カブトフドオ
父 ノーザンディクテイター
母 トカチライン (ラインゴールド)
【平地0勝】
| 年 | 月日 | コース | 距離(m) | レース名 | 斤量 | 騎手 | タイム | 着順 | 頭 | 人 | 勝ち馬(2着馬) | 差 |
| 98 | 11/28 | 京都 | 良 | ダ・3170 | 400万以下 | 57 | 合谷 | 3:38.1 | 1 | 8 | 7 | オーソリティー | 0.0 |
| 平 地 出 走 |
| 12/19 | 阪神 | 良 | ダ・3000 | 400万以下 | 57 | 合谷 | 3:21.4 | 1 | 12 | 6 | オーソリティー | 0.0 |
| 99 | 1/9 | 京都 | 良 | ダ・3170 | 牛若丸ジャンプS | 60 | 合谷 | 3:34.1 | 2 | 14 | 1 | デピュティスズカ | 0.2 |
| 1/30 | 京都 | 良 | ダ・3170 | 淀ジャンプS | 59 | 合谷 | 3:35.5 | 4 | 14 | 3 | ゴッドスピード | 0.5 |
| 2/13 | 京都 | 良 | ダ・3170 | オープン | 60 | 合谷 | 3:35.7 | 4 | 13 | 1 | グランドハヤブサ | 0.9 |
| 4/17 | 阪神 | 良 | 芝・3170 | オープン | 60 | 合谷 | 3:30.6 | 3 | 14 | 2 | レガシーロック | 1.7 |
| 4/24 | 京都 | 良 | ダ・3170 | オープン | 59 | 合谷 | 3:33.7 | 1 | 13 | 1 | シンメイライコウ | 0.0 |
| 5/16 | 京都 | 良 | 芝・3170 | 京都ジャンプS(G lll) | 59 | 合谷 | | 落馬 | 13 | 2 | 競走中止 |
| 5/29 | 中京 | 良 | 芝・3330 | オープン | 61 | 合谷 | 3:39.2 | 4 | 13 | 2 | ヤスノテイオー | 1.1 |
| 6/19 | 阪神 | 稍 | ダ・3140 | オープン | 62 | 合谷 | 3:31.9 | 5 | 7 | 1 | ブレイブハンター | 1.1 |
| 予後不良(左後繋靭帯断裂) |
<脚 質> 差 し
京都 2−1−0−3 右芝 0−0−1−1
阪神 1−0−1−1 右ダ 3−1−0−3
中京 0−0−0−1
小倉 0−0−0−0 左芝 0−0−0−1
中山 0−0−0−0 左ダ 0−0−0−0
東京 0−0−0−0
福島 0−0−0−0 重 0−0−0−0
新潟 0−0−0−0
4歳秋、初障害にもかかわらず障害400万以下に出走したが、ここで奇跡ともいえる勝利を挙げると、平地を挟んだ障害2戦目でも同条件であったもののメンバー強化に関わらず障害緒戦と同じようなレースで2連勝を飾った。
5歳になり、初のオープン相手となった牛若丸ジャンプSでは1番人気に推され2着。その後はなかなか勝ち切れないレースが続くも、オープン5度目のレースで3勝目を挙げた。重賞制覇を狙った京都ジャンプSでは落馬してしまったが、実力の一旦を見せたレースだった。
そして'99年6月19日のレース後に左後繋靭帯断裂を発生していることが判明し、5歳にしてそのまま帰らぬ馬となった。真っ直ぐに飛越をする素晴らしい馬で、まさに「障害競走の申し子」のような馬であったが、重賞制覇の夢を達成することができず、最後は残念な結果となってしまったのは非常に悔やまれる。
● ベストレース
98年12月19日の障害400万以下。ちょうど悲劇の半年前になる。初障害で障害400万以下を勝ったにもかかわらず、フロック視されていたカブトフドオは低評価の6番人気。
勝って同条件、同斤量、そして2戦目での上積みを考えれば、もっと人気になって良いはずだったが、初戦の勝利は偶然としか見られていなかったようだった。
レースでは、初障害時とは違い、最初から飛越がスムーズで流れに乗り、順まわりの向正面で早くも前を捕らえて楽に先頭に立ち、最後は平地力のなさを勝負根性でカバーして、
内で粘るオーソリティーを抑えて障害2連勝を飾った。しかも、それがともに400万以下というのがすごい。翌年からの障害競走改革にて、このレースが最後の障害400万以下となり、
その最後にカブトフドオの名をしっかりと刻み込んだ素晴らしいレースだった。
1995.5.6 生
引退馬(関西)へ