた様は…。

けれど、人を愛することは、あなた様のような方には絶対必要ですわ。

過激で強く見える夫でさえ、私には甘えますのよ。

女性としてのあなた様が存在しても宜しいではありませんか?」

「マダム、お心使いありがとうございます。そうですね、悩むことも必要ですが、

たまには楽しむことも必要でしょうね。」

「あら、私としたことが、不粋な説教をしてしまって。そのうえ、惚気てしまいましたわね。失礼いたしました。」

「いえ、私こそ楽しませていただきました。趣味のよい仮装舞踏会に誘ってくださり、

ありがとうございました。」

夫人の言葉は確かに私の心を少し軽くした。

私の中に二人の私がいたとしても、もう既に女としての私を押さえこめる自信はない。

それならば、覚悟を決めて付き合って行くしかない。

アンドレは二人の会話に口をはさまず、静かに佇んでいた。



屋敷に戻り、暖炉の前で二人で向き合った。彼が蝋燭を吹き消した。

部屋の中は暖炉の焔が灯火になり、暗闇と混ざり合い、不思議な空間となっていた。

彼の仮装した美しい姿に、私は抱かれたいと強く思った。

「私は病気みたいだぞ。目の前の男に溺れるという恋の病だ。おまえに抱かれたくてたまらない。」

「おまえが?そうか、では、俺にとっては好都合だな。こんな振るいつきたくなるような美人が、

目の前で抱かれたがっているなんて、これ以上の幸福はないな。」

「おまえに何もしてやれない女だぞ。いいのか?」

「そんなことでまだ悩んでいたのか?おまえはいつも俺の期待以上の存在だがな。

女性の方が身分の高い、正式に結婚していない夫婦も世の中にたくさんいるだろう。

しかも、何十年も仲良く添い遂げた夫婦だって。

俺だって、おまえに何もしてやれないぞ。オスカル」

「そんなことと言われても、しょうがないだろう、気になっていたのだから。

でも、おまえは私にいつも安心を与えてくれて、癒し、慰めてくれる。それだけで十分だ。アンドレ」

「癒しか?癒しだけじゃ困るな。たまには俺に官能を感じてくれよ。オスカル」

彼は、私の正直な告白にやっと不機嫌を解いてくれたようだ。

私は彼の仮面をはずし、バウッダを脱がした。彼が私の仮面を剥がそうとした時、私はいやいやをした。

「ダメだ。まだ被っていたい。そう、今夜の私はいつもより大胆な女を演じたいのだ。アンドレ」

「それはまたまた嬉しい言葉だな。でも、仮面は口付けするのに少々邪魔だな。マダム・グランディエ」

「ふふ、少しくらい障害がある方が燃えるだろう。大胆過ぎて怖いかもしれないぞ。ムッシュ・グランディエ」

二人でお互いにお互いの服を脱がした。

彼の手が私の素肌に触れた時、箍(たが)が外れたように甘い声で彼の名前を呼んでいた。

彼の熱い唇が私の胸を愛撫すると、欲望がつんとたちあがったような気がした。

彼の手が私の熱い女の場所に届いた。

指を優しくさし入れられると、そこがしとどに濡れていることがわかった。

「おまえの滑らかな蝋肌がロゼに染まって、黒い仮面のビロードの艶やかさと相俟って、

いつもよりずっと妖しい魅力がある。たまらないよ。オスカル…おまえは俺だけの女だ。」

いつもより、ずっと長く優しい愛撫の途中で、彼はわざと耳元で、いつもより湿った声で甘く囁いた。

私は彼の言葉にとても満足した。女としての私を賛美する彼の言葉は、何より私に自信を与えてくれる。

彼に深く愛されていると確信させてくれる。

「…ああ…、おまえだって、私だけの…ものだ。」

「ああ、そうだ。だから、一人で何もかも抱え込むな。俺にも心配させろ、いいな。」

「ア、 アンドレ…もう…だめ…溶けて…しまいそう。」

彼を体の中に感じた途端、辛うじて繋ぎとめていた意識が遠のいていくのを感じた。 彼が私にまた囁いていた。

「もう仮面を外してもいいだろう、オスカル。俺は素顔のおまえを愛しているのだから。」
翌朝、彼の腕の中で目覚めた。仮面は何時の間にか外されていた。

そうだ、私は本来の性の上に長い間仮面をつけていた。

私の意志に関係無く、生まれながら父親につけられた男装の仮面だ。

しかし、アンドレとの恋がその仮面を剥いでくれた。慣れない私はそれに戸惑っていただけだ。

女の私も軍人の私もどちらも別の人格でなく、私の一部なのだ。

二つは溶け合って、私の中に存在してもいいのだ。今朝はそんな風に思える。

「…オスカル…」

寝言で私を呼ぶ彼の声を聞いた。私もそれに応えた。

「私の…アンドレ。愛している。」

彼の額に優しく口付けして、また彼の胸に顔を埋め、再びまどろみ始めた。
FIN
BACK  HOME BBS