悪源太義平が妖怪ヒヒを討ったと伝えられる名刀・祖師野丸をはじめ、数々の文化財 を所蔵しています。
ヒヒ退治の舞台となったのは
岩陰遺跡
下原八幡神社
仁徳朝の頃(西暦400年ころ)大和朝廷は、その勢力をこの地方へも拡大した。その頃飛騨は、吉城郡丹生川に本拠地を置く、両面宿儺の勢力下にあった。
武振熊(たけふるくま)が率いる朝廷軍は、武儀郡下之保、高沢で両面宿儺の軍を破り、この地に侵攻した。
ここ中津原の地で戦勝を祈願し、八幡神社が建立されたと伝えられる。祭神は仁徳の先帝、応神。
鎮守山観音堂
一方大和朝廷軍を迎え撃とうとした両面宿儺の伝説も残る。
町の中央部に鎮守山と呼ばれる、観音堂の立つ小山がある。両面宿儺はこの小山に一時滞在し、その後高沢に向かったと伝えられる。