DISCLAIMER:「ベルサイユのばら」の著作権は、池田理代子先生および池田理代子プロダクションにあります。この作品は作者が個人の楽しみのために書いたもので、営利目的はありません。
Author: miki
Email: miki@he.mirai.ne.jp
Date: 07/12/2000
Category: アランが語るオスカルのこと
Spoiler: ジョルジュ・ビドー・ド・リール 「フランス文化誌事典」 1996年 原書房

Authors note: この作品はひよこ様の7月企画で載せていただいた作品です。
ひよこ様、転載を快くお許しくださりありがとうございました。多少加筆修正してあります。
個人で楽しむ以外の無断転載・再配布は、ご遠慮願います。

Canicule(カニキュール)の月
〜フランスにおける7月の別名〜

「ジャルジェ隊長…変だな?俺を呼んでいたらしいのに…」
いくら扉を叩いても返事が無いので、開けてみて驚いた。

隊長が、青白い顔で部屋のまん中で倒れていた。
慌てて抱き起こし、部屋の奥の長椅子に運び、軍服の襟元を緩めた。
白い喉もとに、微かに赤い愛の痕が見てとれた。
気を失っている隊長は、麗しい天使がしばし羽を休め、休息しているようだった。
しかし、今は隊長に見とれている場合じゃない。
名前を呼んでも、返事がかえってこない。

兵舎付きの医者は、先ほど外出したばかりだった。
俺は、しばし考えあぐねてしまった。
ここで騒ぐと兵士全員が集合しそうだったので、静かに食堂へ行き、
リモナード(レモネード)を作らせて、戻ってきた。

しばし躊躇したあとで、口移しで飲ませ「隊長!」と呼びかけると、やっとのことで、
彼女はうっすらと目を開けた。
「…気が付きましたか?…隊長…部屋に倒れていたのですよ。
体の調子が悪いなら、もうお屋敷へ戻られた方がいいですよ。
あとは、ダグー大佐に任せて…。」
「…ありがとう。大丈夫だよ。ちょっと立ちくらみがしただけだ。
倒れていたなんて…、おまえは、おおげさな奴だな。アラン」

「…しかし…現に…部屋のまん中で気を失っていたんですよ。」
「昔から言うだろう。7月はカニキュール(酷い暑さ)の月だと…。
この暑さでは、医者も薬も病気には効かぬと…。
一昔前の王の侍医だったクレマンさえ嘆いているさ。知らないのか?アラン」
「カニキュールというより、俺にはあなたが何か病気のように思えますがね。
また痩せたようだし、顔色も悪いですよ。アンドレはどうしたんです?」
「彼は、参謀本部へ使いに出した。もうすぐ戻るだろう。」
気がついても、彼女はまだ青白い顔のまま、クッションに深く沈みこんでいた。
いつものように元気に立ち上がる気力もないようだ。

年明けからの数ヶ月の疲れの上に、さらにここ数週間の緊張が彼女の美貌を曇らせていた。
ただでさえ白い肌はさらに青白く、華奢な体つきが、ますますほっそりとしていた。

俺の考えていることを見破ったように、彼女は小さな声で抗議した。
「…おまえたちが、私に心配ばかりかけるからだ。アラン、そうだろ?」
「そりゃ…すいませんでしたね。しかし、今回のことはアンドレに言いますよ。
告げ口されるのが嫌なら、今日は素直にお屋敷に戻って、休むことですね。隊長」
「…彼には言わないでくれ。ただでさえ、最近うるさいのだから…、
これ以上、口うるさくなったら、暑苦しさが増すだけだ。」
「医者には見せたのですか?何の病気ですか?」

楽しそうな冗談を思いついたと、蒼い瞳が笑いながら、俺に視線を投げかけた。
「恋の病さ、決っているじゃないか!私だって、こんな格好をしていても、
女なのでね。悪いかね?」
「・・・わるかありませんがね…もう少し体を労わった方がいいですよ。
まあ、冗談を言えるくらい元気になったのなら、俺はもう戻りますよ。
失礼します。隊長」

そばを離れようとした俺の袖を引き、懇願する瞳で囁いた。
「アラン…くれぐれもアンドレには内緒だぞ。」
「黙っていて欲しいなら、俺に約束してください。医者にみせると、わかりましたか?」

しばしの沈黙の後、俺の質問に答えるにはいささか勝ち誇った顔つきで、
彼女は俺に囁いた。
「この勝負は私の勝ちだ。さっきリモナードを口移しで
飲ませてくれたのは、おまえだろう?違うか?アラン」
「……」
「こんなこと言ったら、今度は腕をねじり上げられるくらいじゃすまないぞ。」
俺は降参のポーズをとり、同意した。

「俺は、あなたのこい…従僕と喧嘩する意志はまったくありませんよ。ご安心を。
しかし、それは卑怯な戦法ですよ。隊長」
「要するに、戦いは勝てばいいのさ。ひとつ勉強しただろ。優秀なる兵士君」

助けてやったのは、俺なのに…負け続けるのは悔しいから、俺も一言付け足した。
「それでは、俺からあなたの恋の病に忠告を一言、二言。
男を待たせるのもいいかげんにしないと、浮気されますよ。
特にもてる男を恋人にした場合はね、誰とは言いませんが。
それと、あなたの想い人へ忠告を。
口付けの痕は、襟元でなくもっと見えない深いところへ付けろってね。
わかりましたか?隊長」

得意そうにしていた顔は、すぐに耳元まで赤くなり、反論さえ考えつかないようだった。
「ちょうど血色がよくなりましたよ。よかったですね。それなら、彼にばれませんよ。
最後はやはり・・・俺の勝ちですね、勝つ方法は何でもいいのでしょう?上官殿。
では、今度こそ本当に失礼いたします…。隊長」

足早に扉に近づいて、開けた途端、噂の主が現れた。
「どうしたんだ?アラン」
「いや、何、隊長に呼ばれたんだが、用はもう済んだよ。
隊長は急用で屋敷に戻られるそうだ。おまえも帰り支度を急げよ。アンドレ」

「隊長、カニキュールの暑さは、情熱的でしょう?
恋の病と同じくらいね。」
俺はニヤリと笑いながら彼女に声をかけ、振りかえらずに
扉を手早く閉めると、足を速めた。

互いに思いやりばかり深い恋人達には、少しばかりカニキュール星
(シリウス星、すなわちオオイヌ座のα星)の情熱を刺激する働きが必要だ。
特に男女の仲に疎い女性には、不吉とされるくらい激しいカニキュール星の
情熱の嵐を身に受ける必要があるな。

俺にはクピド(愛の神キューピッド)の役は似合わないから。
でも、待てよ。最初に俺を呼んだ隊長の用事は何だったのかな?
まあ、どっちにしろ今日は7月12日で、パリの暴動は酷くなるばかりだから、
そのことだったのだろうけれど。
しかし、あの体では、長くは持つまいに。
FIN

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