長崎海軍伝習所関係史料
長崎幕末史料大成(三)手頭留より
嘉永六年(1853)
養子取組


安政二年(1855)
蒸気船伝習
オランダ献納蒸気船
献納蒸気船運用稽古
蒸気船発砲稽古日取
昇平丸船中取締
蒸気船沖合乗出
予定変更
祝砲
質問のため出島出入
蒸気船伝習掛手当
オランダ通詞養成急務


安政三年(1856)
転任
観光丸
伝習機器類出島持出心得


安政四年(1857)
辞令
奉行交替
転任
航海学伝習
目付到着
伝習御用
伝習掛交替
目付交替
伝習御用
伝習御用
外科蘭人帰国
大砲稽古
活字判摺立所


安政五年(1858)
奉行転任
新奉行
日の丸船印
兼勤転勤
奉行帰府予定
井伊大老
新将軍名
新奉行江戸出立
出島出入取締緩和
奉行着崎予定


安政六年(1859)
転任
長崎での諸術伝習差止
伝習中止後の観光丸
流行病と大村町伝習所
伝習所の流行病療養治中止

万延元年(1860)
井伊掃部頭役御免
養生所取建


文久元年(1861)
新奉行
奉行交替
奉行在勤
養生所取建
奉行引継
医学伝習
外国奉行兼長崎奉行


文久二年(1862)
種痘
長崎奉行用務御免
オランダ留学
奉行交替
コレラ流行
新奉行
蘭医診療


元治元年(1864)
新奉行
医学伝習
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養子取組

養子取組の儀は筋目とうあい糺し候儀勿論の事に候処、近来は持参金に専ら拘わり取組候儀もままこれありやに相聞こえ左様にはこれある間敷事に候。すでに安永三牛年急度相達し無く候もこれある処年数もあいたち候儀に付き猶又右の趣あい心得女子縁組の儀も右に准し心得違いの無いよう致すべき旨向々へあい達し置くべく候
右の通り天保七申年あい達し置候ところ、養子取組の儀兎角持参金にあい拘わり流弊今もってあい止め申さずやにあい聞え如何の事に候この度質素節倹の儀に付き仰せ出もこれあり候折柄又々養子縁組等の節持参の儀向後聊かたりともこれ無きよう、銘々厚くあい守り申すべく候。もしこの度相触れ候趣とう閑にあい心得如何の筋もあい聞こえ候はば、急度御沙汰の品もこれあるべく候条心得違いこれ無きよう致すべく候。
一養子致し候節其の家に弟又は厄介の内筋目これ有りのものにても実々病気にて往々ご奉公も相勤め難きほどの者は廃人にいたし候儀も余儀無き筋に候えども左もこれ無きものにても病気の申立にてあい除き候うえ、他人養子あい願い候類も近頃追々これありもって多くは持参金に拘わり候儀と相聞え養子の本儀を取り失い候筋に相成り候且は厄介共一生の沈浮にもあい響きもっとももって嘆かしき儀に候あいだ、向後右躰不都合の儀はこれ無きようその筋へ能々遂吟味とて正路に取計らい候よう致すべく候
右の通向々へ相触れらるべく候
右の通阿伊勢守殿御渡候御書付江府より到来に付相渡候条其の意を得支配のものへ申し聞かせるべく候
 丑九月

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蒸気船伝習

                                 手附へ
此度蒸気船伝習御用のため江府より役々差遣わされ候につき、御目付永井岩之丞儀、交替あい済み候はば、滞留まかりあり右取り締まり方引請け取扱申すべく段伊勢守殿仰せ渡され候旨申越し候間、其意得べく支配之者へ申し渡すべく候

夘 八月

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オランダ献納蒸気船

                              手附へ

小十人         
 贄善右衛門組  
  矢田堀景蔵
小普請組       
 奥田主馬支配  
  勝麟太郎
御勘定格       
 御徒目付     
  永持亨次郎
御小人目付     
  山田八郎 
  兼松亀次郎
 
右 景蔵 麟太郎 亨次郎儀阿蘭陀より貢納之蒸気船運用其外伝習御用相勤 一船之儀重立取扱候様伊勢守殿仰渡され候旨江府より仰下され且、御小人目付両人之儀は御目付永井岩之丞手に付相勤候様同人より達有の候あいだ相達候、其意得支配の者へも申聞かせるべく候

