*****ひろのうたびとのしおり・・・其の壱拾七*****


タイヤ組合(6/24)

 組合と言う組織・・・いろんな業種に・・・または大きな会社に組合というものが存在します。単に組合・・・と言っても形態はさまざまでしょう。私たちが所属するタイヤ業界にも組合があったりします。私が子どもの頃は、組合も活発で何をしているのかはまったく解りませんでしたが、県内の地域によって支部があり、会員相互の交流・親睦を兼ねてソフトボール大会やボーリング大会を年に1度やっていました。飛騨地方から参加される方々は、今でこそ高速道路が整備されて短時間で来られますが、当時は大変だった事でしょう。そんな難儀な事が有っても多数参加されていた事は、今思えばそれなりの意義を感じて皆参加されていた訳です。

 更に、タイヤ業界には整備士という国家試験を有する資格があることも書いておきたいと思います。世間一般には、自動車整備士・・・という資格があることは、車検等で知る機会があると思いますし、認知度は大きく、昨今資格が身を助ける・・・と言う意味でも重要視されています。しかし、「タイヤに整備士なんてあったの?」「いるんか?」と言われる事があります。国家試験ですから必要があっての資格であり、具体的に言えば優良自動車タイヤ整備事業者(タイヤ専業店)を生業とするには、1店に2人の資格者がいなくてはいけません。

 それがどうして必要性を謳われずに資格者がそれほどいないにも係らず、タイヤショップがポンポン出来、またはいたる所でタイヤが販売されるようになったのでしょう?そこには、タイヤ整備士の資格がなくても、タイヤの整備・・・特に乗用車のように機械さえあれば誰でも簡単に組み付けが出来る・・・と言う作業性の簡素化に伴い、技術力の向上を身に付ける必要がなくなった事が言えるのかも知れません。更にタイヤその物の製品としての質の向上も作業をする上でより安全なタイヤへと成って行ったことも同時に考えられます。

 資格・・・と言うものは、各分野において専門的な高い知識・技術・意識を一定なレベル以上に有する者に与えられるもの・・・であるのです。それが人の命に係る分野であったりする作業が伴えば、なおさら重視される必要があるはずです。機械によって技術の一助を補えたとしても、国家試験を必要なしと言うレベルにあるとはとても思えません。

 以前は、タイヤ整備士の資格を得るために、試験機会が良く行われていました。それがこの組合のもと主催されていたのです。でも先に述べました誰でも出来ちゃう・・・と言う実態が、資格の必要性を希薄なものにして行ったのだと思います。また同時にタイヤ専業店その物の存在意義が希薄な物になって行ってしまっている事が危惧されます。タイヤその物は必ず必要とされる物品である事は間違いありません。作業によって命に係る事態が起こる・・・と言う事は確かに少ない事ですが、絶対に無い!と言える事では有りません。組合として、タイヤ整備に係る者への意識の向上と有資格者を作る事、それと国家試験を監督する国に対して今の実態が資格無視状態である事を訴えなければいけない組織であると思います。

駆け寄って・・・(6/13)

 昨日の夕方、可児市方面から車にての帰路、もうすぐ自宅に到着・・・最後の信号を直進!と言う時、何気に左側の路側帯に目が行きました。そこには自転車に乗ったご婦人が一人。前かごには、どこかでお買い物をしたであろう品物が満載・・・。

 そんなご婦人が急にフラフラとなり始め、縁石に前輪を擦ったかと思うや否や・・・バランスを崩し縁石を越えて反対側の草むらへ真横になって倒れて行ったのです。「えぇぇ〜!!」と私と同乗していた次女。車は交差点に進入している状態ですから、停められるわけもなく・・・。自宅に着いてから慌てて視力の悪い眼力を凝らして観てみると・・・そのご婦人は倒れたまま・・・。慌てて駆け寄った私です。

 近くに寄った頃、ご婦人は起き上がって飛び散った品々をかき集めています。倒れた自転車を起こしながら、「大丈夫ですか?」と私・・・。すると、なぜか笑っているご婦人。「ありがとうありがと・・・ごめんねぇごめんねぇ・・・ハハハハハ」と・・・。私「???」。するとご婦人曰く「ちょっと飲みすぎちゃったわぁ〜」と言うのです。「えぇ〜?飲んどるの?」と驚いた私。間髪いれず、「飲んで自転車でも乗ったらあかんよ!」と言ったのですが、「ごめんねぇごめんねぇ・・・ありがとうありがとう・・・」完璧に酔っています。

 「ちゃんとかごの荷物を手で押さえて、引いて行かんとあかんよ。」と言って別れました。しばらく見えなくなるまで押して歩いて行かれましたが、大丈夫かなぁ・・・と言うほどの酔っちゃったご婦人・・・。最後までご機嫌なご様子のご婦人でした。気をつけてね!

守秘義務!?(6/7)

 長女の友人に以前チアドラをしていた娘さんがいます。一昨年だったかナゴヤドームへ彼女の応援に行ったことがあります。やりたい事を精一杯やっている姿に少々胸熱くなった思い出があります。きっとここに出るまでは大変な思いをした事でしょう・・・。想像を超える難関があったと思います。今更ながらよく頑張りました。たいしたものです。

 そんな彼女を娘共々送迎したこの週末。車中でドラファンが感じているであろう疑問をぶつけてみました・・・。「ねぇ、ドアラの中は誰が入っているの?」・・・まったく持ってストレートな質問。夢もあったもんじゃない質問です。きっと聞いてはいけない事なんだろうなぁ・・・と思ってはいたんですが、現場を離れた彼女なら聞かせてくれるんじゃないか・・・と言う軽い気持ちで質問しちゃった訳です。

 すると、皆に聞かれる事らしく、現場を離れた今でも彼女曰く、「ドアラはドアラですよぅ(笑)」とまたこの質問かぁ・・・的な答えが返って来ました。さすがです・・・守秘義務って奴です。絶対言ってはいけないという硬いお約束があるそうです。某有名Dランドのネズミのキャラクター(あれはネズミではないんだそうですが・・・)もそんな事を言っているねぇ・・・。夢がなくなる・・・と言う事で・・・。夢を与える彼らなのです。たくさんの守秘義務に守られて一流のキャラクターになって行くのですね。

 でも、誘導尋問的な会話を浴びせるいけない私・・・。先日ドームでドアラに急接近し、ハイタッチ!した時の手の感触がぬいぐるみのようだった・・・その生地の中にはっきりとした人の手の感触があった事などを話しました。「アハハハハ・・・あれは皮膚の感触で骨に触ったんですよ・・・」と言う彼女。車中は大爆笑!!

