いま、徳山ダム事業はどうなっているか?

                  徳山ダム建設中止を求める会   三浦 真智

1、徳山ダム事業の経緯
 徳山ダムは1957年に電源開発KKが調査を開始して、多目的ダムの適地であるとしたことが、事業開始の発端である。以来、43年が経過して、1987年に徳山村が藤橋村に吸収合併となって、住民の移転が完了してからも13年が経過した。
 徳山ダムは総貯水量6億6千万m3と浜名湖の約2倍も巨大な貯水湖を揖斐川の最上流に出現させることになる。これに伴う、誘発地震や地滑りの危険が懸念されている。揖斐川の河川改修は徳山ダムを口実に大幅に遅れている。
 木曽川水系水資源開発基本計画(フルプラン)の施設として1976年に計画に組み込まれ、水資源開発公団によって関連工事が進められてきた。1985年に期限切れしたフルプランの1993年改訂に際しては、目標年次が本来の2000年をこえた2002年とされていたこと自体にすでに問題がある。1999年に岐阜県図書館で「発見」されたフルプラン改定時の作業資料である国土庁長官官房水資源部水資源計画課『木曽川水系水資源開発基本計画全部変更基礎資料』1993年と国土庁長官官房水資源部水資源計画課『木曽川水系における水資源開発基本計画全部変更協議経緯』1993年には想定問答集も含まれ、水産庁などの反対や水産庁との密約のあったことが明らかになって、新聞各紙でも大きく取り上げられ、岐阜大学の富樫幸一「木曽川水系フルプラン1993年の形成と問題点」『岐阜大学地域科学部研究報告 第6号』2000年に問題点が整理されている。下流の漁協は上流漁協だけへの補償は納得がいかないとして、補償を求める動きもある。

2、事業認定について
 旧徳山村と建設省の間では平野岐阜県知事が立ち会って、「強制収用しない」との「確認書」が結ばれ、この内容に不安を感じた旧徳山村は同時に「差入書」を提出して「強制収用しない」ことを念押ししている。残された村民大会の議事録にも「強制収用しない」という発言が記録されている。
 にもかかわらず、水資源開発公団と電源開発KKは1998年6月に事業認定の申請を行い、強制収用して徳山ダム事業を進めるとした。これを約束違反であるとして旧徳山村民の1人の地権者が、徳山ダム建設中止を求める会の近藤夫妻に共有地の権利を無償譲渡したことにより(1000/88000)、この権利を全国から募って118名(現在は116名)でトラスト共有地として登記したのである。
 1998年12月24日に事業認定が官報公示されたのに対して、すぐに異議申し立てを行うとともに、1999年3月16日にこの事業認定取り消しを求める行政訴訟を岐阜地裁に原告57名(すべてトラスト共有地の地権者)で提訴した。公共事業をめぐる訴訟では一般に原告適格が問題になるが、徳山ダム行政訴訟に関しては原告適格は問題になっておらず、これまで7回の口頭弁論でも内容に立ち入った議論が展開されつつある。
 事業認定取り消しを求める行政訴訟では、法的には徳山ダムが水資源開発公団が建設する水資源開発ダムであるのだから、まず利水目的についての検討を行なって、利水目的がないことを明らかにすることに原告側弁護団は全力をあげている。これに対して、被告建設省及び参加人水資源開発公団・電源開発KKは徳山ダムの目的のすべてについての検討を求め、現在の裁判進行の争点となっている。次回ないし次々回には利水関係の原告側証人(富樫・嶋津)の採否が決まるはずである。被告側は事業認定時の担当官の証人を申請していて、手続き的に合法的に事業認定処分が行なわれたことを立証しようとしているようである。証人の採否を含めて新しい民事訴訟法に盛り込まれたラウンドテーブル方式での審理が行なわれることになる可能性もありうるので、その場合には審理の進行の促進がはかられることになるかもしれない。
 治水関係にも議論が及ぶことを懸念して、1999年夏に国土研に予備調査をしていただいた。願わくば、本格調査にいかないでとは思うが、被告側は治水問題の世論づくりに全力をあげて、流域へのパンフレットの新聞折り込みや事業説明のパンフレットの再作成を行なっており、楽観はできない。基本高水流量の議論とともに水害の実態と綿密な地域調査による総合治水対策を提示していくことが課題となっており、国土研に対しての原告団の期待は大きいが元手になる資金がほとんどないというのが最大のネックとなっている。