夘八月

                         手附へ
阿蘭陀国王献貢の蒸気船御請取相済伝習御用取懸り候上は右御船へ蘭人とも呼び寄せ候儀は勿論永井岩之丞并附属之者共蘭館并 船中へ差し遣し候節は 矢田堀景蔵勝麟太郎両人の内又は支配向の内にて取締らせ差し添えあるべくのその都度々奉行へ打合無之岩之丞手限取扱候様致したき旨申し越し候あいだ、以来岩之丞并附属の者共伝習の儀については前文の通り立会い無之手限にて船蘭館へまかり越しべくもっとも右は伝習の阿蘭陀人に限り候事にてその余在留の阿蘭陀人とも右応対の場所へ携わらずよう致すべく勿論かひたん儀は右蒸気船伝習については対応は苦しからず候且又以後右について之書書物等は岩之丞方へ差し出し候
右の通かひたんへ申し渡候間其意を得支配の者共へも申し渡すべく候
 卯 八月


                      

          手附へ
松平薩摩守献貢之御船昇平丸と相唱候旨且又阿蘭陀献貢の蒸気船伝習として江府より当地へ差し遣わされ候もの右御船をもって直に当港へ乗り入れ候段、伊勢守殿仰せ渡され候旨江府より申し越し候あいだ其の意を得支配の者へも申し渡すべく候
夘八月



          手附へ
阿蘭陀国王より献上の蒸気船、今般御受納相成り御船印あい建て当分湊へ差し置かれ、蒸気船運用その外伝習稽古仰せつけられ候あいだ、その意を得支配のものへも申し渡すべく候
  夘八月

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献納蒸気船運用稽古


                                      手附へ
異船退帆いたし候については献貢の蒸気船において発砲稽古は毎月七の日あい定め帆前又は蒸気等運用稽古は日限あい定めず時々沖合へも差し出し候旨永井岩之丞より申越し候あいだ、その意を得支配のものへも申し渡すべく候
 夘九月

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蒸気船発砲稽古日取

                              手附へ
蒸気船において発砲稽古、毎月七の日にあい定め候積相達し置候処、差し支えの儀有の候につき毎月九の日相改め候旨尤同日差し支えこれある節はその都度々替日の儀相達すべき旨永井岩之丞より申し越し候につき其の意を得支配のものへも申し渡すべく候
 夘九月

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昇平丸船中取締

手附へ
御細工頭格       
御徒目附組頭     
 依田源十郎


御小人目附       
 橋本鉄四郎
吉岡元平
 
                                               
右はこの度長崎表へあい廻し候昇平丸船中御取締御用のため江府差し遣わされ近々着船致すき旨御目附方より達しこれあり候あいだその意を得支配のものへも申し渡すべく候
 夘九月

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蒸気船沖合乗出

蒸気御船并和蘭陀蒸気船来る廿日早朝より運用として沖合へも乗出候趣永井岩之丞より達これあり候あいだ其の意を得支配の者へも申し渡すべく候

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予定変更
浦賀奉行組同心齋藤太郎柴田仲助儀長崎表御用仰せつけられ候処、右両人之儀は浦賀表御用弁も宜ものの趣に付相残り候よう且御鉄砲方与力同心天文方手附出役の者蒸気船伝習として昇平丸御船をもってつかわされるべき旨仰せ渡され候処差し支えの儀これあり候あいだ陸路あい残り候様
右の通仰せ渡され候旨江府より申来り候あいだ支配のものへも申し渡すべく候
 夘九月

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祝砲

 明晦日阿蘭陀蒸気船にて祝砲いたしたき旨船将願い出候に付、届承り候あいだ其の意を得支配のものへも申し渡すべく候
 九月廿九日

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質問のため出島出入

別紙名面之もの共出島外科部屋へ質問のため折々差し遣わし候旨永井岩之丞より申越候あいだ其の意を得その筋のもの共へ申渡し置くべく候
 夘十月 
                                           小十人          
贄善右衛門組
矢田堀景蔵
同             
松前三郎助組
 勝麟太郎
御勘定組         
御徒目付         
永持亨次郎
浦賀奉行組与力    
中島三郎助
佐倉桐太郎
足立左内手付      
 小野次郎左衛門組御徒
高柳兵助 
白石藤三郎
渋川助左衛門手附
 御広敷添蕃  
十太夫養子  
福岡金吾
江川太郎左衛門手代
与力次席   
岩嶋源八郎
望月大象
長沢綱吉
石井修三
鈴木勇次郎
御小人目付     
山田八郎 
兼松亀次郎
牧野備前守家来  
足立左内手付
小野友五郎