 立派です。こうしてドアラは一流のキャラクターとして愛するドラゴンズのファンにたくさんの夢を与え続けられる訳です。

トムさんと一緒(5/31)

 昨日、次女のいる予てからのサックス四重奏 S4のレコーディングがありました。プロデュースは私の30年来の友人努ちゃん(トム兼松氏)です。彼とは高校1年時に同じクラスになりました。以前にもこのコラムで紹介した事がありますが、彼はギターをこよなく愛し、縁あって私たちとバンドを組む事になりました。そんな折、私はドラムを叩き、彼はエレキギターをかき鳴らしていました。

 やがて彼は高3の頃、「卒業したらアメリカに行く・・・」と唐突に言うのでした。「えっ!!」と言う私。それを聞いて何を言ったかはぜんぜん覚えていませんが、呆気にとられたものです。ボストン・バークレー音楽大学!?に行ってしまったのです。そしてプロのギターリストとなって彼は故郷坂祝に帰ってきました。そして、彼の活動は全国はもとより・世界へと飛び回り忙しい毎日を送っています。

 そんな彼と部活で忙しいS4の面々の都合をあわせる事3回。やっと昨日サックス四重奏のレコーディングが終了しました。録音は割と順調に進み、完全な間違いを除いて、多少の妥協を含めながら無事終了となりました。

 経験した事の無いレコーディング。私も25年ほど前に東山にあるヤマハのスタジオ・ウィング(だったと思う)にて2回ほどレコーディングしたことがあります。植田の「わんわん」と言うところでも卒業記念でテープを作った事があります。このレコーディング、人前で演る演奏とは違った妙な緊張感があるのです。無機質な空気が全身を包み、一つ一つの音が硬く聴こえる変な感覚です。S4の彼女たちも緊張を覚えている様子。でも毎日の部活で鍛えられた集中力はそれを乗り切るには十分なもので、3時間で6曲のレコーディングはあっと言う間に終了しました。

 そうそうエンジニアには吉澤君と言うベーシスト・・・、今はコンピューターでデジタルですから、音をちぎって貼り付ける・・・と言う表現は、私たちの頃には無かった・・・。同じ1発録りでも部分によっては切って貼り付けて繋げてしまえるのです。実に観ていて興味深い作業でした。ただ、この日は時間の都合上、吉澤君は夕方ライヴがあるとの事で急いで帰って行きました。CDの出来上がりはまた後日・・・。どんなものになるのか楽しみなのです。

 努ちゃん曰く、高校生としてなかなかまとまった演奏だと感想をくれました。4人のチームワークも良く、願わくばこのまま続けられると良いのになぁ・・・と言う彼の感想です。可能性は誰にでもあるのです。やり続ける事がなかなか難しい・・・4人のそれぞれの人生の接点が今この時、こうやって思い出が残されたわけです。関わった皆さんお疲れ様でした。ありがとうございました。


うらやましいじゃぁないか!?(5/26)

 あこがれた人シリーズ第2弾・・・的な内容になりますが、そんな意図はまったく無く、ただ偶然に見つけたサイト・・・。上田雅利パーソナル・ドラム・スクール と言うもの・・・。正直言って驚きです。あこがれた上田さんに今は教えてもらえるんだ・・・。実に通える生徒さんがうらやましい・・・。もし通える場所にあるのなら・・・氏に尊敬の憧れを持つ自分なら・・・今でも行くかもしれない。高校生でドラムを始め、たった10年間だったけど人前で演る事がとても楽しかった・・・。でもひとバンドにドラムは普通は一人・・・。似たようなバンド仲間と会ってもドラムをしている人は少ない・・・。正直上手いなぁ・・・と感じさせてくれた人はそうそういなかった・・・。自分のほうが上手い・・・と言う意味ではなくて、人間的に尊敬できる人が少なかった・・・のです。

 私がドラムを覚えたのは、バンドなるものを画策した際に、自分の出来そうなパート・・・という事で始めたのがドラムだったわけです。ただ、ドラムをやっている・・・と口にするのがこっ恥ずかしく、「たいこ・・・やってます」と言う自分でした。止めてからの事、友人のバンドのライヴを見て、写真を撮るとき・・・「たいこの人・・・もっとこっち見て・・・」と注文を出した時、観に来ていた見ず知らずの女の人たちに「ドラムのことたいこ・・・だってぇ・・・」と失笑を受けた事もありましたっけ・・・。「通(自分だけ?)は、たいこって言うんだよ!」と思いましたが、そこんとこは、ヘラヘラと笑っておりました。

 まぁ、とにかく人に教えてもらった事はそんなに無く、いつも我流で、リズムをキープすることが一番大切なわけで、そんな練習は暇があればやっていました。技はなかなか上達せず、センスがはっきり言って無かった・・・自分です。でもこの上田氏のドラミングは何度も聴いているうちに身についた癖のような・・・上手く言えませんが、影響を受けまくったドラマーでした。その氏に教えを請うなんて、当時は絶対あり得ない事で、数年前に4〜5Mの至近距離に近づけただけで、昇天の心持でした。それが自分のために氏が教えてくれる・・・それが可能な環境が存在する事は、大きな衝撃なのです。できれば習いてぇ〜よぅ!!


ワイン・ガードナー(5/23)

 今日は雨です。予定でしたらひるがの方面へ久しぶりのツーリングに出かけるはずでしたが、この雨では中止せざるを得ません・・・。久しぶりのツーリングは、やっぱり久しぶりにワクワク感を感じちゃってる自分が居て・・・あれこれ準備をする段階から楽しかった訳です。でも雨で気持ちがなえてしまったのか?諦めがつき、気持ちの切り替えがちゃんとできる大人になったのか?今日この時はすでにワクワク感も消えて、親族の法事に出かける私の両親のため、大人しく留守番をしています。

 このツーリングに被っていこうか?とも思った古いヘルメット・・・。20年以上も前に手に入れたヘルメット・・・。大好きだったワイン・ガードナーのレプリカヘルメットです。ツーリング時に同行の諸氏と会話が出来るようにと、F1でも使われているケテル製のマイクとスピーカーを内蔵し、当時いろいろ楽しかった思い出詰まったヘルメットです。

 そこで昨晩おもむろに観たガードナーのVTR・・・。当時、彼の疾走する姿には本当に観ていて熱くさせられたものです。暴れ馬を力でねじ伏せるかのようなライディングスタイルは実に攻撃的でドキドキもの・・・でも不思議と危なっかしくは微塵も観えなくて、「行け行け〜!!」って実にかっこ良かった・・・。それにWGPに参戦しながらも、84年だったか・・・85年だったか?のシーズンは鈴鹿で行われる大切なレースには必ず参戦し、その勇姿を私たちの前に見せてくれて、GPライダーの走りを披露してくれたものです。決してゲストライダー・・・と言う走りではなく、いつも全力で走っていました。私だけでなく当時の日本人には彼のファンが本当に多かった・・・。愛されたGPライダーでした。

 以前、当時HRCの監督だった尾熊洋一さんに2〜3回お会いする幸運に恵まれた事がありますが、その時、苦楽を共にしたスペンサーとNSRに話が集中し、なぜかガードナーの話を聞くことが無かったのです。もし、またお会いする事が出来たら是非、ガードナーとの思い出話を伺いたいと思うのです。ガードナー・・・1959年生まれのオージー。私より1歳上の私共々、50歳のおじい・・・です。


あなたの店でミニ・コンサート(5/17)

 一昨日は同業者のMさんのお店でイベントがありました。私の店からは店主である私がお招きを受けて出かけて行きました。長男がお世話になっている事も含めてのお誘いをいただいた訳です。本当は私の店のスタッフも・・・と言う当初のお話でしたが、さすがに店は閉められない・・・ので女将の「あなたが行きなさい!」と言う声ですべてが決まったのです(笑)。

 ただ、娘さんたちもどうですか?と言うMさんのお心遣いで長女と次女も同行することに・・・。どうせならと、先日私の店でサックスを吹いたS4に来てもらってコンサートをまた演ってもらえないか?・・・と打診したところ「行きま〜す!!」と言う嬉しい返事。そこで郡上八幡まで出かけたのです。

