*****ひろのうたびとのしおり・・・其の九*****

100歳(2/27)

 去る25日(土)は、3年前に他界した祖母の100歳にあたる誕生日でした。生前、「わしゃ、100歳まで生きるで・・・」とよく言っていた祖母でしたが、それは叶わぬ事になりました。でも私たちの中ではほとんど100歳でしたから、すごい事だといろいろと感心させられます。

 祖母の誕生日を我が家では、「長寿の日」としてお祝いする日となりました。私が勝手に言い始めたのですが・・・。祖母は「うなぎを食べると長生きできるで・・・」とうなぎが大好きでしたから、この日の夕飯は豪華にうなぎの蒲焼となるのです・・・。2週間前に父の誕生日でしたが、そちらよりもこの日のほうが豪華になるのです・・・。父はどんな思いだったのでしょうね・・・(笑)。友人T君のお店に無理を言って、わざわざ配達をしてもらったのです。とても美味しいのです。うを完・・・と言うお店です。

 最近こんな事を思います。天職と天命・・・。たいそうな事を文字にしてみましたが、100歳になるまでにいろんな事を祖母はやってきたでしょう。天職は、生きるための術と言いますか職を言っているのだと思います。40歳を過ぎて、人生で一番忙しいお年頃になって来ます。私の周りを見渡しても、いろんな職業で皆重要な役職を担って、それぞれの世界で頑張っています。全く持って何をしているのか皆目見当がつかないほど実際の仕事は複雑で、大変なんでしょうね。垣間見る事があると、その者の職の深さを感じます。プロなんですねぇ・・・皆。

 天命・・・って何でしょうねぇ・・・。人の役立つ事をすることでしょうか?よくわかりません。人として生まれてきて何が一体できるのだろう?と言うような歌詞を知っていますが、こんな事が見つかった人は天命・・・という言葉が理解できるのかもしれません。ライフワークと言う言葉もこんな意味を持っているのでしょうか・・・。それは職業だったりボランティアだったり・・・、人の役に立つ事だったら天命なのでしょうか?そんな風に思ってやることではないのかもしれませんが、好きでやっていることが、気づいたら人を喜ばせる事に繋がっているのなら・・・それはとても幸せな事ですね。

環境の中(2/21)

 トリノオリンピック真っ盛りです。TVを見る機会がそれほど多くない私ですが、夕飯時にTVを見ます。すると何かしらオリンピックの競技がやっています。録画なのかLIVEなのか良くわからずに興奮して見ていると、そばから「これ日本負けたで・・・」というおもいっきり興ざめする一言。「なんやぁ〜」とガッカリです。

 でも今回強く思ったのは、環境で人間の能力は備わるという事。今から20年程前にミニバイクブームが起っていました。その中から世界へ飛び出していった子供たちが、世界チャンピオンになっていったのも、この環境を考えさせられる一件です。それまでの日本のバイクレーサーは世界へ行っても泣かず飛ばずの戦績です。大好きだった片山敬済だけが世界チャンピオンでした。

 カーリングの試合を見て「これはスポーツなの?」と感じてしまう所も私にはあるのですが、実に面白いのです。長野のときもゆっくり見たのですが、今ひとつだらだらとただ長い試合にそのうち飽きてきて、結果を知る事も無く見るのを辞めてしまいましたが、今回は別です。実に良く頑張った!!そしてその中の選手の出身地、北海道の常呂町という町は、町おこしの一環としてこのカーリングが大変盛んなのです。随分前にこの町のことは知っていましたが、この町が作ったカーリングが身近なスポーツとして触れる事ができる環境が、今回の日本のカーリングの活躍を育んだと言えるのでしょうね。雪に触れる事のできる国や地域で育った子供たちは、その才能をその環境の中で開花させて、大きくなって活躍して行きます。それがこの4年に一回のオリンピックの表舞台として各国の勇がしのぎを削るのです。本物の活躍は、見ている者の心を打ちます。

 かの女子プロゴルファー横峰さくらのお父さんも「このくらい練習すれば、誰でもプロ位にはなれますよ。」としゃらりと述べておられましたが・・・、まさにその子のやる気があって、環境があれば自然とそうゆう結果につながって行くということなんでしょうね。決して簡単な道のりではないのでしょうが、感じることは何となく理解できました。

 いろいろ思ううちに、非凡な才能を開花させて・・・なんて良く以前は聞きましたが、そうではなくて、人は誰もが様々な事を開花させる才能をちゃんと持っている。要は人は、「何に興味を持ち、開花させることができる環境があって、その中で上手に育めるか?」なのだと強く感じました。子供たちにはいろんな才能が眠っているのです。しかし本人にその気が無くては、何も起らないのが事実ですが・・・。


嫌な夢を見た(2/13)

 人は寝ているときに一晩で何度も夢を観ているそうですが、大方覚えているのは起床時間に近いときに見た夢・・・。これが妙にインパクトのある夢だったりすると、目覚めたときにその気持ちを引きずってしまう事があります。

 まさに今朝の私がそれ・・・。内容は高校時代の持久走。出てきた面子を思い出すと3年の話のようです。ゴールまであと1.5kmくらいでしょうか・・・。自分はいきなり走っているのです。それもかなりくたくた状態・・・(寝ているときに、くたくたになっている感覚ってどうよ・・・?)。高校の持久走は何とかって名前で20kmくらいを走っても歩いてもいいと言うものだったと記憶しています。強歩大会・・・と言ってたような気もします。自信がありませんが・・・。まぁそんな感じでした。

 全校一斉にスタートです。大体午前中で帰って来ちゃうわけですから昼からは自由になります。だから早く帰ろうと必死に頑張る訳です。今思えばゆっくりやって1日を費やすのもいいかなぁと思ったりするのですが、その頃は若いゆえの意地がありますからねぇ・・・少しでも早く帰ろうとするわけです。

 話を見た夢に戻しますと、昼の休憩を何故か(夢ではよくつじつまが合わない事がよくありますね。何故?ってことが・・・)自宅で取った後、残り1.5kmほどを走り出したのです。走り出してすぐあまり会いたくない奴に出くわします。こいつには負けたくない・・・でも競い合いたくない・・・。そんな思いでヘロヘロになりながら頑張って走っています。するとゴール近くでそいつと私のルートが違うのです。どちらかといえばそいつの方が近道。いんちきという話ではないのですが、何故か私はあえて若干遠い道を選んでしまったのです。それから見えないそいつとの勝負。ハンディを背負った中、闘争心が私を急がせます。しかし脚がなかなか動きません。じれったいほど動きません・・・(夢ならではの話です)。そんなこんなでやっと午後3時半ゴール。ゴール付近には同じクラスの連中が冷ややかな視線を私に浴びせます。「今来たのか・・・」「遅ぇなぁ・・・」と言った声が聞こえて来ます。

 ゴールの受付に行くとクラスの女子(じょし・・・という表現も懐かしい)がチェックしてくれています。すると「あれ?○○君、走っとったの?」とちょっとへこまされる言葉。「走っとったよ」と言うと、何でも数日前、FAXでこの大会の用紙が配布され、期日までに参加申し込みをしなくてはならなかったという事。それを私はやっていないという事。おまけにクラスで午後3時までには遅くとも全員帰ってくるようにがんばる事など。私の意識とは裏腹にクラスではこの大会に向けて異様な盛り上がりを見せていたようなのです。一致団結・・・そんな中、私は見事にクラスの脚を引っ張った訳です。まさかそんなまとまりのあるクラスでもなかったのに・・・。FAXなんて届いていなかったし・・・。仕事で(どうして仕事してんだろ?)学校に行けてなかったし・・・。おまけに「○○コンサルタントに頼んで、もっと仕事に対する意識を鍛えてもらえ!」とか言われる始末・・・。いろいろ言い訳もしたかったのですが、言ってもバカバカしく思えて黙っていました。

 おまけに負けたくなかった奴にもわずかな差で負けていました。そこで目が覚めました。高校時代にこれといって嫌な思い出も無かったのですが、この夢は何なんでしょう?