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蒸気船伝習掛手当


私共儀蒸気船伝習掛仰せ付け置かれ御手当銀弐匁宛下され之猶又筆墨料等御出方相有り難く存じ奉り候。然るところ蒸気船献貢御請け取り相成り候後は御船当番相立ち寝ず番仕り非番の者も一同毎日早朝より出方仕り船中御取締り方并船具調方その外掃除とうに至るまでこれこれ取り計らい非番のものは暮れにおよび引き取り候儀にて御水主并火燈の者もいまださばけずの事故同人とも所業も私共心付け差し廻し候には手数あいかかり勿論御船運用の前後はべっして繁多にありこの風雨の節または夜に入候時々は別して苦労仕り候儀に御座候。右については衣服そのほか仕度の入用もあい掛候儀に御座候間近頃恐れ多く御儀に御座候えども御船すでにお請け取りの儀は御手当銀相応の高御増方仰せ付けられ下されそうろうよう願い奉り候何卒前条伝習方のみに御座無く桁々相勤め候廉(かど)をもって願いの趣宜仰せ付けられ下されそうらわば猶もって一同相励み申すべく候この段書付をもって願い奉り候以上

  夘十二月
                                   町司        
伴 梅吉郎
船番筆頭     
  竹内勝三郎
唐人番      
土屋修三
遠見番      
嘉悦良三郎
御役所附触頭助
竹内夘吉郎

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オランダ通詞養成急務

 長崎奉行へ
 
  覚

長崎表阿蘭陀通事共熟達之者は病死等いたし当時は御用弁熟達の者も自然人数少にて未熟の者多く翻訳通弁等差し支え候哉に相聞こえ候あいだ、向後厚く世話致し一同格別勉励熟達致し御用弁宜き者多分出来候様心懸けられるべく候。尤当地にても洋学所お取り立てそれぞれ御世話もこれあり御時節に付き彼地においても通事之外に有志の輩は勝手次第稽古致すため翻訳通弁等出来候方然るべく候あいだ、その趣をもって世話致されるべく候。もっとも取り締まらずの儀これ無き様心付けられるべく候事。
                        手附へ
阿蘭陀通詞共熟達のもの御取立又は病死いたし当時は御用弁熟達のもの自然人数少にて未熟の者多く翻訳通弁等差し支えに付、向後一同格別勉励いたし且つ通詞の外にも有志のものは勝手次第稽古致すため翻訳通弁等出来候様伊勢守殿御書付をもつて仰せ渡され候旨江府より申来たり候あいだ則別紙御書取写相達候条其の意を得支配のものへも申し渡し有志の者も候はば申聞かせるべく候

  夘十二月

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転任

御目付岡部駿河守浅野一学代りのため合長崎表へ差し遣わされ候旨江府より申し来り候あいだ、その意を得支配のものへも申し聞かせるべく候よってこの支配向名前相達候

        辰三月                           御徒目付
                                           中台信太郎
                                           小田切 鋼一郎
                                        御小人目付
                                           高松彦三郎
                                           東浦鏡次郎
                                           小川佐左衛門
                                           藤田 幸蔵

      右の通り候

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観光丸

                            手附へ
献貢蒸気御船以来観光丸と相唱申しべき旨遠藤但馬守殿仰せ渡され候だん、永井玄蕃頭より申し越し候条其の意を得られるべく支配のものへも申し渡すべく候
 
 辰四月
 

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伝習機器類出島持出心得

諸家家来、出島において伝習の節絵図文字并機械雛型蘭石諸品蘭人より借り受け或いは伝習人より問い合わせ出島持出入の儀向後絵図横文字類席上にて認め候もの又は板行のものも紙数少なきは通詞に改めさせ外品も手軽の分は検使見計らいをもって届け承りもっとも手重の分持出入の儀は先前の通り兼て御役所へあい伺わせ候よう致すべく候
一 観光丸并永井玄蕃頭方にて伝習の節も蘭人と取り交わし等いたし候品その時々書付に致し諸家家来より見廻させまかりこし候検使え差し出させ候
右の通り相心得るべく候
 
  辰十月

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辞令

                          手附へ
                                     御細工頭格
                                       御徒目付
                                        永持亨次郎

長崎奉行支配吟味役仰せつけられ勤候内只今迄の御足高そのまま下され御役料三百俵御役金百弐拾両下され永々御目見以上と相心得るべく候
右の通旧臘廿八日牧備前守殿御書付をもって仰せ渡され候旨江府より申し来候あいだその意を得支配向へも申し渡すべく候
 巳正月

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奉行交替

                                     手附へ
川村対馬守儀小普請奉行仰せ付けられ右跡当地奉行大久保右近将監仰せ付けられ候条去月廿六日御奉書をもって仰せ下され候あいだその意を得支配向へも申し渡すべく候
  巳二月

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転任

                                          手附へ
御目附木村図書岡部駿河守代わりのため合長崎表へ差し遣わされ候旨江府より申来候あいだその意を得前々御目目付衆遣わされ候節の通り相心得支配のものへ申し聞かせるべく候。もっとも当月廿四日江戸表出立の旨申し来候これにより支配向名前相達候
 巳二月