 S4はあれからレパートリーも増えて5曲かな!?聴く人を退屈させない時間で、彼女たちなりの構成でMCを大切にして、第2回約20分のコンサートは行われました。新曲「彩」と言う曲が彼女たちのモチベーションが上がった演奏のようで、聴いていて「和」を感じる旋律です。難しいアンサンブルなのですが、しっかり演奏できたようです。

 聴いてくださった皆さんは、正直「???」と言う感想だったかもしれません。なじみのない楽器になじみのない曲で、ただただじ〜っと聴いてくださった・・・と言う印象です。このイベントに少しでも華を添えられたかは分かりませんが、イベントにはいろんな催しがあって楽しかったなぁ・・・と思いました。彼女たちにもたくさん練習して、それで挑んだ本番はそれでもミスをしてしまう・・・本番にしか体験できない緊張感、思いもしなかった所でミスをする・・・風が吹いて譜面が飛ばされる・・・すべてが経験です。それらを活かして次は必ずそれぞれの力になってくれると思います。

 こういった場所を提供してくださったMさん始め、従業員の皆様、それと快く承諾してくださった顧問の先生に心より深く感謝いたします。ありがとうございました。


何なんだ!?(5/12)

 日曜日に久しぶりに電車に乗りました。帰路の電車の中での事・・・。電車は日曜の用事を済ませた人たちが家路に急ぐ姿が見られる夕暮れでした。電車に乗るとまばらに空いていたのは優先席。たくさんの方も座っていましたし、お年寄りなどが乗ってきたら代わろう!と思い座りました。するとざ〜っと乗り込んで来たたくさんの人の中におじいさんが・・・。私は見つけるや否やさっと席を替わったのです・・・。ここまでは善良な私だったのです・・・。

 さて、電車は動き出し、人々が各々席を見つけて座れたわけです。立っている人も私の周りにはいなく、なんと優先席ではありましたが、ひとつ空いていたのです。それに気が付いたのは、先ほどのおじいさん・・・、「お兄さん、座って・・・」と私を手招きしてくれました・・・。私は、またまた、先ほどと同じ「替ればいいかな?」と勧められるまま席に着きました。電車は幾つかの駅に停まり、乗車している人の顔ぶれが代わって行きます。ぼ〜っと座っていると我が家からのメールが(もちろんマナーモードです)・・・でも事件はここから始まったのです・・・(笑)。

 何気に取り出し観ていると・・・急に私に向かって厳しい口調で「携帯は止めてください!ここは優先席ですよ!まったく!!」と言う叱責する声が・・・。声の主を見ると30歳くらいの今風のファッションをしたお兄さんでした・・・。私は正直呆気にとられましたが、事態は私が携帯を触っている事がエチケットに違反している・・・のは明白です。「すみません・・・」と私・・・。「優先席なのに・・・非常識な・・・」とまで言われてしました。

 いや〜知らなかった・・・優先席付近では携帯を触る事さえ禁止・・・なんだそうです。電源も切っておかないといけない・・・そうです。理由はペースメーカーなどへの配慮・・・ですが、見るだけでも駄目なんだ・・・。ちょっと離れた優先席ではない場所では、皆一生懸命携帯を触っているのです。優先席のマナーは守っていたつもりが電源OFF!なっていたとは・・・。だったら全部禁止にすればいいのに・・・と感じたのです。勇気を持って私に注意をしたその青年にある意味拍手です。教えてくれてありがとう!と善人ぶって感じる事はやっぱり難しい・・・。なんか釈然としない電車での出来事でした・・・。悪いのは知らなかった私・・・なのですけど・・・。優先席に座らない優先されるべき人もいる訳でしょうから・・・。禁止にすべきかな?と思います。


1年経った(5/6)

 昨日で倉庫火災から1年が経ちました。今ではすっかり元に戻った倉庫です。たくさんの人たちのおかげで元に戻りました。一生忘れることの無い恩を頂きました。本当に有りがたい事です。毎年必ず思い出し、肝に銘じて精進して行きます。

 5月5日の未明(午前1時50分頃)友人・知人から電話が入りました。寝ぼけた頭でしたが、それを理解するにはさほど時間もかからず「やられた!!」と言う後悔にも似た心情でした。G・Wに起こっていた一連の連続放火だと断定できたからです。ただ、警察・消防の方からの厳戒態勢要請 が強くあったわけではなかった気がします。弊社の倉庫が燃えてから流石にやかましく広報等で盛んに注意されていたような気がします。最後?の被害者が弊社の倉庫だった・・・訳です。

 犯人は捕まったか?と言うことですが、残念ながら逮捕にはまだ至っていないようです。ただ、犯人の特定は出来ているようです。現行犯か証言(目撃者情報)などの物的な証拠が無い・・・と言う事で逮捕には至らない・・・との事です。流石にどこの誰?とは教えてくれませんが、必ずや検挙して欲しい!と言う期待感を抱かざるを得ません。

 3階にあるすすけたホイルが何本かあり、1年経った今日から撤去を始めました。残ったススに1年前を思い出しながらせっせと片付けています。

お疲れ様でした(4/28)

 昨晩、今シーズン初のドームへ出かけてきました。ご一緒したのはM先生ご夫妻です。M先生はこの春に目出度く定年を迎えられ、ご退職されました。奥様は、私の家内とバドミントンサークルでご一緒させていただいていて、これまたお世話になっている大切な方・・・なのです。

 お祝いを・・・といろいろ考えたのですが、やっぱり今年もプロ野球観戦・・・決まったDxGの一戦です。過去4シーズン通算13戦で9勝4敗だったか10勝3敗で、大きくドラゴンズが勝ち越しているのですが、ここ最近はずっと負けているのです。さて今シーズンは?と勝敗を気にしながらのお出かけとなりました。

 今回はいつもと違って食事を別の場所にてゆっくり摂ってから・・・と言う企画で、ドームとなりのイオン内にある「柿安」と言うお店でちょっと早い夕食です。多国籍料理をバイキング形式で愉しめる・・・と言う良い感じのお店でした。1時間半くらいかけてゆっくり食事をして楽しい会話をして、楽しい時間を過ごす事ができました。料理も美味しいものばかり・・・また来ても良いなぁ・・・。

 6時、始まりました・・・先発は朝倉・・・(大丈夫かなぁ・・・?)  そんな私の心配的中・・・コントロールが定まらずガンガン打たれ、フォアボールで初回3失点。かたや巨人は藤井・・・今シーズンまだ未勝利。でも緩急を上手く使い分けて難なく0封。2回以降は朝倉もなんとか抑えていくのですが、いかんせん貧打を繰り返すドラゴンズ。結局5回5安打をくらい4失点・・・。M先生は大のGファン。大喜び・・・。私が予感めいた心配した通りの失点で撃沈・・・。大敗したのであります・・・涙。

 まぁ今夜は先生のお祝いの記念試合です。ファウルボールこそ飛んできませんでしたが、今宵はきっと楽しんでくださったM先生ご夫妻だと思います。本当に長年のお勤めご苦労様でした。

なんやぁ(4/21)