自動車に乗って(2/5)

 先週末から長男が自動車学校へ通い始めました。これまた親としましては、もうそんな歳になったんだと感慨を覚えます。長男はミッションの教習を選択して、シフトの操作やらクラッチのタイミングなどに四苦八苦している様子です。誰でも身に覚えがおありだと思います。オートマ限定なるものがここ数年?教習にはあって、私たちの時代には無かった部類ですし、免許を取ってからオートマに乗ったものです。それが当たり前の時代でした。しかし、乗用車のほとんどがオートマチック車ですから、この免許でも十分生活できるわけです。

 しかし、商用車・・・特に小型トラックなるものにも普通免許で乗れるわけです。このトラックはその大半がミッション車ですからオートマ限定では困ったチャンになるのです。それと車はやっぱりかき回しでしょ?と信じて疑わない輩には、絶対必要な免許なのです。

 長男は現役の高校生です。ですから講習やテストには、我々と違ってお得意分野ですからなんなくすいすいとこなしている様子。別段長男が優秀と言うわけではありません。一緒に受けている連中は一斉に事をスムーズにこなしているようなのです。なんとまぁ若いということはいいのでしょうね。今日も日曜日だと言うのに、この時期は教習があったそうです。無線で指示を受ける仕組み(私たちの頃はこんな事も無かった・・・)で気軽に教習できて楽しかったそうです。

 長男が時々質問をして来ます。「○○はどうやったらいい?」と言った類の質問です。しかし、私がそれを説明しようとしても、上手く説明できません。と言いますか、むしろ頭で考えるとどうやっているのか分からないのです。体が勝手に動くと言いますか、覚えていて他ごとを考えていても操作できるわけですから、理屈で教えようとしても説明が妙な具合になってしまうのです。「こうアクセルをぐぁ〜っと・・・そんでクラッチペダルをすっと・・・」と言うような訳の分からない言葉になるのです。スムーズにスタートするためのコツの伝授の言葉です。分かる人には分かっていただけると思うんですがねぇ・・・。

 挙句に「慣れ・・・慣れやて・・・」となるのです。そう慣れるしかないのです。近いうちに長男の運転する自動車に乗ってドライブレポートを致します。おそがいんだろうなぁ・・・。


自転車に乗って(1/30)

 昨日29日は、BSの会合がありました。場所は都ホテル(旧ルネッサンスホテル)です。時間は午後から・・・。その前にいつも一緒にバスケットをやってくれる高校生たちの新人戦県大会が、この近くの高校でありました。当然朝からですので、前日にいろいろ場所を調べるとこのホテルから1.2kmほどの場所で、長男・長女の学校が試合をします。女子の試合ですが、ここには長女と仲の良いAちゃんがいます。

 会場のひとつである岐阜北高校は、私の兄の母校・・・。ここまで車で行っても駐車場がないだろうと思い、ケッタマシ〜ン3号折りたたみ式を持っていきました。試合は10:30から。美濃加茂を9:00ちょい過ぎに出て、ホテルの横の駐車場に9:50頃到着。缶コーヒーを飲んで、一休み。10:05頃に自転車を組み立てて出発。相変わらずお尻が痛いのです、この自転車は・・・。

方向を見据えて大体の感覚で自転車をこいでいきます。ホテルの前の道をドンドンこいでいきます。いいかげんこいでから交差点を右折(北へ)。200mほど走ってから細い道を左折・・・。すると見覚えのある風景が・・・。気のせいかな?と思ったのですが、よくよく記憶をたどってみると3.4年前の夏に、長男の県大会がこので愛ド〜ムでありました。応援に来たときにガムテープを買いにうろうろしてこの辺を歩きました。小学校近辺に文房具屋があるだろう!?という勘で見事に探して帰ったことがありました。まさにその場所です。その文房具屋も通り過ぎてドンドン自転車をこいで行きます。この通り沿いには、学校がいっぱいあります。小学校や野球で有名な県立岐阜商業、そして岐阜北高校です。その隣りには中学校もありました。

 しゃかしゃか必死にこぎました。わっぱが小さいのでどんだけも進みません。前を行くおばちゃんと競争です。なかなか抜けません。このおばちゃん結構速い!そのうちどこかへ行っちゃいました。そして目的地に到着。自転車をカギかけて、会場となる体育館へ・・・。いろんなユニフォームの学校が練習をしています。ちょうど応援する予定だった第2試合です。Aちゃんのご両親がいて一緒に観戦、応援しました。Aちゃんは体調がかんばしくなく、不調だそうですが、試合中は一生懸命プレイしていました。頑張っていました。でもいつもならもっと得点を決められるのに冴えが無かったようです。体調が悪い時、こうやった繊細な所の動きに出るものなのです。でもDo my best! 全力で頑張る姿はとてもステキでした。

木の上に立って見る(1/23)

 昨日は、次女の部活動の応援に行きました。今までは長男・長女のバスケットばかりでしたから、次女は文科系の吹奏楽って言う奴です。前にも書いたような気がしますが、ある地元の素晴らしい会場に出向いたわけです。アンサンブルコンテスト・・・という趣旨ですので、優劣が着きます。金銀銅の三賞に分けられます。パート別(次女はサックス)アンサンブルと言う事ですので、今回は重奏するわけです。実を言いますと、先日9日に地区大会があり金賞を頂き、その中から昨日の大会に選出していただきました。

 サキソフォンの四重奏・・・曲目は「Take five」。JAZZでも有名な曲です。それを子供たちがしゃらりと演奏する・・・それが驚きでもありました。10番目に娘達の演奏です。この瞬間は親の気持ち炸裂です。ドキドキです・・・。上手く出来ますように・・・・落ち着いて出来ますように・・・・間違えませんように・・・・そんな事が頭の中をくるくると回り始めます。ちょっと前までは、緊張を隠せない子どもに向かって、一生懸命やればいい・・・緊張は誰だってする・・・自信を持って思いっきりやればいい・・・と言っていたのですが、本心は我が事以上に一大事だったりするわけです。代わってやることも出来ませんが、例え代わってやれても子どもは自分が出ると言うでしょうけど・・・(好きでやっているわけですから)。

 緊張感はさほど伝わって来ませんでしたが、今ひとつまとまりがありません。リズムでしょうか?テンポもちょっとゆっくりかな?と感じます。主旋律が細かいメロディになっていますから速くすると大変になります。ゆっくりするとリズムが合わせ辛くなります。まさにその狭間で頑張っている4人でした。必死に演奏しています。頑張れ頑張れ!なのです。程なくして演奏は無事終わりました。満足そうな次女の笑顔が見えます。 

 その後たくさんの演奏を聞いて5時過ぎに審査発表です。金賞をもらった学校は、その観客席の仲間たちから「きゃぁ〜・・・」という歓喜の声が上がります。でも娘たちは銅賞でした。次女はがっかりしています。一緒に演奏した仲間は泣いています。今日までひっしに練習をしてきたわけですから、泣けて当然でしょう・・・。一生懸命やった証ですから・・・。綺麗な涙です。でもまた次がある。これを励みに頑張って、そして楽しんでできればきっと夢は叶うはずです。

 木の上に立って見る・・・親心を感じた一日でした。


こんな時代(1/16)

 ネットを経由して欲しい音楽をダウンロードできる・・・。アイポッドなど、そんな媒体が昨年のヒット商品のひとつ・・・。我が家にあるソニーのなんちゃらウォークマンもその類。ウォークマンと言えば、私たちの10代〜20代の時代は、カセットテープが聞ける携帯用の驚きの商品だったわけです。私もその幾つかのモデルチェンジを経たウォークマンを持っておりました。録音ができるタイプで、バンド練習に興じていた頃出したから、いつもこれで録音をしていた思い出があります。ただ、単三電池2本?4本?だったかでしかも当然アナログですから、あっという間の電池消費で、テープの回転が遅くなり、とんでもない録音状態に終盤はなってしまった・・・なんて事もしばしばでした。