                                 御徒目付
                                     横山為次郎
                                     飯田孫三郎
                                 御小人目付
                                     前田右太郎
                                     中川鉄助
                                     三浦龍次郎
                                     宮崎寛三郎

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航海学伝習

永井玄蕃頭帰府後航海学その外の稽古とも是までの通り西役所において引き続き伝習これあり右御用は岡部駿河守岩原屋敷において当分兼帯取扱候旨同人より申し越し候あいだその意を得支配のものへも申し聞かせるべく候
  巳三月

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目付到着
                                       手附へ
御目附木村図書支配向共明後九日当地到着候あいだその意を得支配の者へも申し聞かせるべく候
 巳四月七日

                                          手附へ
長崎会所俵物役所唐紅毛屋敷その外番所等これ有る場所并牢屋敷溜牢へ御徒目付御小人目付見廻りのため不時罷り越し候旨木村図書より申し越し候あいだその意を得支配の向へ申し聞かせ置くべく候
 巳四月
                                                      手附へ
木村図書より町年寄追々呼び出し相尋ね候儀もこれあり且、その地役人品に寄呼び出し候儀これあるべく候旨申し越候あいだ申し達し置候事
 巳四月      

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伝習御用
                                           手附へ
岡部駿河守伝習御用当分相心得候付近々支配向召し連れ西役所へ引き移り候旨申し越し候あいだその意を得支配の者へも申し渡すべく候
 巳四月

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伝習掛交替
                                                         手附へ
蒸気船運用その外伝習伝習御用の儀永井玄蕃頭帰府に付当分の内岡部駿河守へ取締り方仰せ付けられこりある処右御用方は木村図書仰せ付けられ候あいだ諸事玄蕃頭へ申し渡し置候通り相心得べく図書代わりは松平久之丞遣わされ候はず候。もっとも同人当地着の上にてそれぞれ交代いたし御用向引継ぎ次第駿河守帰府の積相心得べき旨仰せ渡され候段江府より申し来候あいだその意を得支配のものへも申し聞かせるべく候
 巳五月

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目付交替

                                    手附へ
御目附松平久之丞崎着に付き当地御用向き引き続きあい済み候付き今廿三日より支配向諸仕役等都て久之丞方へあい達し申べく旨木村図書より申し越し候事
一 伝習御用向図書へ引き継ぎ岡部駿河守来る廿九日当地出立の積。駿河守より申越候事。
右之趣その意を得支配のものへも申し渡すべく候
 巳六月廿三日

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伝習御用
                                         手附へ
御小人目付高松彦三郎儀、岡部駿河守出立後当分居残伝習御用相勤めるべき旨申し渡し候段同人より申し越し候条其の意を得支配の者へ申聞かせるべく候

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伝習御用
                                          手附へ
伝習御用岡部駿河守より引き継ぎあい済み候につき明廿九日弥出立あい成候はば木村図書支配向共明後晦日西御役所へ引き移りの積。図書より申越候条其の意を得支配のものへも申し渡すべく候
 巳六月廿八日

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外科蘭人帰国
                                          手附へ
出嶋滞在の外科蘭人当秋商売船にて帰国いたし候につき諸向の伝習あい断候旨申し立て候あいだこの段申達候右の趣其の意を得支配のものへも申し渡すべく候
 巳八月

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大砲稽古
                                        手附へ
明十五日蒸気船に於いて稽古のため空砲あい放ち候旨木村図書より申し越し候あいだこの段心得のため相達し候
 十月十四日

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活字判摺立所
                                            手附へ
御役所内活字摺立所以来五ヶ所宿老会所内へ引き移し且同所於いて当分のうち新製植字仕法蘭人より伝習を請け候はずにつきそれぞれ取締り筋等も厚く勘弁の上取り計らうべし。もっとも宿老はじめその筋々へ申聞かせ置くべく候
但し宿老共会おいて所取り調べ候御用筋これ有り候節は摺立あい休み候筈に心得べく候
右の通、調役年番町年寄へ申し渡し候あいだその意を得取り締まり筋等懸かりのものにて早々取り調べ申聞かせるべく候
 巳十二月

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奉行転任
                                          手附へ
旧臘三日水野筑後守、田安殿家老仰せ付けられ、同日永井玄蕃守御勘定奉行仰せ付けられ長崎御用江戸取扱掛仰せ付けられ且又岩瀬肥後守長崎掛仰せ付けられ候段江府より申し来り候条その意を得支配のものへも申し渡すべく候
 午正月