 昨日のTV報道ステーションに、田臥が出る・・・と言うリンク栃木BREXのhpにあったため、いつやるかわからないため録画してずっと待っていましたのです・・・。時刻は10時半過ぎだったか・・・田臥にインタビューをしたと・・・女性アナウンサー?キャスター?が賜り、始まりました特集?と期待して見つめておりました。今シーズン優勝したBREX・・・宇都宮ではパレードがあるほど盛り上がったそうで、今季のゲームの内容を振り返ったり、そんな街の盛り上がりを交えて紹介するのかと思いきや・・・。

 なんと、紹介されたのは、田臥の大体の紹介・・・日本人初のNBA選手だったとか・・・簡略化したその思いを伝え・・・あげくに・・・ごみかごに紙くずを捨てる時に・・・シュートの真似をして簡単に入れられるか?とか・・・それをやってみせるのも面白かったけどがっかりだ・・・!この扱いをバスケ関係者はどう観たでしょう?まだまだバスケはメジャーになりきれない・・・そんな空気をビンビンに感じてしまいましたが・・・(涙)。

 でも、わがBOBの「こころえ」にも全く同じ事が謳ってあって・・・密かに嬉しかったのもまた事実です・・・。

過労(4/15

 本当に久しぶりにぶっ倒れました・・・。朝起きて軽いめまいと頭痛・・・、最近激しい肩こりに襲われていたのでそろそろかな?と思うところのあった矢先でした。以前も何年に1度こうした症状が出て臥したことがありましたが、段々身体は老いて行っているんでしょう・・・(笑)。

 何をしていたか・・・と言いますと、ただ寝る・・・の一言。寝転んでいるのではなくて眠る事です。眠ってしまうんですね・・・疲れているときは・・・。1時間・・・2時間と短時間の睡眠を繰り返し・・・気が付くと昼間に5時間超・・・そして夜は夜でしっかり眠っています。今も身体は本当ではないのですが、明らかに疲れが取れて行くのです。疲れが表面(症状)に出る時は、夜の睡眠だけでは取れない疲れが少しずつ溜まって行き、やがてドカ〜ンと爆発です。その疲れが昼間の睡眠でゆっくりですが取れて行く・・・そんな回復感を覚えていました。

 何年ぶりかのドッカ〜ン状態。一番ひどかったのは、そう10年前の今頃・・・、某団体の長を務めたときです。まぁ恥ずかしい話、今より10歳若く、精神的にも貧弱だったにも関らず、この団体の長を務めるに至り、その任期を勤める間は事のほか責務の重さに苛まされて1年3ヶ月ほど・・・。その任が解かれたのが10年前の今頃でした・・・。その夜にドッカ〜ンと体調を崩し、なんと1週間過労でぶっ倒れる事態と相成りました(笑)。40度の熱を出し、ひ〜ひ〜言ってホッとしながら苦しんでいる1週間。変な話ですがそんな思い出があります。

 アンチエイジング・・・と言う事を人は望んでいますが、かく言う私もそんな自分に憧れを抱いたりしますが、老いは確実に迫ってくるのです。若くいたいし、若く見られたいとは思いますが、上手に老いて行く心構えもちゃんと持っていないと素敵な年寄りになれない気もします。

音楽に寄せて(4/4)

 性懲りも無く昨日財津和夫のコンサートに出掛けました・・・。チケットを取ったのは半年も前。その頃の気持ちは火災の後片付けも順調に済み、本番を間近にしたストレスのバンバン・・・だった頃です。5月に火災のあった1ヶ月後、地元に財津さんがやって来たのです。事前にチケットを手にしていましたが火災の直後と言うこともあって、行くのをためらった自分でした。でも周りの気遣いに押されて癒されに行ったのでした。

 精神的にも凹んでいた時期だったので本当に癒されたものです・・・。その偶然に感謝しました・・・。来てくださって本当にありがたかった・・・そう思いました。そんな事もあって、またこの4月に名古屋にやって来る・・・財津さん。何かを求めて惹かれるかのようにチケットを先行予約で入手・・・。その後、火災で失ったお客様のタイヤも徐々に手元に帰しながら冬を終え、こうして春の付け替えのシーズンを迎えています。

 11ヶ月前の火災に端を発して、大変な思いをし・・・、冬の忙しい時期が無事すぎた辺りから、自分の中にもゆとりが生まれてきました。そしてこの春です。春は本当にいい・・・。優しい空気が実に爽快です。そして桜が咲き春本番です。半年前に感じていたストレスも消えて正直昨夜の財津さんのコンサートは、仕事が忙しい事もあって誰かに譲ろうかとも思いました。でも、せっかくだから・・・と皆に手を合わせ出掛けていきました。

 名古屋の会場に着いた頃にはもうすでに始まっていました。中学生の頃ににチューリップが好きで、そして今もこうして聴きに来た自分は何だろう?と考えながらステージへ目をやっています。会いたいのか聴きたいのか・・・?正直よく解りません。あこがれて音楽を始め、バンドを組んでギターやドラムを叩いてそれなりに一生懸命やって来た自分です。あこがれた音楽を続けるには一人では叶わず、かといって身近な仲間とバンドを組んでいても、長い事やっていると、もうそれはやりたい音楽ではなくなってしまってバンドを辞めることになって・・・。そんな時、勝手な思い込みではありましたが、同じ音楽から身を引く自分を寂しく思ったものです。やりたい音楽ではなくなった・・・とそう感じたものです。

 そんな気持ちを巡らせながら財津さんの歌を聴いているうちに、どんどん気持ちが持ち上げられている自分が居ることに気が付いたのです。楽しいのです、聴いていて実に楽しいのです。思春期に染み込んだ音楽はやっぱりここに有ったんですね・・・。今を騒がせる音楽ではなくても、私の好きな音楽はこの人の感性で創られた音楽だったんだと再認識したのです。何故いつも聴いていたのか・・・、その答えが自分の中にある音楽の姿がこの人に作られていたんだと再認識しました。私の好きな音楽は何も変わっていなかったのです。自分の方から音楽を変えて感じてしまっただけだったのです。

 上手くなりたかった・・・、人に認められたかった・・・、音楽を続けていても将来飯が食えるはずもないだろう・・・と言われ、夢を見ることも何も出来なくて、楽しいはずの音楽が嫌になって行った・・・。でも昨夜、音楽は何も変わらないままここにあったんだなぁ・・・本当に良かったなぁ・・・。



寄せては帰す・・・(3/28)

 最近、妙に学生時代に関った人たちから連絡が入ります。現役時代にもお会いしたことも無い同じサークルのA先輩がいらっしゃいまして、更にその方の知人からこのhpを知ってメールが来ました。ですので全く面識の無い方なのですが、この方(メールを下さった方)、2歳年上にサークルは違いましたが、愛はかげろう♪を歌った雅夢と言うフォークデュオ・・・三浦(今もソロで頑張っておられる)さんの同期と言う事でした。「あなた(私)と同じサークルのA先輩を知っていますか?」と言うような学生時代の何かを私と話したい・・・と感じておられるのか?は解りませんが、そんな心文字が見えたメールを頂いたのでした。大学時代は普通に通って上に3つ、下に3つの計7年の先輩・同期・後輩がいるわけで、その数は多くいろんな人間関係を結んでいるのですね。AさんはBを知っているけれど、BはCを知っているけれど・・・AとCは全く知らない・・・。そして今回はAとCは時期を違えて同じサークルに所属していたので、違うサークルにいたBさんがCにAさんを知っているか?と聞いてきた訳です・・・もっともCはBさんも知らないのですが・・・。解ります?この表現・・・。大したことではないんですけどね・・・(笑)。