 今の時代、主流となる録音ができる媒体がコロコロ変わるのがどうもいけません。MDなるものが出来たときに、「これは凄い!」と長年続いたカセットテープに代わる物として受け入れた私としましては、最近の小さなマッチ箱のような、ライターのような、昔のカイロを思わせるような・・・。そのものの中に音源をダウンロードするなんて、もう時代についていけないおじさんの領域に片足突っ込んだ・・・そんな感じがしました。いろんな曲が1曲ごとにシャッフルして聴けるので新鮮な感覚で、本当に多くの曲が楽しめるから凄い。何曲入るのかおじさんにはわかりません。。

 もう少ししたらまた堤防を歩こうと思っています。そのときにこのウォークマンなるものを聴いて行こうと思っていますが、MDには1時間ほどで聴き終わる音源が入っていたので程よい状態だったのですが、何百曲も入っていたらどこまでも歩かなくちゃならないの・・・!?なんてくたびれたら帰ってこればいい訳で・・・。なんか凄い事になりそうです。

 それと、全く話は変わって・・・。この時期になると石焼き芋を売る車が、店の前を通って行きます。昔は、釜の煙の勢いで、ピーッと鳴り続ける笛のような甲高い音を出していました。「あっ!石焼イモや!」と、なんか千載一遇の機会が来たかのような、そわそわした高ぶった気持ちで、母親や祖母に「石焼イモ欲しい!」とねだったものです。頃合を見て家の前に出ると、リヤカーを引いた叔父さんが私たちを確認するとリヤカーを停め、なにやらコックをひねり、ピーッという音を消します。するとヒーッというかすれた音に変わって、叔父さんはすすけた軍手をはめた手で釜を開けます。中にはこんがりと焼けたイモが美味しそうな臭いを発して現れます。「おいしいやつを3つ」と頼むと、叔父さんはその軍手のままイモを選んで新聞紙で作った袋に入れてくれます。いくらだったかのお金を払って焼きイモの入った袋をもらいます。すると叔父さんはまたコックをひねりピーッという音を発したリヤカーを引いて歩いていきます。我が家の前で停まったのに、よその人が一緒に買いに来たりするとなぜかちょっと嫌だったりしたものです。叔父さんにしてみれば、1度にたくさんの人に買ってもらった方が絶対に効率が良い訳で、それぞれの家の前でそのたびにコックをひねって・・・・なんてやってちゃたまんない訳ですよねぇ・・・。

 でももう見られない聞かれない光景です。今は軽トラで「石焼き〜イモ〜♪」と私の店の前を、50km/hくらいで走り去って行っちゃいますが・・・。これじゃぁ誰が買うのでしょうねぇ・・・。あのピーがもう一度聞きたいです。



ボキボキッっとな!(1/12)

 ここのところ、軽〜い腰痛に襲われています。足首も違和感が・・・、両肩にも違和感が・・・。そこで町内のHさんの整体治療院に行って来ました。まずは、マグネット製の器具を用いて体のポイントを探している感じ・・・、そして吸盤を両手足首に取り付けます。これには電極が付いていて、電機を入れると「ビリビリ・・・」と来る訳です(これって誰でも1度くらいはやった事があるでしょう?)。

 これが15分〜20分くらい。その後、首をおもむろにボキボキッと・・・(これが事の他気持ち良いのです・・・)。続いて専用のベッドに移って、背骨をボキボキッと・・・(これが事の他良く鳴る)。上から下へボキボキは続きます。足首は入念にほぐすような動きを加えてボキボキッと・・・(すっきり・・・)。そして本当に苦しんだ肩の動きをチェック・・・、すっかり良くなったと思っていたのですが、この12月の疲れで違和感を感じるようになっていまして、ある部分がまだ癒着しているようで、しっかり動かないのです。ちょっぴり痛いのです・・・。ここをゴリゴリと揉み解してもらいました。うつ伏せの上から押される度に、「うぇっ、うぇっ」と思わず声か吐息のような声?を発します。最後に、腰と背中に針を打ってもらってその部分に赤外線器具を照射してもらっておしまいです。

 この間約1時間。今回事の他ボキボキッと鳴りました。体中がゆがんでいたそうです。背中もいつもよりこっていたと言われました。こうやってもらった後は、体がだるく夕方になって睡魔に襲われます。整体された事で体中の血流が良くなったからだろうと思います。そして1.2日すると違和感がとれている・・・という具合です。疲れちゃったら1度行かれると良いですよ・・・。

いい感じ・・・(1/5)

 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

元旦は、心配されていた天気もまずまずで、気温もそれほど寒さを感じることなく、いい感じのお正月だったのではないでしょうか。何をすることもなく、一日ぼ〜っとしておりました。家族でバトミントン大会がおっぱじまり、ぜ〜ぜ〜言いながら私がチャンピオンを獲得して無事終了。

 二日は、買い物をして終わりました。ただ、12月中せわしかった事が引き金になって、かなりフラストレーションが溜まっていたのか、買い物をすることでストレスを解消するという行動にでてしまいました。おかげでちょっと散財してしまいました・・・。今思うと・・・まぁいいか・・・。

 三日は、私の兄家族と連れ立ってお多賀さんへ・・・。事故渋滞を避けるために関ヶ原から一般道へ・・・。スムーズに走れたのですが、伊吹山のふもと付近は結構な雪が降っていました。そのせいか、混雑しているお多賀さんも幾分空いていたような気がします。長男の合格祈願に11/8に訪れたわけですが、それ以来年内は休むことがなかった私ですが、その甲斐あってか長男もなんとか希望する大学に進める事になりました。そのお礼参りも兼ねての参拝です。そしていろんな御守を買い、その時の巫女さんがとっても親切な感じのいい人でした。思わず名札を見てしまいましたが、O田さんと書いてありました。ありがとうございました。

 四日は、家内の在所に行って思いっきり食べてしまいました。そうそう正月は私は酒がダメですので、いつも食べて寝て・・・の正月になります。12月の減量した分が一気に取り戻すどころか、オーバーウェイトになっております。明日からの仕事と、子供たちとのバスケットでまたじっくり体調を整えたいと思います。

 今年も本当にいい年になりますよう努めて行きたいと思います。


今年も何とか・・・(12/30)

 
あっという間の1年でした。そして本当に矢のように過ぎた12月でした。店も閑散としています。数日前まで嵐のような忙しさの様子は、本当だったのかな?と疑いたくなるような静けさです。時折、タイヤを求めてやってくるお客様が見えるくらいです。従業員も今日からお休みです。ただアルバイトのK太だけは、楽しいようで今日も仕事に雑用に精を出して頑張っています。実に良くやってくれています。

 この12月中に、水槽の魚たちが私の不手際で死んでしまいました。冷たい水槽にヒーターを入れてやることを怠り、らんちゅうや熱帯魚が・・・、その後ヒーターを入れてやったら加温になりすぎて、鯉が・・・、温度調節を失敗して、忙しさにかまけて死なせてしまいました・・・。ショックでした。可哀想なことをしました。

 今年の営業もあと今日と明日の午前を残す所となりました。本当にたくさんのお客様に支えられてやってきました。ありがたいことです。先ほども本当に毎度人柄のいいNさんがお支払と、年末のご挨拶に来て下さいました。思えば一方的にお世話になっている方なのですが、昨年叔父が亡くなった折にも、心優しいお言葉を頂きました。いい人なのです。「本当にいい人はいいね・・・。」  伊豆の踊り子の一説の踊り子の台詞を思い出します。そう・・・いい人はいいのです。心安らぐのです。

 今年もいろんな方と知り合う事ができました。いろいろお世話になりました。縁あって知り合う事が出来たのですから、出会いを大切に来年もいい年になるといいなぁ・・・と思います。今年もなんとか元気で頑張れました。来年もどうか私どもをよろしくお願いいたします。皆様にとっても良い年になりますよう心より祈念いたしております。


へとへとです・・・(12/23)