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新奉行
                                         手附へ
旧臘廿九日岡部駿河守当地奉行仰せ出され候あいだその意を得支配のものへも申し渡すべく候
 午正月

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日の丸船印
                                             手附へ
公儀御船をはじめ諸家手船とう異国形の通航の筋に是まで勘定奉行より浦触差出候ところ、向後浦触差し出さず候あいだ兼ねて仰せ出され候日本惣船印、白地日の丸幟立これある船は御国船とあい心得湊掛等の節定例廻船の通り取計らうべく候
右の趣御領は御代官、私領は領主地頭より洩らさずようあい触れられるべく候。もっとも諸家において新規製造の船乗筋あい伺候儀は是までの通りなすべく候
右の通りあい触れ候あいだその意を得られるべく候
 午正月

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兼勤転勤
                                         支配向へ
長崎表の儀外國貿易御取り開きその外御改革の折柄には候えども伝習御用木村図書へ立合御用兼勤仰せ付けられ松平久之丞儀は御用向引送支配向召し連れ帰参格別要領の儀のみ立合その余瑣末の儀は立合に及ばず前々御目付け在勤これ無き節の振合に取計らうべき旨書き付けを以って仰せ渡され候段江府より申来候条その意を得支配のものへも申し渡すべく候
 午三月

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奉行帰府予定 
                                         支配向のものへ
長崎表の儀商法御改正については諸事居合候まで自分ならび駿河守両三年も詰越あい勤め候よう致すべくもっとも自分儀は駿河守当地着任の上一先帰府致すべき段伊賀守殿仰せ渡され候あいだその意を得支配のものへも申し渡すべく候
 午四月

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井伊大老
                                          支配向のものへ
去月廿三日井伊掃部頭殿御大老職仰せ付けられ候旨江府より仰せ下され候条其の意を得支配のものへも申し渡すべく候 
 午五月

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新奉行江戸出立
                                          調役へ
岡部駿河守去月三日江戸表出立致し来る十七日頃着崎致すべき旨申し来り候あいだ其の意を得支配のものへも申し渡すべく候
 午九月

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出島出入取締緩和
                                           調役へ
諸家家来伝習稽古の節立合い検使、向後あい止め候あいだその意を得候ながらならびに出嶋門立合ならびに門番人その外伝習懸かりのものその場所々々において心づけ取締らずの儀これ無きよう致すべく候もっとも諸家家来ならびに当地医師等出嶋へ伝習罷出候ものは同所門人入の節その時々手札取り置き月末に至り御用所へ差し出すべく候
右の趣その筋々へ申し渡すべく候
 午九月

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奉行着崎予定
                                           調役へ
駿河守近々着崎につき来る十八日中嶋御鉄砲方屋敷へ引き移り候、もっとも御用向の儀は立山御役所において取扱候あいだその段あい心得それぞれ取計い申すべく候
 九月十六日

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新将軍名
宰相様へ御名家茂公と御改進ぜられ候旨去月二十一日仰せ出され候段江府より仰せ下され候あいだその意を得支配のものへも申し渡すべく候
 午八月

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転任
                                           支配向へ
当表立合御用木村図書代わりのため都筑金三郎仰せ付けられ候旨江府より申来候あいだその意を得前々御目付衆遣わされ候節の通取計らうべく候
 未二月

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長崎での諸術伝習差止
                                           支配向へ
長崎表に於いて蒸気船運用その外諸術伝習の儀、遠境の儀にもこれあり差し支えの筋これありやにあい聞こえ候につき向後同所において伝習の儀はあい差し止め相成候おって仰せでられ候品もこれあるべく候あいだ伝習とて罷越おり候もの共一同この節海陸の内、都合次第帰府候よう申し渡し教師蘭人共帰国の儀あい達し候よう江府より申来候あいだ心得のため相達し候
 未二月

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伝習中止後の観光丸
                                           支配向へ
航海術等伝習御用差し止め稽古人遂々帰府いたし候あいだ観光丸御船当分長崎御役所預かりに相成り候に付き御修履等の儀も木村図書より引き継それぞれ取計らい候はずに候
右の趣其の意を得その筋々へも申し渡し置くべく候
 未三月

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流行病と大村町伝習所
                                             支配向へ
当節流行病うす煩い候もの多分にこれ有り、いずれも劇症にて医療間に合いかね、貧困のものは手当も行届かずのものもこれ有るやにあい聞こえ候あいだ、大村町伝習所へ医師あい詰めさせおき治療致させるべきはずにつき、あいわずらい候ものは明十四日より昼夜に限らず早速同所へ申し出候はば、詰合の医師さし遣わすにてこれあるべし。もっとも軽傷のものは同所へあい越し診療をうけ候ようにも致すべく候
右の趣市中一統へ洩らさずようそうそうに触れ申すべし。もっとも町役人等の手数に及ばず銘々当人ともより直に伝習所へ申し出候よう申し渡すべく候
 七月十三日
右の通り市中へあい触れさせ候ところその向々においても同様あい心得るよう致すべく候