 それから数日後・・・違う先輩から電話です。この方は同じこの美濃加茂に住んでおられるのですが、交流は名古屋で大学時代に端を発します。なんでも学生時代に所属していたサークルのhpを作りたい・・・との事。その前にOB&OGの消息をつかもうとされているとかで、同郷の後輩である私に連絡が入ったわけです。今でも名古屋で頑張っているS先輩の所へ私と同期のSに連絡を入れるようにというメッセージを残し、その電話は切れました・・・。同期のSへS先輩へ連絡を入れるように・・・そう伝えましたが、その後その話がどうなったかは・・・定かではありません。

 そして、つい先日に同期Sより電話が入りました・・・。「今夜、名古屋で先輩Kさんが新潟から出てこられているので会わないか?」と言う内容だったのですが、予定があったため実現は出来ませんでしたが、なんとその夜先輩Kさんから電話が・・・。出てこい!と言う電話ではありませんでしたが、懐かしいその声は当時の記憶が蘇ります・・・。K先輩のオリジナル曲・・・さざなみ♪・・・寄せては帰すさざなみの〜♪と言う歌詞でした。循環コードで弾きやすく覚えやすいメロディです。30年近く前に聴いた曲ですがなんとなく覚えている曲です。もぁ〜っとした歌声(失礼・・・)がK先輩の魅力でした。お前が新潟へ来い!と言われてしまいましたが(笑)、また名古屋へ出て見えたときにお会いしましょう・・・。

 更に今日・・・、同じバンドメンバーだったHが送ってきたCD・・・聴いていますが、どう反応していいのでしょう・・・。頑張っているジャン(^o^)/と言う印象です。環境があれば誘われれば・・・またやってみたいな・・・と思う自分がいるなぁ・・・とすこ〜し思っちゃったカナ!?

私の店でミニ・コンサート♪(3/21)

 先週の事、店内でミニ・コンサートを行いました。演ずるのは次女とその友達の4人。部活で一緒のサックスカルテットです。先に書いたアンコンのカルテットです。日頃、4人で演奏するのはコンクールの場が多かった訳ですが、今回は聴衆は私の家族と友人家族、そしてご近所さんの少数です。でも彼女達には初と言って良いワンマンライブです。

 店を閉めてからコンサートは始まりました。まぁ、ライブの経験が無いに等しい訳ですから、構成など全く考えに無い訳です。なんとなく始まって聴く人の気持ちを考える余裕はまだありません。でも初々しさが魅力なのです。その高校生らしさが実に聴くものの心を魅了するわけです。一生懸命な姿は、実に気持ちの良いものです。演奏するまでの長ったらしい時間もまた彼女達の魅力?なのでしょう(笑)。

 曲数はアンコールも含めて4曲と、時間にして20分にも満たないコンサートでしたが、演奏する側、聴く側にとっても楽しい時間でした・・・。特に「キャフェ・サンジェルマン」はぴか一です。何十回何百回と練習をしてきた曲だけのことはあります。それにかっこいい曲です。私も何十回と聴いていますが、アンサンブルの魅力に触れることの出来る曲です。まだまだアンサンブルで聴く良い曲があると思いますから、ほんの入り口でこう言った思いができた事は次女たちのS4のおかげです。感謝感謝です。音楽は本当に良いものですね♪



青が散る(3/13)

 今から20年以上前にやっていたTV番組です。「ふぞろいの林檎たち」と言う有名な番組がその前に放映されていて、この青春の心の痛みを綴った話は、この時代の一種の流行でした。ちょうど私達の学生時代を後追いするかのような関東の3流大学に通う若者達のありそうななさそうな話を綴った番組でした。3流大学・・・まさにその通りです。(私が3流だったのかもしれませんけど・・・。)

 登場する若者達がするスポーツは何と言ってもテニスです。時代ですね・・・。そして友情と恋とそれぞれの生き様のなかで、いろんな葛藤があり傷つけあったり助け合ったり・・・今ではこんな番組・・・探してもなさそうです。面白いのは、あぁそうだった・・・と思い出すシーンの数々・・・。たびたびドラマの中にそんなシーンが出てくるのですが、今のように携帯はありません。離れた場所にいる者の心のすれ違いがたびたびあって、観る者の心をゆさぶるじれったさ・・・を感じます。そこにとても味があって、結論をすぐ求めたがる今の時代には到底ありえなくなった情景があります。

 どこにいるんだろう・・・何をしているんだろう・・・今は携帯に電話やメールをすればすぐ分かります。あの頃のように想像をしながら相手を気遣った時代は、今ではなくなってしまったようです。あの頃のそんな時代を経験した私達は、まさにこの「青が散る」そのものでした。

天気予報(3/7)

 春の日差しの中に、時折降る雨は春を呼び込む花おこしの雨・・・と言います。でも今週は寒の戻り・・・で、冬に逆戻りらしいそうです。今日もすでに寒さを感じる夕暮れです。仕事着も春用から冬の物に午後から着替えました。暑さ寒さも彼岸まで・・・と昔の人が言ったのも納得ができます。

 ただ、今年の花粉は少ないらしく、私を含めスタッフには、花粉症の症状が今のところまだ見られません・・・。例年でしたら、多少はズルズルですが、今年は楽チンデス・・・。ただ、我が家の次女はダラダラ・・・で、すでに症状が出始めています。対策としては、毎年知人にお願いしている漢方にて症状を緩和させているのですが、今年はまだ服用には至っていない様子です。

 しかし、天気予報もなかなか精度が良くなりました。大まかな天気の移り変わりは、おおよそ聞いた通りの変化です。今降っている雨も、日付が変わる頃には止んで、明日の午前中は曇り・・・午後から晴れ間になる・・・そうです。でも夕方から曇り空になり、やがて冷たい雨になり気温は一気に冬の様相だとか・・・。めまぐるしく晴れ間と雨を繰り返し、先ほどの彼岸あたりで春本番・・・、そして待望の桜の花が日本のいたるところを彩ってくれる訳です。

 SAKURA♪・・・良い曲がたくさんありますね。先の夢コンサート♪で演奏した茨城に住む彼女のSAKURA♪・・・とても素敵でした。しみじみ・・・音楽はこう言うものだと思います。


卒業(3/1)

 あっという間に春です。ここ2週間の間に一気に春がやって来た・・・感じです。日中の風に乗った花々の香りで瞬時に心が嬉しくなるような衝動に駆られます。知っている感覚ですが、今じゃないと思い出せない心持ですよね。今日は、高校の卒業式だったようで、次女は吹奏楽部と言うことで式典での演奏のため、早朝より出かけていきました。

 今から20数年前に大学・更にその4年前に高校、その3年前に中学・・・と自分の卒業を思い出してみるのですが、何か断片的にしか思い出せません。特別感激したか?と言うことも無く、淡白に淡々とその日を送っていた気がします。思えば「次!」をいつも感じていたような・・・格好いい話ではありませんが、何かを期待していて、済んだことには関心が無かった子どもだった気がします。

 でも今になって、その時の出会いがとっても大切だったんだと気が付きます。一生の宝・・・が友達なんだと思います。その時過ごしていた毎日が、大人になると当たり前でなくなって・・・、あの頃が懐かしい・・・と感じたりします。こうした仕事をしていますと、いろんな人が店にお見えになります。そんな中、ふいに訪れる昔懐かしい顔に、心がザワザワ・・・となったりします。

