The 5rd Report with Buddhism and Shin buddhism I and Preaching

研修レポート5「仏教」「真宗I」「伝道」




 親鸞聖人は「善人が仏になる」と言われず、なぜ
 「悪人成仏」と言われたのでしょうか。


 問題は主として「悪人」という言葉の意味にあると思われるの
で、この言葉がどのような文脈で言われているのか確認したい。

 「煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるること
 あるべからざるを、あわれみたまひて願をおこしたまふ本意、
 悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっと
 も往生の正因なり。」『歎異抄』第三条(『聖典』八三四頁)

 悪人とは、煩悩をことごとく身にそなえている私自身のことで
あり、それは、いかなる行によっても生死を離れることのありえ
ない人間である。仏になるためには、修行を積み煩悩を断じなけ
ればならないのに、ここでは、それを断ずることのできない人間
を悪人と言われている。親鸞聖人は、煩悩が具足しているために
生死を離れることができないからこそ、悪人と言われているので
ある。この人間が悪人と判定される基準は、道徳的なそれではな
く、この人間がなす一つ一つの悪行(世間的・道徳的な意味)の
故ではなく、この人間が生死を超え出ることができないという、
宗教的な基準による判定である。如来の真実に照らし出されてみ
えたわが身の事実を慚愧して善悪が言われているのである。善な
るものは仏であり、悪なるものは人間なのである。「悪人成仏」
とは「仏に成れない人間が仏になる」という意味であり、「悪人
成仏」とは逆説的な概念である。この悪人とは、道徳の次元を越
えた宗教的次元で言われているということを認識し、「悪」の意
味を正確に理解しなければならない。如来の本願の世界では、善
悪の区別がなく、善も悪も何ら問題にならないのである。本願の
念仏の世界に悪人がいるというよりも、そこには悪人しかいない
のである。そこでは善なるものは仏のみであり、わが身をたのむ
善人は本願の世界に入ることができないのである。「必ず助ける、
南無阿弥陀仏」この声の頼もしさに出逢い、必ず助かると目覚め
るときが、如来の大悲に包まれている自分を実感するときである。



 聞と信について

 真宗における「聞」のあり方と、その深いこころをたずねると、
第十八願成就文「聞其名号 信心歓喜」の文意の解釈が極めて重
要である。親鸞聖人は『教行信証』(「信巻」)において、

|「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あること
|なし、これを聞といふなり。(『浄土真宗聖典』二五三頁)

と述べられており、『一念多念文意』においては、

|「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり、
|くといふは、本願をききて疑うこころなきを「聞」といふな
|り。またきくといふは、信心をあらわす御のりなり。(六七八頁)

と述べられているように、「聞」とは本願をきいて「疑うこころ
なきことであり、その「きく」とは「信心」なのである。だから、
真宗では「聞即信」といわれるのであって、「聴而信」ではない。
「聴」とは、自分が主体になって「きく」のであるのに対して、
「聞」とは「きこえた」ということで、仏のはたらきが主体であ
り、私はいわば客体である。どこまでも、「きこえた」、本当に
「うけとれた」ということが「聞」だというのである。いいかえ
れば、如来のおおせに「まかせきれた」ということである。それ
が浄土真宗の信心なのである。こちらから運ぶこころや、とらわ
れのこころで建てたものではなく、そのようなはからいの心が、
微塵も雑じらないところに廻施されたものであるから、「如来よ
りたまわりたる信心」といわれるのである。

 信一念をどうしていただくのかと迷うことはない。学問をして、
論理を積み重ねていかなければならないというのではないのであ
る。残された道は唯一つ、聞き続けるだけである。聞き続け、味
わい続けるとき、向こうから聞こえてくるのである。「聞其名号」
とは、向こうから開かれた世界なのである。如来よりたまわりた
る他力廻施の信心とは、南無阿弥陀仏のはたらきということであ
る。「ただ念仏とは」この私が名号を廻向されて信心ひとつで浄
土に往生し、光寿無量の正覚をさとるのである。



 全戦争犠牲者追悼会

 本日の全戦争犠牲者追悼会にあたって、「兵戈無用」すなわち
「兵力も武力も用いることがない平和な世界の実現を」という仏
の願いについて考えてみたいと思います。

 皆さん、この本をご存知でしょうか?『お寺の鐘は鳴らなかっ
た』真宗大谷派お東の僧侶の大東さんという方が仏教の戦争責任
を問うとして書かれた本です。先のアジア・太平洋戦争において、
お寺の鐘までも供出して戦争に加担・協力した責任を問うていま
す。時代の流れの中でやむおえず協力したというよりは、むしろ、
真宗のお寺や僧侶が、積極的に侵略戦争に加担していたことが明
らかにされています。

 私の寺でも、私の祖父である前の住職は、一九四三年にお寺の
鐘の供出にすすんで応じました。戦後、一九五〇年に造り直すに
あたっては、金鵄勲章七箇を含む勲章二八箇が鋳込まれました。
これには平和への願いが込められていたには違いありません。そ
のことは、鐘の周囲に書き込まれた大経下巻の一節の「兵戈無用」
の文字にもうかがえます。しかし、すすんでお寺の鐘まで戦争に
参加させたという事実を消すことはできません。

 これに対して、近くのやはりお西のお寺ですが、私の祖父と同
年代の前の前の住職は「私の生きている限り、寺の鐘を供出させ
ることはまかりならん」と、私の祖父などの説得にも応じないで、
断乎として、最後まで供出を拒否し続けられました。身近に、兵
戈無用の仏の願いを貫き、お念仏とともに生きられた実例がある
ことを知り、私は大変に感銘をうけました。

 この対照的な二人の住職のあり様から、今の私たちは何を学ぶ
べきでしょうか? 私の父である現住職は、鐘楼の改築・落慶に
際して、「私たちは戦争を聖戦と呼び、人々を戦場に送りました。
いま如来、聖人の前に、ただただ慚愧するのみです。この鐘をつ
く方、鐘の音を聞くあなたも、戦争をひき起こした悲しい日本の
過去をふり返り、全世界の犠牲となった人びとに思いを寄せ、再
び過ちをくりかえさないよう、全兵器の廃絶と世界の平和への強
い願いと決意を新たに心に刻みこんでいただきたい。」との説明
文を表示しました。これには私も全く同感です。

 圧倒的多数の「お寺の鐘は鳴らなかった」に違いありませんが、
その時期にも、兵戈無用の仏の願いを貫いた念仏者が身近に居ら
れたことを思いおこし、念仏の道に生きようとする私たちが平和
のためになすべきことを、粘り強く追求していきたいものです。


(中央仏教学院通信教育部専修課程3年次課題提出&実演レポート)



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