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伝習所の流行病療養治中止
                                        支配向へ
流行病あい煩い候もの救のため、大村町伝習所へ医師あい詰療治いたさせ候ところ、近々劇症のものあい止み候趣につき来月朔日より医師詰方致さず候あいだその意を得るべく候。もっとも療治中のものは全快までは同所において薬申請候とも苦しからず候
右の通市郷へ相触れさせ候あいだその意向々おいても同様あい心得候よう致すべく候
 巳七月

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井伊掃部頭役御免
                                         支配向へ
去月晦日井伊掃部頭殿思し召しこれありお役御免仰せつけられ候旨江府より仰せ下され候条その意を得支配のものへも申し渡すべく候
 申閏三月

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養生所取建
                                     支配向へ
近年流行病これ有療治行届兼候得者もこれ有候に付去々午年以来施薬等いたし遣候処多分の救いに相成候趣にも聞こえ候間、右等手当てのため小嶋郷の内へこの度養生所御取建相成るべくはずに候。もっとも療治願出候手順等は場所出来の上猶又委細申達すべく候
右の通市郷へあい触れ候あいだ支配向へも申し渡すべく候
 申五月

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新奉行
                                      支配向へ
去月廿二日朝比奈甲斐守当地奉行仰せつけられ候あいだ、その意を得支配のものへも申し渡すべく候
 酉四月

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奉行交替
                                                        調役へ
朝比奈甲斐守儀小普請奉行仰せつけられ候につき右跡当地奉行高橋美作守仰せつけられ候旨去月十九日御奉書をもって仰せ下され候あいだ其の意を得支配の者へも申聞かせ置くべく候
 酉六月十三日

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奉行在勤
                                         調役へ
高橋美作守この度長崎表在勤一ヶ月にて交替いたし候ては不都合の儀もこれ有るべく候あいだ、まず二ヶ年も在勤の積仰せ渡され候旨江府より申来たり候あいだその意を得支配のものへも申し渡すべく候
 酉八月廿二日

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養生所取建
                                         支配向へ
此度養生所御出来の所はじめての儀にもこれ有り候あいだ、別紙触面ならび規則書の通にて取開きあい試し候。なおおって相触れ候儀もこれ有るべく候条兼ねてその旨あい心得るべく候。
 酉八月

                                           支配向へ
此度御取建あい成候養生所の儀は病気療養致し候もの下々にては医師見舞い等行き届かずまたは舶来の薬種間々品切れもこれ有り殊に薬剤療方とも銘々の好憎により意外の迷いを生じ療治不行き届きあい果たし候もの少なからず既に午未年の流行病の節その手当て届けかね夥しき死亡者の者もこれあり候あいだ、医薬は勿論看病人あい撰び養生筋不行き届きこれなきよう致し遣わしたきとの御趣意に付き長崎市郷のもの共をはじめ旅人たりとも療養相願いたきものこれあり候はばその所役人共厚くあい心得病者寄宿手配し手重にあい心得ずよういたし遣わすべく候。もっとも別紙規則書の趣あい心得身許これありもの共は寄宿料差し出すべく極貧の者ともへは御施薬に成し下されるべく候条来る九月三日より勝手次第願い出るべく候
右の趣令承知別紙規則書あい添え洩らさずよう申し渡すべく候
 酉八月

一 療養あい願い候ものは銘々居町居村役人并引請証人名前あい認め候印紙書付弐枚持参証人同道直に養生所へ罷り越壱枚門番所へ差し出し壱枚は玄関へ持参役人引合医師改請寄宿致すべく候
 但し養生所より人別糺し方いたし候あいだも居町居村乙名散使へあい届け置き罷り越し申すべく、もっと乙名散使等より申立に及ばず当人とも直に罷り越苦しからず候
一 夜具寝衣之類は置附の御品これ有り候あいだ、持参に及ばず、もっとも自分所持の物持参致したく候はば医師見届け候上差し許し申すべく候
一 病気快方におもむき歩行等差し支えこれなき者は服薬あい休み申さずそうろうとも帰宅致すため日を相定め通い診察受け申すべく候事
一 療治あい願い候もの身許これある分は寄宿中一日壱人六匁宛一切の賄料ためあい納め申すべく、もっとも全快後たりともその前たりとも都合次第あい納め申すべく候事
一 看病人召し連れ寄宿いたし一間借り切り方願い候者は一切の賄料のため一日拾弐匁宛前同様あい納め申べく候事
一 市郷の内身許薄のものへは薬剤下され候あいだ、前同様の手順にて一日壱人弐匁五分宛あい納め申すべく候事
  但し極貧の者共は其の時宜に寄諸賄料等一式差し出に及ばず候事
一 病人の親類その外見舞いの者は兼ねて渡し置き候番付ヶ証札持参看病人案内にて対面致すべく、もっとも飲食の品差し贈り候節は医師の改を請け申すべき事
一 此外の儀は寄宿の上諸事その筋のもの指図を受け申すべく候事
 巳上