 今は、遠い学生時代ですが、本当にたくさんの友人がいて楽しかったなぁ・・・と思います。皆、それぞれ今はそれぞれの環境で同じような事を思って、きっと日々頑張っているんだと強く思います。


残念・・・でも(2/21)

 昨日、次女のアンサンブルコンテスト(通称アンコン)の県大会(中日新聞主催)がありました。場所はここから1時間〜1時間半ほどにある羽島文化センター。集合時間は8:00amと言うちょっと慌てるような時間。6:00起床・・・まわし(この辺りでは「準備」の事をこう言います・・・別に相撲をとる訳ではありませんので・・・あしからず)をしていると、8:30集合だと訂正が・・・。会場に着いたのは8:00頃・・・土曜日で道が空いていました。一緒に行ってくれたのは長女。

 8:30まで待って楽器と次女を降ろし、出演時間(なんと3:05だと!!)まで用事を済ます事に・・・。少し戻ってトーヨータイヤへ出向き預かり物を頂いて、R22を愛知県一宮方面へ移動。ファミレスで朝食を摂り先日もお世話になった同業者のお店に立ち寄りましてご挨拶・・・そのお店を正午に出て、昼食を摂るために近くの大型ショッピングセンターのフードコートへ・・・今日はコーヒー飲んで食べてばっかり・・・2:00頃に会場へ戻りました。

 2:30頃会場到着。出番を間近にした次女たちに遭いまして「頑張れよぅ〜!!」と一言。朝から様々な個人だったり重奏だったりの演奏が続けられている・・・審査員も正直疲れるでしょうねぇ・・・。そんな事を念頭に・・・、会場に入ります。思ったより今回は聴衆者が少ない・・・ソロ&アンコンだからね・・・ずっと居られないよねぇ・・・演奏が終わるたびに出入りが頻繁にありますし・・・。会場を1/4ほどの聴衆者が絶えずいるかな?と言う程度です。

 午後の部15番目に次女たちでした。曲目は「キャフェ・サンジェルマン♪」・・・次女のバリサクから始まります。先回別の大会で演奏した時より正直会場の違いか少し迫力が無く、音がビ〜ンと響いて居るように聴こえます。ただ、皆同じでしたから問題はないのかな?と素人ながら思いました。ソプラノ担当のSちゃん・・・本当に大変そうな演奏・・・16分音符の連続・・・。それでもまとまっているその演奏にはちゃんとした練習量がある訳です。毎日毎日・・・試験期間でも必ず僅かでも楽器に触れて帰る・・・そうで、練習量だけはきっと負けないと・・・。サックスの重奏ではヒイキ目で見ていても1番か2番・・・のような気がします。聴衆者も上手い所には引き込まれて聴いている様子が伺えましたから当たらずとも遠からず・・・。親ばかでしょうねぇ・・・(笑)。

 演奏が終わって約3時間後(6:00pm)表彰・閉会式です。待ちくたびれた私と長女・・・。30校ほどある中で本大会へは5〜6校がノミネートされます。本大会出場には、A優秀(金賞)でないと行けない訳ですが、13校くらいがA優秀を受賞・・・次女たちも選ばれていました・・・。いろんなジャンルの楽器による重奏ですから、素人目にはそれぞれの楽器の中から均等に選ばれるのかな?と思うのですが、かんけ〜ねぇ!ようでした。打楽器から1〜2校。後はなんと4〜5校が金管8重奏・・・会場は「え!?」 と言う空気に・・・。そんなに良かったか?と言う心文字・・・。私と長女は全部しっかり聴いていたわけではないので「そうなんだ・・・。」と言う思いです。

 表彰が終わり、会場ロビーで次女たちに会うと、精魂尽きた表情・・・。次女たちは一生懸命やっただけに現実が受け入れられない様子・・・。何がいけないの?と言う疑問でいっぱいです。スポーツと違って勝敗の基準がはっきりしていないコンクール・・・。何なんでしょう?この空気は・・・。私も20代の前半はバンドをやっていてこう言ったコンクールに幾度か出ました。音楽の種類・演奏する楽器こそ違いますが、第3者による何らかの基準で判断され評価されました。5人の審査員が居て2人は高く評価されたそうですが、残り3人が今の流行の音楽ではない・・・との理由で上の大会へ行けなかった・・・と言う結果を経験しました。商業ベースで私達の音楽は評価されていたのか・・・と知り、その後私はコンクールへ出ることに疑問を持ってしまって、それがバンドを辞めてしまった理由の一つにあった気がします。

 でもこの大会はそんな大人事情の話では決してあってはいけませんし、純粋な技量の問題なのだと信じなければいけません。でも「何故?」と言う説明も一生懸命頑張ったすべての参加者にするべきかな?と思います。講評が無かったのはどうなの?と感じます。残念がる次女たち・・・涙を流しながら悔しがります・・・。私はこう言った涙にはめっぽう弱い・・・。一生懸命頑張ったから流せる涙ですもんね・・・。思わず貰い涙・・・。評価は先回の大会同様・・・あと1歩・・・。この1歩が難しい・・・そんな貴重な経験をさせてもらったことに親として感謝しなければいけません。結果はどうであれ今日まで一生懸命頑張ったプロセスにこそ本当の値打ちがある訳ですから・・・。

楽器屋さん(2/15)

 先週末、知人のやっている楽器屋さんに行ってきました。このお店はそりゃぁ小さい頃からお世話になっているお店で、昔は楽器よりもレコード屋さんに重きを置いていらしたお店だったと思います。でもその一角にギターが鎮座しておりまして、先にも書きましたおばあちゃんに買ってもらったヤマハの¥9.800や¥15.000のギターもここで売ってもらった物です。

 数年前には、ウクレレを買いました・・・。イヤイヤ・・・そんな事を書きたいのではなくて、このお店の店主は、商工会で知り合えた先輩なのです。優しい物言いで、腰の低い方です。今ではLM楽器に重きを置いたお店になっていて、高額なギターが店内には溢れています。あこがれたギブソン・マーチン・フェンダーなどなど・・・。ヴィンテージと呼ばれるような年代のギターもケースに入れられ売られています。この手の楽器はゆっくりではありますが、価格が上がって行くばかりで下がることは無いとの事・・・。たまたま「弾いてみる?」と手渡されたギターはマーチンのD18?だったか28?だったかの1960年製(驚)。私と同じ歳の物でした。弦が死んでる状態でしたので、良い音ではなかったのですが、一番に感じたのは「軽い!」のです。ボディーが乾いていて軽いのでしょうが、こんなに軽くて良いの?と言う感想を持ちました。弦が生きていれば本当に良い音がするんでしょうね。「買う?安くしておくよ(笑)!¥500.000!!」・・・おいおい(汗)・・・「無理無理無理・・・」と慌てて返しました(笑)。

 それからつい先日の事。スタジオを借りて録音をするとしたら・・・と言う話をした際に、録音機材はありますか?と聞くと・・・「残念ながら、機材は置いてない・・・」との事。いたずらをされて壊されてしまう・・・との事で話を聞けばなるほど・・・と。そんな残念がる私を見てか、この先輩「いい物があるよ。」と見せてくれたものが簡易録音機材。ぱっと見ると携帯のようで髭剃りのようで・・・カタログを見ると57gという軽さ・・・。ヤマハのPOCKETRAK と言う代物です。