 更にず〜っと雪の影響で仕事は忙しいままです。本当にありがたいことで、この業界にいる事に感謝しなくてはいけませんね。たとえへとへとでも今は頑張るしかないのです。でもお客様に提供できるタイヤが間に合いません。本当に申し訳ありません。この場を借りても、このコラムを見ている方が何人もいるとは思えないので、どうなんだ?と感じたりもしますが、何百人もの人がご覧になっていると思って申し上げます。
「ご来店誠にありがとうございます。せっかくご来店いただいたのに、お求めのタイヤがご提供できなくてごめんなさい。」なのです。

くたくたです・・・(12/17)

 ず〜っと雪の影響で仕事は忙しいままです。お客様のご要望に応えるべく必死な私たち・・・。電話は始終鳴りっぱなし、お客様のご来店は絶える事がありません。本当に本当にありがたい事です。しかし、今年の需要は、ここ数年来無いほどです。きっと通常はスタッドレスを履いた事がない方も履いているのでしょう・・・。

 通常私たちの仕事は、アイドリングタイムと言うものが存在します。でも今の時期これがありません。ず〜っと動きっぱなし・・・力を入れっぱなし・・・。はじめの頃は筋肉痛を感じていましたが、これが2週間も続くと何も感じなくなります。体全部がぼ〜っとしている慢性的なけだるさを持ったままの状態です。体重がありがたいことに減っていきます。夏にバスケットをするために体を作っている頃の体重に戻っています。近年こんなことはありません。正月休みはひょっとしたらドットと疲れが出て、だらだらになるような気がします。

 今年は本当にありがたい冬なのです。あと2週間・・・・頑張らないと・・・。

雪が降って(12/10)

 去る5日、この時期にしてはちょと早い雪が降りました。その雪を察してか、前前日からたくさんのお客様がお見えになりました。
そのたくさんの客様の中にはいろんなお顔があります。普段はこんなタイヤ屋には縁のない、来た事もないと思われる・・・どうしていいのか分からないお客様が、ごくたまにいらっしゃいます。「タイヤが欲しいんですが・・・」これはよく耳にするお声です。

 ところが中には「ゴムが欲しいのですが・・・」と・・・・始めて聞いたときは「???」と私は深読みしすぎて理解しにくかった事がありました。タイヤはゴムで出来ていますから想像に難しくはないのですが、タイヤ・・・というネーミングは誰でも知っている物だと思っている私は、ホイルの空気を充填するためのバルブの事をおっしゃってると思ったのです。「空気が抜けますか?」と言葉を返すと・・・「???」と今度はお客様が・・・。「あれ!?何なんだこの空気は・・・?」と私が思っていると、「これ・・・」と指さすお客様。その指したものは・・・タイヤなのです・・・。お顔を真っ赤にして恥ずかしそうにされている姿を見て、こういった場合接客を心得る者としては、決して表情を変えず、さも気にしていないかのような「大丈夫ですよ・・・」という優しさを込めて、冷静にお客様の要求に応えなければなりません。

 また、お客様の中には懐かしいお顔を拝見する事もあります。小中学校の先生だったり、子供の頃よく行ったお菓子屋さんのお姉さんだったり、それこそ同級生だったり・・・本当にいろんな人がこの私の店に来てくださるんだと、改めて嬉しく思います。本当にありがたい事です。

 しかし、今年の12月は今までに経験した12月の中でも1.2を争うような忙しさを感じています。1日を終えてホッとしている今この時間は、体中がダルダルでなんか熱っぽく・・・疲れているのですが軽く興奮しているのです。ですので努めて癒されるようなものに接しようとするのですが、興奮はなかなか冷めてくれません。休みたいのですが休めない・・・休む事が怖いようななんとも言えない気持ちです。マラソンしていて苦しいけど止められないような・・・そんな状態のようです。振り返れば11/8に休んで以来、ずっと懸命に働いています。こんな奴は世の中にたくさんいるのでしょうね・・・。頑張れ頑張れ・・・なのです。

 

バスケット2(11/26)

 約月に2回ほどやっているバスケット・・・。ことの起こりは、私がPTAの役員をさせていただいているときに、部活動担当という仕事があり、事業として子どもとスポーツをするという愚行を思い立ち、私の同級生を巻き込んでOB戦と銘打って男女の現役チームと試合をしたわけです。

 同級生のチームを「ひがしBOB」と言いますが、練習をするために市の連絡所で月1回行われる体育館の抽選会で、役員の方に「チーム名は?」と聞かれ、困惑してただ『ひがしバスケットボールOB』と記入したら、「長すぎます・・・。」という返事。仕方が無いのでこれを略して『ひがしBOB』と記入したら「ひがしボブ」ですね?」と言われ、「あぁ・そ・う・で・す・・・。」と納得させられたような妙な気持ちで返事をして、私たちのチームは『ひがしボブ』と言う名になりそう呼ばれています。

 昨日が今年の最後の練習日(なんのための練習なのかよくわかりませんが・・・)でした。相変わらずの高校生男子、長男の同級生が大挙集合。彼らのバスケは観ていて圧倒されます。とても速く上手いのです。一生の内で一番体が動かせる時期ですからね。私もこんな頃があったわけですが、どうあがいても戻れない時です。

 私が混ぜてもらえるのは、もっぱら女の子の仲間たちです。動きに対して有利に働くのはでかくなってしまったこの体だけ・・・。彼女たちから見れば、脅威に感じるようですが、最近ではこのでかさにも慣れてしまって、どう動けばかわせるのかわかってきたようです。でも私たちおじさん達からすれば、子供たちと一緒にすることが、とても楽しく若返る・・・という気持ちを味わう事ができます。この若返るという気持ちは、とても精神衛生上良いのだそうで、爽快な気にさせてくれます。

 ただ、それは大いなる錯覚・・・誤解であって・・・、時々現実に引き戻される衝撃も受けます。やっぱり体は確実に動かなく老いているんだということも同時に感じさせてくれます。ボールを目で追い、それを受けるために場所を移動します。時間が経つにつれ、遅れだします。そうするとだんだんタイミングが遅れ、差し出した手をすり抜けてボールは後方へ・・・。『ご免ご免・・・」とやっているうちはまだ良いほうで、そのうち人間横着なもので、他人に任せて動かなくなります。汗だけはいっぱしにたくさんかいて・・・、この汗も実に爽快です。

 12月は体育館の予約を取り忘れたため、練習日はありません。明けて1月にまたみんなの元気な顔に会い、バスケをできるのが楽しみです

なかなか・・・(11/18)

 今年の冬も人手を借りたいと思い、心当たりの若者に打診をしました。明日と来週は○○○力の社用車の交換が待っています。そこでやって来るのは、甥っ子が2人と一昨年職業体験でやって来たK太が名乗りを挙げてくれました。

 K太は、先週末から来てくれていますが、職業体験の頃のイメージでいたのですが、なかなかどうして従業員のみんなの評判は上々です。もちろん仕事はまだまだ出来ませんが、仕事をしようとする姿勢が良いのです。次に何をするのか?補助として何をしなくてはいけないのか?を考え、行動にする意識があるのです。例えて言いますと、お客様が見えます。軽トラに交換するべくタイヤを積んでいます。私たちがお客様のお話を伺っていますと、その内容をそばだてて聞いていて、積んだタイヤを交換する事になった時点で、タイヤを運ぶための台車を持ってくるのです。

 普通は、指示を待ちます。「○○・・・台車持ってきてこれ運んで・・・」で、行動に移ります。私も出来なかった事がK太はできるのです。私だけでなくみんなこうはできなかったと思います。このまま育てばすごい奴になると思いますが・・・楽しみです。K太本人の心構えだとは思うのですが、K太のご両親にも感心してしまうのです。同じ世代の子どもを持つ親として、自分の子どもはどうか?と考えると・・・やっぱりこうはできないと、恥ずかしいながら思うのです。