    名前書案
                          何町
                          或は何役
                          或は家持
                             誰借家
                               何の或は誰
                                酉何才
                          引請人
                            何町
                               何の或は誰
  郷中の者名前書も右同様の事
                          何村
                            百姓
                                 誰妻
                              或は   母
                                    倅
                                    娘
                                    厄介
  市中家内の者名名前書も右同様の事
                            旅人
                             何国何村
                               百姓
                                  誰
                                   酉何才
                               引請人
                                 何町
                                    誰
  右の通半紙二つ折綴込にあい成候よう認め差しだし申すべき事
    

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奉行引継
                                             支配向へ
 今十三日御用向美作守へ引継あい済候あいだその意を得支配の者へも申し渡すべく候
  九月十三日
                                             支配向へ
 御用向追々引継あい済来る廿六日頃駿河守当湊乗船いたし候あいだその意を得支配のものへも申し渡すべく候
  九月廿三日

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医学伝習
                                                       支配向へ
                                         奥医師
                                           玄朴養子
                                              伊藤玄伯
                                         奥医師
                                            洞海倅
                                              林研海
    右当表へ医学伝習のため差し遣わされ同所養生所の御用もあい心得候よう達せられるべく候
    右の通り安対馬守殿仰せ渡され候旨江府より申来たり候条其の意を得支配の者へも申聞かせ置くべく候
     酉十月廿四日

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外国奉行兼長崎奉行
                                              支配向へ
 岡部駿河守事外国奉行仰せつけられ候旨去月十六日の御奉書をもって仰せ下され且長崎表の御用引請取扱在府長崎奉行の通支配向の者をも指揮いたし候よう仰せ渡され候段江府より申来り候あいだその意を得支配のものへも申し聞かせ置くべく候
  酉十二月十七日

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種痘
                                            支配向へ
養生所に於いて来る十五日より月々辰戌の日毎にうえ疱瘡施行いたし遣わし候ため疱瘡前の小児これ有るものは生九つ時より八つ時頃までの内養生所へ連越しあい願い申すべく候、右は引き請け人に直に及ばず罷り出申すべく候
右の趣市中郷中へあい触れ候あいだ、その意を得支配のものへも申し聞かせ置くべく候
 戌二月六日

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長崎奉行用務御免
                                              支配向へ
 外国奉行岡部駿河守事当表の御用引き請け取り扱いの儀御免なられ候旨江府より申し来候条其の意を得支配の者へ申し聞かせ置くべく候
 戌二月

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オランダ留学

                                   支配向江
                            御小姓組
                               小栗豊後守組
                             御軍艦組出役
                                  内田恒次郎
                                  小普請組
                                  柴田能登守支配
                                  円兵衛二男
                                    同
                                    榎本釜次郎
                                  奥火之蕃
                               三浦美作守組与力
                               源次郎弟
                                  同
                                赤松大次郎
                                久世大和守家来
                                     同
                                田口俊平
                                 松平三河守家来
                               蕃書調所出役教授手伝
                                   津田真一郎
                                堀田伝之丞家来
                                  佐波銀次郎厄介
                                     西 周助
                                      諸職人
                                            八九人
 右者今般和蘭陀国へ御誂蒸気船壱艘製作中諸術研究のため差し遣され候付咸臨丸へ乗り組み当月上旬江戸出帆いたし、当湊着船の上異国便にて出帆いたし候旨申し来り候あいだ、心得られ相達し候支配のものへも申し聞かせ置くべく候
 戌六月
                                      支配向へ
                                  奥医師
                                     長寿院養子
                                      伊東玄伯
                                       同
                                       洞海倅
                                        林 研海
 右の者共この度阿蘭陀へ軍艦御誂あい成り伝習のため軍艦組の者彼国便船へ乗り組み差し遣わされ候付船中病用もあい兼ね医術伝習のため差し遣わされ候間御軍艦のもの当地着の上一同彼国便船へ乗り組み直に当地より罷り越し候よう板倉周防守殿仰せ渡され候旨江府より申し来り候あいだ支配の者へも申し聞かせ置くべく候
 戌六月                                   支配向へ
                                         奥医師
                                           静海倅 
                                           戸塚静伯
                                          同
                                          道安倅
                                           佐藤道碩
                                         西洋医学所頭取見習
                                           大槻玄俊
 右者共長崎表へ伝習のため罷り越し候伊東玄伯林研海阿蘭陀国へ差し遣わされ松本良順儀は医学所ご用これ有候につきこの節出府の儀あい達し候あいだ、右代わり長崎表養生所ご用兼伝習のため差し遣わされ候旨板倉周防守殿仰せ渡され候段江府より申し来り候あいだ支配の者へも申し聞かせ置くべく候
 戌六月  