 私の頭の中で文明開化の音がする・・・状態・・・。こんな物があるの?と驚きました。昔は録音はカセットテープレコーダーをガチャンと押して録音をしたものです。今はこんな小さな物で・・・良い音で・・・長時間・・・・しかも機種によっては4トラックまで可能との事・・・。クオリティの高さはあの頃よりは何倍もいい物が録れる訳です。しかも¥20.000前後で購入可能!!アンプラグドなる録音には俄然威力を発揮する代物かもしれません。使ってみた訳ではないので絶賛できないのですが、期待以上の性能を持っているものと容易に想像できます。

 娘達のサックスアンサンブルの録音などにも大いに役にたちそうなこの代物・・・。意味も無く欲しいなぁ・・・と思う私です。

あなたの街で夢コンサート(2/8)

 タイトルはNHKのBSで放送されている音楽番組です。ある日たまたまTVをつけた時、画面に映るステージ上での吹奏楽の姿・・・。次女がアンコンを間近にしたこの時期だったので、私も関心を寄せてTVに引き込まれていました。栃木県牛久市が会場・・・無論行った事はありません。司会者が何やらコメントを述べたあと一人の可愛らしい女の子がステージに現れました。吹奏楽でサックスを吹く高校生との事、「おぉ次女と同じだ・・・」と更に注視する私・・・。学年も同じみたいです。

 彼女は、世界で活躍するサックス奏者の須川展也氏の大ファン・・・とかで(私は知る由もありませんが・・・)、この方の演奏したSAKURA(ローマ字表記)を演奏するとの事。「SAKURA]ってどの曲?と無知な私は会場の空気とは違った1歩も2歩も遅れた感覚で彼女の演奏を待つことに・・・。彼女はこの場の雰囲気に飲まれることなく、司会者の問いかけにもしっかりと答えていました。サックスに恋した女子高生・・・と番組紹介にも載っているのも納得です。

 東京フィルハーモーニーとの共演を夢見て彼女は本当に幸せそうに「SAKURA」を演奏してくれました。演奏が始まって「あぁこの曲だったのか・・・」と・・・。何年か前の朝の連続テレビ小説の「さくら」のテーマ曲です。飛騨古川を舞台にしたドラマでしたね。観てました。その曲がこれだったんですね。彼女があこがれるサックス奏者のオリジナルで・・・改めて耳にするメロディはとても心地よく新鮮に聴こえました。何よりも演奏する彼女の実に楽しそうなこと・・・。幸せそうに一生懸命で正直感涙を覚えちゃったんですねぇ・・・。感動しました・・・本当に。

 音楽は、聴いて良い物、観て良い物がある訳で、今回は彼女の持つ雰囲気と演奏に心動かされた訳です。でも残念な事に録画していなかったんですね・・・、なんとか再放送を・・・と思っていたらそれも見逃して・・・。2度と観られないのでしょうか?なんとかもう一度観たいと願ってやみません。どなたか録画していませんか?それと大きなお世話ですが、彼女には素敵な音楽を続けて欲しいなぁ・・・と思っちゃった訳です。

 追記・・・なんとかこの番組を観られないか・・・と、あれこれ続けているうちに、ひょんなことから彼女とメール交換が出来るようになりました(嬉)。こんな事もあるんですね・・・。少しなりともご縁が有った・・・と言う事です。感謝です。

 追記2・・・彼女からYou Tubeにアップされていますとメールを頂きました。世の中には私と同じように彼女の演奏に心奪われた人がいるんですね・・・。彼女も驚いていました。


出会いと別れ(2/3)

 今日は節分です。1年の節目はこの日を境に何かが動いているのかもしれません。深くを知っているわけではないのですが、24節気のラストが今日節分ですからそんな感じを意識する・・・という程度です・・・。豆まきは家の北東から時計回りに「鬼は外!」とまき始め、最後に「福は内〜!」と言って家と人を清めるのだそうです。明日は立春。春なんですね。まだまだ寒い毎日ですが春がやってくるのです。良いですねぇ・・・。運気もきっと良くなると信じて頑張って行きましょう!!

 さて、この春に新たな環境に身を投じる若者達が私の周りにもたくさん居ます。私の長男も社会人になります。その他にも転勤だったり、就職、留学、進学・・・あちらこちらへと身を移して行きます。それぞれの思いで夢と少しの不安を持って、来る進展地で生きていくわけです。それぞれの人生を一生懸命生きていく訳ですが、またそれぞれの出会いと別れがある訳です。出会いは突然ですが、そんな出会いの中に情が生まれ時間と共に育まれ、こう言った別れに一抹の寂しさを感じるのです。

 でも毎年思うことは、笑顔で送り出し、「また会おう!」と声をかける私です。

BGMに(1/26)

 2週間ほど前、家内と近くのアピタへ・・・。家内の他所行き(お出かけ用)の服を買いに行くので付き合いました。めったにこう言った服を買う事のない家内です。いろいろ物色しているうちに、目に留まった2着の服です。どちらにしようか?悩んでおる様子・・・。「どちっがいい?」と珍しく私に聞いてきます。正直よくわかりません・・・。私の無責任な感想で決められるとは思えません・・・。本人はどちらかに決めているのでそれを後押しして欲しいのかな?とも考えたんですが、それもよくわかりません・・・。年末休みも無く一生懸命働いてくれた家内です。こんな事はめったに無いのですから、良い夫になろう!と「両方買っちまえ!」と進めました。出資は双方の懐ですから、ただそれを認可すればOKとなるわけです。私の好きに出来るお金ではないのですが、審議され認可されたと言う事で、目出度くお買い上げとなったのであります。よかったよかった・・・。

 さて、本題はそこではなく、そのお店に流れているBGM・・・はビートルズ。流れていたのはアルバム「HELP」。中学高校と聴いたビートルズです。媒体はレコードやカセットテープでしたから、今ではこれらを生かしてくれるオーディオが私の近くにはありませんから今でも気軽に聴ける訳ではなくなっています。全部耳慣れた音ではあるのですが、不意に流れてくるこれらのBGMはなにかを不意打ちされた感じで素直に「聴きたい!」と感じさせました。特に耳に付いたのは、「I NEED YOU」。ジョージの曲です。わかりやすいAメロBメロと来てサビ・・・「コンコン・・・」と流れるカウベルが印象的です。

 そこで一昨日「本を買うならBook off〜♪」へ行った際、中古CDを2枚買ってしまいました。「HELP」と「With The Beatles!」。1枚¥1.250。Meet・・・の中で以前から好きな曲は「Till There Was You」。オリジナルではないカバー曲。まとまった演奏になっていますが、ライヴ版で聴いたちょっとバタバタ感のある演奏での若い彼等の映像、正直こちらの方を聴いて気に入ったのです。エリザベス女王御前ライブでの映像です。緊張して歌うポール。ジョンが「安い席の人は手拍子を、高い席に人は宝石をジャラジャラ・・・」と言ったあのライブです。

 ついでに「All My Loving」・・・。ジョンが奏でる3連のギターのバッキング・・・。この発想は当時は革新的だったことでしょう。ギターの下手な私には3連で刻む事は長続きしません・・・。出来る人は出来るんでしょうけど・・・私にはできません(涙)。