 昨日までの地元中学生の職業体験でも、当たり前ですが働くということの本筋を知ることはなかなか難しい事ですが、子どもたちは、自分達なりに何かを覚えようと一生懸命だったようです。自分が子どもだった頃と比べると、今の子はしっかりしていると感心させられることが、多々あるのです。今の子は・・・?とよく言いますが、その逆もあって、なかなか・・・なのです。


全部観ました(11/11)

 恥ずかしい話、「北の国から」をまともに見た経験がありません。ですから2年前の夏に富良野へ行った時も、麓郷の森・・・へ行く関心が無く、さっさと通り過ぎて行ってしまったほどです。しかし、このたび全巻観ようと決意いたしました。なにさ今頃・・・。

 連続ドラマが8巻、1巻分に3話、1話が45分ですから1巻で2時間15分。これを1週間で4巻借ります。でもこれを2〜3日で観ます。何だかんだで特別編を含めて16巻?2週間ほどで観終わりました。昨晩、「2002遺言」を観て完結です。今までは、かいつまんで観ていましたので、登場人物の関係が、今ひとつ理解できずに至っていたのですが、今回の制覇で十分に理解できました。結局みんな親戚みたいな感じになっているのですね・・・。

 観て感じたこと、21年というなが〜い時間をかけて同じ登場人物で描ききったこのドラマに、演技だけでは表現できない人生を感じさせてくれたことが一番大きいと感じました。子役が少年から青年になり、30を越える大人になって行く様は、観ている者に強烈な時間の経過を、ドラマではなく、本当の人の半生を描いているかのような印象で感じさせられます。

 これはTVドラマでしょ?そこまでやるの?という裏舞台も想像したりして・・・。だって映画でしたら映像にリアル感を求めるのは当然でしょうから莫大な資金が要ります。出来不出来は、収入に左右しますからね・・・。映画は直接の商品になるわけですから、力も入りますよね。大雑把に言えば、そう言うものですし・・・。

 でもこれはTVドラマですから、TVを観ている人たちはたくさんいるのですが、タダなのです・・・。観たらああ良かった・・・でおしまいなのです。CMスポンサーがいくら出すかで収入は決まっているのです。その後の、放映権やビデオやらDVDやらの収入を期待するしかないのです。これほどのドラマなら(もっとも映画では21年間続くということは不可能に近いのかもしれませんが・・・)映画なみの費用と時間・・・作る側のこだわりが費やされていたのではないのかな?と思えるのです。映画ではできないドラマ・・・をひょっとしたら赤字覚悟で制作したTVドラマは、国民的なドラマへとなって行ったわけです。

 フラッグシップモデルというものが、製品を作る企業には、利益を上げる・・・目的ではなく、企業の品質価値を知らしめる目的で存在しますが、まさにこのドラマはTV局にとって、こう言った位置付けの意味もあるドラマなのでしょうね。それだけではなく、人を描いたとっても質の高いいいドラマでした。私は岩城滉一演じる草太兄ちゃんが、その存在が実にカッコよかったりすると思っちゃったわけで・・・。

 先週末、封切られたばかりの映画「ALWAYS〜3丁目の夕日」を観ました。ず〜っと観ている間、涙が止まらない映画でした・・・。今年1番の映画かもしれません・・・。

 
崖の上?(11/4)

 昨晩、また!チューリップを聴きに行きました。今度は一人で出かけて行きました。場所も同じ芸術劇場ですので、迷う事も無かったのですが、何故か車で出かけて行きました。一路R41を進んで小牧北から首都高速に乗って・・・どこで降りたのか忘れてしまいましたが、とにかく目的地はすぐでした。会場の駐車場に車を停めて・・・なんとあたりはフェラーリやらポルシェやらベンツ・ロールスロイスやら・・・何ナノここは!?という場所の一角に停めさせていただきました・・・。隣りが軽自動車だった事に心強くさせて停めさせて頂きました。

 思いつきで手に入れたチケットということも無いのでしょうが、席は5階・・・。席についてびっくり・・・まさに断崖絶壁から下を見下ろす感じです。「お〜すげぇ・・・」思わず驚きとも落胆とも言えない声を発していました・・・。これはもう音楽を聴くという位置関係ではないんじゃないか?と同時に思いました。都会ならではの構造でしょう・・・。アーチストからもこの席がちゃんと意識できるとは思えない。まさに観る側は覗くと言う言葉がピッタリの5階席です。好んでこの席を捕ったのではありませんし、1階席前列と同額ということに不満を持つ観客もいたのではないでしょうか?人間は高い所を好む習性があるようですが、その変な優越感にごまかされていて得も知れぬ満足感すら感じて帰ってゆく・・・そんな人でいっぱいでした・・・。

 それはそれでいいのかもしれませんが、私は遠くてもちゃんとアーティストの表情が観れて、いい音で聴けてこそLIVEだと思うのですが・・・。次回チューリップを生で聴く事ができるのか・・・そんな寂しさも感じていました・・・。

 親父とAさん(11/2)

 親父の友人にAさんという方がいます。古くからの友人で親父より幾つか年下でしょうか・・・?気が合う良い友人のようです。時折ご来店されては難しい話やらたわいも無い話やらに花が咲いています。中でも農作物の話題になると、2人の話を聞くとはなしに聞いていますと、このAさんは親父の先生役になっているようです。今日なんかは、漬物大根を作っているか?という問いかけに「作っとる・・・。」という話から、何やらあれやこれやといろんな名前が出てきて実に2人の会話は楽しげです。

 季節に応じて作る野菜があって、芽が出たとか、失敗したとか、それらの出来栄えだとか・・・いろんな話が飛び交っています。会話の内容のほとんどが、親父の質問やら成果についてAさんが懇切丁寧に答えてくださっているようです。以前はそれほど土を触って何かを作るということが無かった親父ですが、数年前から実に楽しそうにいろんな物を作るようになりました。時折いろんな物が食卓に並ぶようにもなりました。「これは家で採れた○○やぞ・・・」という嬉しそうな声で・・・。人は子どもの頃土で遊びます。誰もが遊んだはすです。人の本来の行動に土に対して何か感じるものがあるそうです。歳をとってまた人は土を触るのもうなずける話です。ネコの額ほどの小さな畑ですが、親父にとってかかせない場所になっています。

 私もいつかそんな事に夢中になる時がきっと来るのでしょうね。昨日も今日もそして明日も近くの畑まで、麦藁帽子をかぶり自転車をこいで行く親父の姿を見るのでしょう・・・。


歩く(10/24)

 夜の散歩、1週間に3〜4日ほど歩くでしょうか・・・。1日5〜6kmほどを歩きます。時間にして45分〜1時間ほどです。ほとんどが木曽川の堤防を歩くわけですが、太田橋から中濃大橋あたりの往復です。その間は娘からMDウォークマンを借りて好きな音楽を聴きながら歩くわけです。MD1枚あたり1時間ちょっとのアルバムが録音されているので、気持ちが乗っている時は終了まで歩く事もあります。

 歩くスピードは面白いもので曲のリズムに合わせて歩調が決まります。だいたい速足です。ですので同じ堤防を歩いている人たちよりは、まず私のほうが速い足取りです。それが実に爽快に歩けるひと時です。音楽を聴きながら歩く事がいつのまにか癒される時間になっているようです。コツは好きな音楽を聴いてマイペースで歩くことです。決して気が向かないときは歩いてはいけません。更に歩いているときは好きな音楽と言えども、決して軽々しく鼻歌を口ずさんではいけません。周りに人がいない事を暗い中でもしっかりと目を凝らして確認してください。イヤホンをしているので音楽で体が包まれている状態ですので元気いっぱいのなのですが、耳から入る人の気配を感じる事ができません。また、自分の耳から入る声量が減ることによって、その不足する声量を得ようとするために不用意に鼻歌を歌うと必要以上に大声を発してしまいます。そうなることで、近くにいる他人に聞かれてしまうことはあとの祭りになります。あぁ・・・はずかちぃ〜になるのです・・・。