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奉行交替
                                         支配向へ
自分儀御用の儀候あいだ参府致すべき旨仰せ出され候。ついては当時妻木源三郎在勤申に付き同役大久保嘉平治当地着迄の内御用向源三郎取扱候積相心得四五日の支度にて道中及ばず差し急ぎ出府候よう江府より仰せ下され候あいだ其の意を得支配のものへも申し聞かせ置くべく候
 戌六月

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コレラ流行
                                      支配向へ
当節コレラ病流行いたし死亡の者少なからず哉に相聞こえ候。右は全く薬剤等不行き届きにもこれ有るべく候あいだこの度療養所において御施薬なし遣わされ候あいだ、同所へ願い出るべく候。尤も病症により願い次第同所より医師罷り越候はずにこれ有り候
右の通り市中下々まであい触れ候あいだ支配の者へも申聞かせ置くべく候
 戌七月

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新奉行
                                        支配向へ
大久保嘉平治事諸大夫仰せ付けられ豊後守と改名致し候旨江府より申来たり候あいだ支配の者へも申聞かせ置くべく候
 戌七月十日
                                        支配向へ
大久保豊後守儀この度長崎表へ罷り越候上は両三年も詰越相勤め候様心得るべく候。右付いては御取締り筋別して厳重に行き届き候よう致すべく候旨周防守殿仰せ渡され候段江府より申来たり候条其の意を得支配の者へも申し聞かせ置くべく候
 戌七月
                                               支配向へ
この度御改革仰せ出され候に付き長崎奉行在住仰せ出され候あいだ当地御用の筋の儀江戸表に於いて水野筑後守引き請け取り扱い候よう板倉周防守殿仰せ渡され候段江府より申来たり候あいだ其の意を得支配の者へも申聞かせ置くべく候
 戌八月十二日
                                               支配向へ
高橋美作守事思し召しこれ有り御役御免仰せつけられ候旨江府より仰せ下され候条支配の者へ申聞かせ置くべく候
 戌閏八月十三日
                                                支配向へ
大久保豊後守去月廿八日江戸表出立致し来月十四日着崎致すべき旨申来たり候あいだ其の意を得支配のものへも申し渡すべく候
 戌閏八月十三日
                                        長崎奉行支配定役
                                            内田七兵衛
右はこの度大久保豊後守旅中附き添として罷り下り候旨あい達し候処病気に付旅中より差し返し候旨申来たり候あいだ心得のためあい達し候支配のものへも申し聞かせるべく候
 戌九月九日

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蘭医診療
                                          調役へ
医術教師として和蘭より御呼び寄せあい成候ボードエンへ診察頼みたき者これ有節暴潟病または危急の症にて寸時も捨て置きがたきほどのものは以来常例願い立の手数に及ばず直に養生所へ申し立て同所の指図を以て診察受け申すべく候。其の外一通り診察等を受けたきものは願い立等の手数これまでの通りあい心得べく候もっとも右はボートエンへ限り候事
右の通り申し渡し候あいだ其の意を得支配の者へも申し渡すべく候
 戌十一月十八日

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新奉行
                                        支配向へ
朝比奈伊賀守事去月十一日長崎奉行仰せつけられ候旨江府より仰せ下され候あいだ其の意を得支配のものへもあい達すべく候
 子十一月九日

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医学伝習
                              支配向へ
                                 御番医師並
                                 医学所勤向見習
                                    大槻玄俊
                                 同
                                 医学所教授職
                                   緒方洪哉
                                  奥御医師
                                   静春院養子
                                    戸塚静珀
                                 同
                                    渭川院惣領
                                    竹内玄庵
                                 同
                                  医学所頭取
                                    良順惣領
                                    松本□太郎
                                 同
                                    玄昌次男
                                    土生玄豊
                                   奥詰医師
                                   医学所預り
                                   同所頭取助手伝
                                     玄仲養子
                                     池田謙斎
 右は医学伝習のため差し遣わされあいだ江府より申来たり候あいだ心得のため相達し候
  子十一月廿四日

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