  


富士山としもやけ(1/20)

 昨日、焼津に行ってきました。天気も良く気温も幸運にも春の日のような暖かさでした。20歳?の頃一人で来たときはとても遠く感じた焼津でしたが、ここ近年は1年に1度くらいは訪ねる事になっています。実際2時間ちょいで行けるのですから、東海環状道路のおかげかあの頃と比べると何故か早い気がします。

 「富士山はどうやろうねぇ?」と言う富士山が観えるかどうかの期待を持って運転をしていると、吉田IC(だっけ?)を超えたあたりに突然正面に雪を被った富士山がその姿を見せてくれました。「お〜っ・・・」と感嘆の声が漏れます。霞のかかったちょっとぼやけた姿ではありますが、その雄姿は私達の期待に充分すぎるその存在感です。綺麗な山ですねぇ〜本当に。20歳の頃に藤枝に住む友人に連れられて見た富士山は今まで見た富士山の中でも本当に綺麗だったと記憶しています。その場所は曖昧ではありますが、焼津港だったと記憶していましたから、用事を済ませた後半信半疑で行ってみました。霞がかかっていたこともあってか、観える富士山はあの頃観た富士山ほどの感動はありませんでしたが、雪を被ったその雄姿はやっぱり富士山でした。ただ、大きさを思うと、昔観た富士山はもっと大きくそびえていた様なイメージを持っていました。長い記憶の中で勝手に大きなイメージを作っていたようです。

携帯にて撮影・・・見づらくてすみません。

 最近、何気に気になったのは、左足の中指が痛いこと・・・です。ひねった・・・打った・・・とかと言う痛みではありません。何か不思議な痛みです。でも懐かしい・・・と言いますか、味わったことのある痛みです。風呂に入って素足を見てみますと、少し赤くなったその指先はなんとしもやけ・・・です。子供の頃にはよ〜くなっていたしもやけでしたが、いつからかなることもなく忘れてしまっていたしもやけです。何故なったのか?答えは先日の雪・・・。パラパラ・・・と雪が降っていました・・・そのときスニーカーで作業をしていて、幾度か作業をしていると先ほどの雪の勢いはドンドン増して、あっという間に積もって行きました。「長靴に替えないと・・・」と危惧したのですが、その暇無くあわれスニーカーはもうしっとりとつめたーくなって足は深深と冷えていました。午後からは雪もやみ、日差しもあって雪は溶けていきましたが、慌てて替えた靴下と靴も間に合うことも無く、冷えた足は、こうしてしっかりとしもやけさんに変身してしまったのでありました。昔は、もっと寒く、学校へ歩いて通って・・・途中霜柱なるものをグシャグシャ踏んだりして通っていましたし・・・、栄養面からもこうした事がおこると聞いたことがありますが・・・。

 久しぶりに見た富士山と久しぶりに味わっているしもやけ・・・2者のつながりは全く無くて申し訳ありません・・・(笑)。

成人の日(1/11)

 成人の日です。長女とスタッフのK太が目出度く成人する事が出来ました。平成元年〜2年生まれの完全な平成人間が成人したのです。もうそんなに時間が流れたんだなぁ・・・と改めて思います。会場がすぐ近くなので急いで行って来ました。

 私にとってこの新成人たちは、中学生の頃の思い入れの強い子ども達です。あれから5年経っていますが、たくさんの成人たちが私を見つけて「おじさ〜ん!!」と声をかけてくれました。嬉しいことです。特に女の子達はパッと見では誰なのか判断が出来ないほどです。そして正体が判ると、本当に綺麗になったなぁ・・・と感嘆の声が出ます。

 スタッフのK太も普段は着なれないスーツを着て出席していました。それなりに大人の雰囲気を持っていました。大きくなったものです。数年前この店にやって来たのですが、その頃から思えばずいぶんしっかりした感じのK太です。自分に自信が無くてオドオド感いっぱいのK太でしたが、日々の生活で身につけた事が自然と自分の自信になって行ったのでしょう。今のK太はずいぶん変わりました。毎日見ていますから断言できます。

 長女は、正直まだ誕生日が来ていませんから20歳にはなっていませんが、今日を境に大人としての自覚が小さな芽を出した事でしょう。もう子どもではないのです。まだまだ自覚を持ち、物事の分別が出来るようになるまでには、時間がかかるでしょう。でもこの日がけじめとしてしっかりと刻み込まれた事を親として期待します。この子が成人したら自分は50歳かぁ・・・と昔思ったことを思い出しました。それがあっという間に現実としてやって来てしまったわけです。

 この先何を思って時間を過ごしましょう・・・?本当にこの子等が独り立ちをした時、私達親の世代は何を感じているのでしょうか・・・?

喰っちゃ寝、喰っちゃ寝(1/6)

 あけましておめでとうございます。本年も何卒ご愛読お願い申し上げます。

 さて、仕事始めの本日です。少々大きくなったかもしれない身体に鞭打って、気合を入れなおして正直昨年末に出来なかった事務仕事に追われてしまっている仕事始めなのです。恒例の門松に囲まれての年賀の記念撮影(去年は撮れませんでしたが・・・)。スタッフの頁の冒頭にこの写真を載せました。皆どことなく身体がだるそうな感じです。

 今年の正月は、私にとって何も変わった事も無くて、ただのんびりと過ごしました。本当にのんびりとだらし無く・・・はてしなくだらし無く・・・。思えば20代の時はこんな正月が嫌いでした。窮屈で静かな感じが嫌いでした。TVを点けても、面白くも無い番組のオンパレードで・・・。友達に会おうにも正月だから・・・と何故か自粛ムード・・・。それがこの歳になると、それがとても大切に思えたりしちゃうから面白い物です。

 若い頃のように昼まで寝て・・・と言う超人的な事は出来なくて、前日どれほど夜更かしをしようが朝8:00頃には目が覚めてしまうのです。そして規則正しく朝食(お雑煮・・・御餅1個)を食して・・・そう言えば若い頃(10代)、一日に御餅を30個食べた事があります(すげ〜)。何気にTVを点けて、どこも同じような番組をボ〜ッと眺めて昼までを過ごします。そして昼食を頂いて何気にTVを観ていると、知らず知らず転寝・・・をしています。やっと家族がそろったところで、いつもなら深夜に出かける初詣を今年は午後に行って来ました。お参りを済ませ、おみくじを引きます。今年は中吉でした。昨年は末吉でしたからずいぶん良くなった訳です。これで良いのです。これこそ大切な事だと感じます。

 帰って来てから、またまたなんとなく同じで面白そうなTVを観ながら、みかんやらお菓子を口に入れ・・・気が付くとまた転寝・・・。目を覚ますともう外は暗くなって、夕飯の時間・・・。何にもしていないのに腹だけは減るんですねぇ・・・。またまたしっかり食べてまたまたTVを観ます。しばらくして気が付くと、TVを観ながらまたまたまた何かを食べたりしています。「絶対またまたまた太るなぁ〜」と思いながらも自粛する気などさらさら無くて・・・正月なんだから良いかぁ・・・精神でダラダラ状態は続く訳です。

 一年頑張ったんだから、正月(特に元日)くらいは超だらしない人間になろう!!が大切なんですよ、きっと!!
何はともあれ、今年もよろしくお願いいたします。