 以前、地元の神社の参道を歩いていたとき、めちゃめちゃ暗く(夜なので当たり前)、めちゃめちゃ怖い場所なのですが、元気な曲で気分は乗り乗りだったのですが・・・、ふとこのあたりはどんな状況なのだろう?とイヤホンをはずしてみると・・・・、「シーン・・・・・」としていて周りには誰もいません。神社に灯された裸電球が遠くにあるだけです。民家もありません・・・。そう理解した途端、全身にすご〜い恐怖心が襲ってきました・・・。すっげ〜怖いのです。たまらず全力で駆け出しました。もう夜にあの道は通る事はないでしょう・・・。恐怖心とは自分で勝手に感じるものなんだということが同時に理解できました。また、楽しい音楽を聴いているときに、同時に正反対である感情を抱くことはできない事を実感として知りました。

 歩くと言う事は、元来人間の体に染み付いた当たり前の行動ですから、ある程度は必要な動作なのです。ですから苦無く歩きつづけるということは、実に楽しかったりするのです。


はるばる・・・でもなかった函館(10/18)

 先週の週末は、ダンロップの勉強会、研修会と連続して3日間・・・ちょっときついスケジュールでした。今までだったら名古屋空港は、小牧にでしたから車で30〜40分で行けた訳ですが、セントレアは電車で行く事に・・・。我が家を出て約2時間です。もっともダイヤの関係で1本の電車で直通だったのですが、普通から準急、急行と区間で働きが変わって2時間かかった訳です。通勤用の車両でしたから横すわりで1時間50分ほど・・・いろんな人が乗って降りていきました。10時頃終点中部国際空港に到着です。

 同行したのは次女です。長男長女は土曜日でも学校があったため行けませんでした。学校行事で、なんでも毎年著名人を呼んでの開催となるわけですが、今年は山本コータローです。「岬めぐり」を歌ったそうです・・・。今の高校生に解る歌でしょうかねぇ・・・?いい歌だとは思うのですが・・・さて・・・!?。

 セントレアから11時50分だったかの飛行機です。行きは1時間10分で飛んだと思ったらすぐ着いてしまいました。機内から見える五稜郭・・・写真で見たままの五角形で感激です。でも正直小さいな・・・と思ったのです。五稜郭は1度行ってみたかった場所なのです。何がどうだから・・・という知識は皆無なのですが・・・行ってみたかったのです。国内最後の内戦・・・箱館戦争で土方歳三がこの付近で戦死した・・・ということくらいしか知りませんでした。何のために作られたのか・・・どうしてこれがお城なのか・・・。西洋式城郭建築だったの説明で日本の元来の城と作りが違う事も知りませんでした。奉行所があったなんてことも全く知りませんでした。異彩を放つ五稜郭です。

 五稜郭は2日目の滞在で実際いたのは1時間くらい・・・本当は資料館とかもっと聞きたい話があったのですが時間がないとの事で帰ってからhpで調べようとあきらめました・・・。次女は大砲やらなんやら触りまくってました・・・。ここが何なのか・・・全く理解していない様子でした・・・。この五稜郭は近くでは全く五角形のその姿を伺うことはできません。近くのタワーに上って初めて「おぉ・・・」と感激できるのですが、それでも低いと感じますが・・・。それを察してかその隣りに更に高いタワーが来年4月にオープンするそうです。ここから観れば五稜郭が綺麗にその造形を見せてくれるのでしょうね。

 しかし、あの新撰組の土方歳三は鳥羽伏見の戦いで幕府軍が敗れて、ドンドン北のこの函館までやって来たわけです。蝦夷に新たな国家を築くという夢に乗って・・・なのかは良くわかりませんが、そうせざるを得なかったのかもしれません。死に場所を求めての函館だったのかもしれません。そして新政府軍の銃弾に遭い戦死するのです。享年35才・・・35才ですよ・・・。この時代日本の若者たちは精一杯生きていたわけです。勝てば官軍、負ければ賊軍・・・、日本を守ろうとして旧幕府軍は賊軍になり、負け戦を繰り返し何を思ったのでしょうね・・・。そこが無情に哀れと感じてしまいます。無念だった事でしょう・・・。ですから靖国神社に奉納もされず扱いは賊軍なのです。なんか今の私たちはこんなのんびりしていていいのでしょうか?この時代の人たちが今の日本を見たら・・・若者を見たらなんて思うのでしょう?溌剌と生きる・・・そんな姿が今の私たちには、時折欠けているのかもしれません。

 あっという間の勉強会・研修会で気がついていたら自宅の湯船でした。少々食べ過ぎた週末であった事も書き加えておきます。

コンサート(10/11)

 一昨日、次女の吹奏楽の定期演奏会が学校でありました。子どもたちのやっていることへは積極的に応援すると決めている私は、当然駆けつけました。次女はまだ一年生ですから技量も大した事はありませんが、これまで一生懸命練習をしてきました。そんな姿こそが大切なことなんですよね。晴れの舞台ですから、頑張って演奏していました。楽器はバリトンサックス・・・「バリサク」と娘は略して説明してくれます。我が家へ持って帰ってきたとき一度だけ吹かしてもらいましたが、なかなかどうして難しいのです。何がなんやら良くわかりませんでした。「ボ〜ボ〜」という音色です。バンドを支える低音です。無意識に聞き入っているのが低音です。どうしても主旋律に意識が行きますが、この低音部が無いのとあるのとでは随分違って聞こえます。次女は指揮者である先生の腕を時折上目で見ながら、譜面を追って一生懸命演奏しています。この譜面を読みながらやれると言う事が、もう私には出来ないことです。一度だけ、ドラムの譜面を見ながら叩いた事があるくらいで、普通の譜面はじっくり見ないとわかりません。このことだけで親心は嬉しいのです。まったくもって親ばか以外の何者でもない私なのです。すいません・・・。

 三年生にとってはこれが最後の演奏の機会だということで、三年生だけのステージがありました。さすが三年生です。うまいのです。精一杯やっている姿にこのおっさんは涙腺が緩みました・・・。また、一緒に合掌部が第2部で歌ってくれましたが、驚く事に、3年生3人、2年生2人の6人しかいないのです。1年生は一人の入部者もいなかったようです。これは寂しいことです。それでもこの6人は一生懸命歌っていました。さらに驚いた事に、3年生3人だけで歌ってくれました。大切に歌声を出していることが良くわかりました。綺麗な歌声でした。それを聞いてやっぱりこのおっさんは涙腺が緩みました。一生懸命な姿はやっぱりステキなのです。来年この部はどうなるのでしょう?心配です。

 昨日、夕方より仕事を早めに切り上げて行って来ました名古屋芸術劇場・・・。2年ぶりのチューリップです。楽しみにしていましたので、ワクワクしてまた大好きな上田さんのドラムが聴けるのです・・・。でも・・・、なぜか盛り上がりません・・・。客席は静かに聴いているのです。メンバーも少し困惑している感じがします。名古屋と言う土地柄はなかなか乗ってくれない・・・という話はよく聞きますが、今回はなぜか出足に関しては静かなのです・・・。会場の雰囲気も一役買っている気がしました。観客席が少々明るいのです。こうですとなかなか羞恥心と言いますか、恥ずかしさがなかなかとれません。でもMCなんかは耳をすまして聞いているのです。小言にもささいな仕草にも反応してみな笑っています。最終的にはどっと乗って終わったのですが、少々不完全燃焼のコンサートでした。

この名古屋を制するものは全国を制する・・・というほど(誰が言ったかは知りませんが)ミュージシャンが大成するには観客が乗りの悪い土地柄だそうです・・・。昔、デーモン小暮が言っていました。「土地土地で観客をつかむには・・・関東は『乗っていこうぜぇ〜』と絶叫すると『ウォ〜!!!』と反応する。関西は『東京に負けるなぁ〜!!!』と言うと乗ってくる・・・。名古屋は、こう言ったパフォーマンスでは乗ってこない・・・名古屋の人間には、名古屋弁を連発すると乗ってくる!!」だそうです・・・。何なんだ名古屋人とは・・・?でもわかる気もする・・・。こんなことを書いていたら面白い話を聞いたことを思い出しました。