3、住民訴訟について
 岐阜県は1976年以来、徳山ダムの工業用水建設負担金として、毎年数千万円〜数億円を一般会計から水資源開発公団へ支出してきた。本来、工業用水は特別会計を設けて独立採算であるべきであるというのが、地方財政法第6条に明記されている。ところが、現実には工業用水の需要がないにもかかわらず、岩屋ダムの水源が開発され、同様に一般会計から工業用水建設負担金が水資源開発公団に支払われてきた。この岩屋ダムの工業用水もほとんど利用できていないのに、徳山ダムの工業用水の需要が発生するはずもない。
 特別会計を経ることもしない徳山ダムの工業用水建設負担金の岐阜県一般会計からの支出を違法であるとして、1999年1月6日に監査請求し、却下されたのを受けて、同年3月1日に岐阜地裁に原告43名(すべて岐阜県民)で提訴したのが住民訴訟である。
 公金支出差し止めを求める住民訴訟では、1999年以降の支出差し止めを求めるとともに、梶原拓(私人)に対して既支出分の損害賠償を請求している。行政訴訟と並行してこれまで7回の口頭弁論では法律論から利水論に立ち入った議論になりつつある。先行して行なわれている長良川河口堰の工業用水に関する同様の裁判が愛知県と三重県とで行なわれてきていて、三重地裁では門前払いの判決であったものが、先日の名古屋高裁の判決で差し戻しとなって今後は実質審理に入ることになるという展開は、徳山ダムの住民訴訟にとってはありがたいことである。

4、大型猛禽類について
 徳山ダムの流域は日本国内有数の大型猛禽類(イヌワシ・クマタカ・オオタカなど)の貴重な生息地である。周辺での開発が進行して、もはや最後の拠り所になっていると考えられる。大型猛禽類は自然の生態系の頂点にあって、その地域の自然の生態系が維持されているかどうかを示す重要な種として環境庁ばかりか、建設省・水資源開発公団も保護の需要性を否定できないでいる。
 ダム審議会がはじまった1996年にその存在が公に問題になってから、2年半の間、水資源開発公団は専門家とされた4名で「ワシタカ研究会」を組織してその助言を受けて、取り付け道路や湖岸道路などの関連工事を進めながら「調査」を行なってきた。1999年8月にそのうち3名から出された「工事を中止して、調査をするように」という要求をはねのけたために3名は辞任した。水資源開発公団は調査結果の検討を求めて、日本自然保護協会と協定を結んで解析作業が進められたが、1999年12月に「調査になっていない。工事を中断して、調査をし直すべきである」とのコメントを日本自然保護協会は出した。(詳しくは、日本自然保護協会のホームページを参照されたい)
 にもかかわらず、工事を急ぐべきであるとして、水資源開発公団は着々と本体着工の準備を進め、コメント前の1999年11月24日にはダムサイト附近の揖斐川本流の転流を行い、3月15日にはダム本体の入札を行なった。5月23日には本体1期工事の起工式を行い、翌日からダムサイトの岩盤掘削を開始したのは、大型猛禽類の生存を脅かす最悪の選択である。

5、強制収用について
 徳山ダムの水没予定地にはまだ多数の私有地と共有地が残されており、現在までに7件の強制収用の裁決申請が出され、そのうち最初の1件が強制収用の裁決を受けて、転流工事が開始された。次いで、2件目も強制収用の裁決を受けている。トラスト共有地については、充分な買収交渉を経ることもなく、裁決申請が出され、2000年2月28日に岐阜県収用委員会の第1回審理が行なわれた。この時は、端元収用委員会会長が住民訴訟の梶原拓(私人)の代理人であることが委員として適格であるかどうかが争われた。5月17日の第2回審理ではこの問題は決着済みとして、公団の経緯説明が強行された。7月25日の第3回審理では「強制収用しないという約束」が取り上げられるとともに、極めて不充分な任意交渉経過についての問題が指摘された。収用委員会は事業認定を前提として土地・物件の適正な補償を行うことが目的であるので、その議論の結論に期待はできないが、広く徳山ダムの問題を世論にアピールする場として活用していく方針である。

6、日程(分科会では内容がどうであったのかを話す予定です)
 9月13日(水)午後1時半〜 岐阜地裁 第8回口頭弁論(住民訴訟・行政訴訟)
 9月19日(火)午前10時〜 岐阜県シンクタンク庁舎5階大会議室 第3回審理(収用委員会)

7、徳山ダム建設中止を求める会のホームページ(随時更新)
 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/1214

(2000年9月3日現在の情報で書きました)文責:三浦 真智


徳山ダム問題に戻る  メール