 かの豪華客船「タイタニック」が氷河に衝突し沈没する事態になったときのエピソード(本当かどうか知りません)。たくさんの乗客が右往左往している最中、老人、ご婦人、子ども達から非難させると皆に告げる際、残らなければいけない男性諸氏にこう説明したそうです・・・まずアメリカ人には「あなたはヒーローになりたいでしょう?」、次にイギリス人には「あなたはジェントルマンでしょう?」、その次ドイツ人には「これが規則だから。」、そして日本人には・・・「みんなそうしているから・・・。」それを言われ各々は納得したという話です。国民性を表した例えですが本当かどうかは全く根拠の無い話ですのでお許しください。たくさんの命が失われた悲劇があったわけですから、こんな悠長な状況ではなかったのが本当のところでしょうね。でももしそうだったらいずれにしても勇気のある決断がしいられた訳です。笑い話ではありません。

 話が脱線しましたが、楽しみにしていた二つのコンサートでした。

あと80円(10/3)

 1日の土曜日、家族で映画を観に行きました。私と嫁さんは「蝉しぐれ」、子どもたちはNANA・・・とかいう映画。「蝉しぐれ」は観終わってなかなか良い感じの映画でした。はかなく切ない思いが残る大人の映画でしょう・・・。また昨日は映画の日ということで¥1.000/一人だそうで、5人で¥5.000です。観賞用にポップコーンと飲み物を買って観ました。嫁さんが¥10.000を持っていっただけで、私も所持金はほとんど持ち合わせていませんでした。前後しますが、映画の待ち時間に、Tシャツ、靴下を購入。映画を観終わってから長女が映画のパンフレットを買い、残りは¥1.000も無かったようです。そして、帰りの道中・・・長男が「腹が減ったぁ・・・ラーメンが食べたい・・・。」とポツリ。それを聞いて皆が賛同!道中、我が家から1kmほど離れたラーメン屋さんへ寄る事になったのです。

 でも「お金が無い・・・」と嫁さん。おもむろに「よし!全員所持金を全部出せ!」と私・・・。ジャラジャラ・・・とみんなの所持金を集めると¥3.200ほど・・・。「¥600のラーメンを食べればOK!」ということと、更に長女が「私は餃子だけでいい・・・」と言うので、意気揚揚と店内へ入って行きました。禁煙席へ通されて、「○○ラーメンを3つと塩ラーメン(¥580で同じ値段)1つと餃子を1つ」と注文しようとしましたら「お金に余裕ができたから僕は味噌ラーメン(¥680)が食べたい」と長男が言うのです。まぁよかろう・・・と思い、「○○ラーメン2つと塩ラーメン1つと味噌ラーメン1つと餃子1つ」と注文しました・・・でも店員さんは「かしこまりました・・・」と言っただけで復唱せずに帰って行きました・・・(でもこれが後で悲劇を生むことになるのです・・・。)

 先ほど観た映画の事をなんだかんだと言い合っているうちに餃子が来ました。長女が頼んだものですが、皆で食べ始めます。4つのラーメンを5人で食べよう!という算段でしたのでこの時点では何にも問題は無かったのです。しかし、○○ラーメンが2つ、塩ラーメンが1つ・・・そして味噌ラーメンが2つ来たのです・・・。「えっ!?」と全員が固まりました。その少し後、私には大丈夫!残った小銭をかき集めれば行ける!と長男の小銭も算段に入れ、この事態を乗り切れると判断したので「はい」と答えました。その後の家族は複雑な心配そうな不思議〜な空気を作ったのです。

 店員さんが去った後、「おい出せ!と長男に言うと、見事に\10円玉ばかりがジャラジャラと・・・。わたしの財布も¥10と¥5が数枚。そして嫁さんの小銭も・・・と当てにしたら、もうどこにも無い!とのこと・・・。この瞬間すこ〜しいや〜な空気が漂い始め、注文したもろもろの合計をすると¥3.400になっています。最初の所持金は¥3.200で¥200のオーバー・・・。さぁ・・・どうなる?と集まった¥10、\5を数えると(数えなくても解っていましたが・・・)合計は¥3.320です。そう!¥80たりません!!何度数えても¥80たりません。家族はじまって以来のピ〜ンチ!なのです!!!さぁ!この家族はいったいどうなってしまうのでしょうか・・・・?(皿洗い?)ドッキドキ!!!!!

 このあと、誰々があんなもん買ったからこうなった・・・だのラーメン頼んだときに確認しなかった店員が悪い!だの、持ってきたときに1つ多いと何故言わなかった!など、あれやこらやと口に付いて出るのは、済んだことへの後悔の念ばかり・・・。家族の輪は一気に乱れていくのであります。「誰か知り合いは来ないかな?」と願ってみたり、誰かを呼ぼうとしたり、いろいろと現状を打破できる術をあれやこれやと探すあわれな家族でありました・・・ベンベン!!。それでもラーメンを口に運びつづける家族たち・・・。味わって食べると言うより、ヒソヒソと身をこじんまりと寄せ合って食べる姿は、哀愁さえ感じるひと時です・・・ベンベン!

 最終的に、家内が「お金取ってくる!」とラーメンをそこそこに食べ、車に乗って戻って行きました。残された家族には、「おかぁちゃん、ありがとう!」と一目散にはせ参じる家内の姿に手を合わせるのでありました・・・ベンベン。

 家内が戻ってくるまで、¥80に泣いたこのひと時をひとつの教訓として、お金の大切さ、普段の心がけ(備えあれば憂いなし)。車の中に置いてある非常時のための小銭を勝手に使うな!など様々な教訓を胸に刻み込んだ!?家族であっただろう・・・と言う事で、今回のお話はこれにておしまいです・・・ベンベン。おかぁちゃんありがとう!!




いろいろ感じる秋の日に(9/25)

 プロ野球ペナントレースも佳境になってきました今日この頃・・・、セリーグは残念ながら阪神優勝が濃厚です。中日の可能性がなくはないわけですが、阪神が急にこけたりすれば、阪神情けない!中日優勝!という括りで終わるくらいですが、まずありえないでしょう・・・(あったら面白いですが・・・)。中日全勝で阪神があと3敗すればなんとか・・・でしたっけ・・・?未練たらしい考えですか・・・?やめておきましょう・・・。

 そんな訳で、セは阪神・・・、だったらパリーグは?と言う事になりますが、今シーズンは是非ロッテにプレーオフを勝って日本シリーズに出てもらいたいと思うわけです。バレンタイン監督も心情的には好きですし、前半あんなに強かったわけですし、今もホークスを猛追しています。そして何よりも大好きなジョニー黒木が復活したと言う事が一番の理由です。先日も2勝目をあげて、状態も良いようですしね。ただその前に投げた試合で、降板した際に、悔しさからかグローブを投げつけていた姿は感心しませんでした。悔しさをグッとかみ締めて・・・・とは言いませんが、大声をあげて悔しさをあらわにしても、大切なグローブはしっかり持っていて欲しかったですね。子どもが見ています。夢を与えるプロなんだということを、決して忘れて欲しくはないです。苦難を乗り越えて復活したジョニーには、あの姿はあっては欲しくありませんでした。シドニーオリンピックで、韓国に破れ涙を流しながら、さわやかに語ったあのときから、ジョニーのファンになりました。頑張れジョニー!!

 今日は本当にいい天気です。秋のさわやかな青い空です。台風17号の余波で風が少々強いのですが、空は抜けるような遠い青さです。気持ちのいい青空です。こんな日にやっぱり仕事なんですねぇ・・・。でも子どもたちは、明日から期末試験です。特に3年生の長男は毎日図書館で勉強しているようです・・・(どうでしょうか?)。次女も昨日は行ってました。図書館は静かで集中できる場所のようですね。私たちの頃はあったのかな?なかったような気もしますし、利用した事はありませんでした。

 捻挫をしてはや3ヶ月がたちます。靭帯は問題なく治ったと思っているのですが、どうも足首の動きが変なんです。そこで近所の整体治療を施してくださる先生を訪ねました。すると足首が少し曲がっていると・・・言う事でした。「グキグキッ」とやってもらうと楽になったのですが、私はどうしても体をかばうという事が下手なようで、また違和感を感じています。「もう一回くらいやったほうがいいよ」ということもあって、明日またうかがうつもりでいます。でもバスケやっちゃァ・・・痛めて、6kmあるいちゃぁ違和感をぶり返し感じて・・・治す気が本当にあるのかないのか・・・、しかも10/2は試合をしようというつもりでいます。

 秋を感じるひとつとして、我が家にはお袋手製の栗きんとんがあります。売っている物とは見た目も違います。売っている物は、粒がしっかりこねられていて、食感もまったりとした物ですが、お袋のは栗のかけらといいますか、破片がしっかり残っています。ですので、モゴモゴ感があって更にでかいので、食べにくいかもしれない代物です。この時期上手く!?行くと当店に来られたら食べる事ができると思います。栗100%の栗きんとん・・・いかがでしょう・・・。味はなかなかです。

運動会の季節です(9/18)

 昨日、次女の中学校の運動会がありました。名称は「団結祭」と言います。競技は全て団体競技、昨今言われている個人の勝ち負けを付けない競技内容・・・と言えばそう言えるのかもしれませんが、皆で自分達の力で何かをするということは、とても大切な事です。リレー、大縄跳び、むかで競争などの大人数での競技から、少人数の競技まで様々です。

 見ものは応援合戦でしょうか・・・。夏休みからずっと練習を続けて来た各団の創意と工夫が、織り込まれた声と動作のみの見ていて楽しい応援合戦です。若いと言う事は良いなぁ・・・といつも思います。きっと見に来ている保護者さんたちも、きっと私と同様のことを思って見えるのではないでしょうか。純粋に喜怒哀楽を発揮しながら頑張っている姿は、大人のちょっと変色してしまった!?心にとっても良く効く妙薬なのです・・・。

 そして夜に、自治会の役員会がありました。議題は、10月の市民運動会の出場選手を決める話です。老若男女の参加ですから、決まりそうでなかなか決まらない・・・。なんだかんだと話し合いがあった末、私たち夫婦は、別々の競技に参加することになりました。私はデカパンリレーに出ちゃいます。以前はラムネ飲み競争に出ましたが、2回とも1位です。意外と炭酸飲料の刺激に負けない喉を持っているらしく、がぶがぶと流し込めるようです。調子こいて言っちゃいますと、口に溜めずに喉で飲む・・・これがコツです。飲んだ後、ゴールまでひたすら走ルンですが、ゲップが必ず襲って来ます。そのとき鼻がツーン!!涙がジワッとウルウル状態でゴールイン!!となるのです。

 それから、タイヤ転がしリレーに出たときは、周りからとっても期待されました・・・いい迷惑でした・・・。「あっ!プロがいる!!!」と大声で知り合いの人が言うもんだから、周りがドッと私に注目した事を覚えています。でも・・・結果は・・・息子曰く「おとうさん!タイヤは誰よりも上手く転がすけど、遅い!!!」と言われました。「悪いかっ!!普段タイヤ転がして走っているわけじゃないし、転がすだけでお金がもらえるんだったら、どんだけでも転がすわっ!!」と言うのが私のその時の言い訳のような心の叫びでした・・・。

 今年は、以前の私とは違う・・・と思いたい寂しい独り言なのでした・・・。

たまには人並みに(9/12)

 10日の土曜日の午後から、子どもたちが休みということを受けて人並みに愛地球博に行ってみました。 実は開催前に大人の入場券を2枚もらっていたのですが、ず〜っと行く気も無く、関心もさほど無く、元来人ごみは大嫌いな性分なので半分忘れていた事だったのですが、25日までと聞き、次女が一度も行く事もなく終わってしまうのもなんだと思い、結局長男長女も引き連れてのお出かけと相成ったのであります。

 近いということは良い事で、東海環状道路美濃加茂ICから藤岡ICまで30分くらいでしょうか・・・。そこから満車となていた駐車場からシャトルバスで20分くらい・・・。1時間くらいで長久手会場に到着です。西ゲートからドッと流れる人の波に乗って入場して行きました。するとここでアクシデント・・・、買った子ども用の入場券が、専用のカードに交換していなかったため、1度入りなおす事になった事と、荷物検査で次女が何故か筆箱を持参していて、その中にはさみが入っていたため、入場時に取り上げられると言うハプニングが起こりました。退場時に取りに来い!ということで何とか入場する事が出来ました。

 昼から来たことで、すでに早朝から来た人たちと比べて元気が良い・・・と言うのは早朝から来た人は、疲れで睡魔と戦っている様子が随所で見られました。でも教訓ですが、お土産は早く買っておくこと・・・、それと観たいと思う人気のパビリオンは並んででも早く観る事、夜になって人が空いてから観ようとした私たちは、結局終了1時間半前には、入場を打ち切ってしまう人気パビリオンのやり方にまんまと観る事が出来ずに帰ってきました。ただ、いろんな国々のパビリオンをいくつも観て帰ってきました。お土産はインドネシア館で買った小さな太鼓です。なんと¥1000だったで思わず衝動買いしてしまいました。もう少し小さいのは¥700です。現地に言ったら日本人は大金持ちなんでしょうね・・・きっと・・・。

 歩いて歩いて、並んで並んで・・・雲っていたことが幸いでそんな辛くも無く、9時頃堪能して帰って来ました。帰りもシャトルバスで20分・・・藤岡のICから25分くらいで美濃加茂に帰って来たと思います。名古屋の中心部から来るよりずっと早く行き来ができるんではないかなぁ・・・と感じました。それとETCはこんなとき非常に良いですね。すっと通れ爽快ですよ・・・。


自宅待機(9/7)

 台風14号・・・先のアメリカ・ニューオリンズを襲ったクリスティーナに匹敵する勢力を持った台風だとか・・・。速度は遅く自転車並みの速さでゆっくりと進んでいます。強風範囲も広く、夜中の3時頃窓ガラスが「ガタガタ・・・」とゆする音で目が覚めました・・・。最初はそれをじっと聞き入っていたのですが、終息するはずもなく慌てて雨戸を閉めました。南の窓にしか雨戸はありません。自分の部屋の雨戸を閉めるために窓を開けると、雨こそはまだ降っていませんが、「ひゅ〜ひゅ〜」と生暖かい音をたてて強い風が吹いていました。自分の部屋だけではいけませんので、隣りの娘たちの部屋の雨戸も閉めに行く事に・・・。計6枚の雨戸を閉めて部屋の中はグッと静かになりました・・・。そんな特別非常行動をとってしまったものですから目がさめてしまい、しばらくTVを観ることに・・・。台風は本当にゆっくりと動いていて各地に多大な被害を与えつづけているようです。

 そして今朝、部屋の中はいっこうに明るくならないものですから、時間がきても変な感覚で起きました。日がさすということは、人にとって大切なことなんだなぁ・・・と、体内時計はこうして刻まれているのかなぁ・・・?と朝から妙な事を思って起きました。そんな朝ですが、3人の子供たちは、暴風雨警報が出ていることが期待通りだったようで「ラッキー!!!」と言わんばかりに、朝食後各々の布団に戻って行きました・・・。「自宅待機」と言う奴です。正午までに解除されなければ「休校」となるわけです・・・。

 私の店も、昨日のみんなの気転で、飛ばされそうな物は大方しまいこんであったおかげで夜中の強風でどうかなった物は、今のところありません。ただ、展示場のシャッターは中途で止めてありますし、電光掲示板やのぼりの類は皆しまいこんであるので、休業しているような状態です。こうしている今は、雨こそ小降りなのですが、時々吹く風は、恐怖を覚えるほど強く、不気味な音を立てています。しかし、私が子供の頃の台風と比べると、大きな台風が頻繁に誕生するようになった気がするのは気のせいでしょうか?異常気象の表れではないかな?と気になります。