アワパラゴン
父 モーニングフローリック
母 ダイナギャラクシー (ノーザンテースト)
【平地5勝】 新 馬、500万以下、500万以下、皿倉山特別(900)、ジューンS(1500)
| 年 | 月日 | コース | 距離(m) | レース名 | 斤量 | 騎手 | タイム | 着順 | 頭 | 人 | 勝ち馬(2着馬) | 差 |
| 97 | 4/19 | 京都 | 良 | ダ・2910 | 未勝利 | 59 | パウエル | 3:14.4 | 1 | 10 | 2 | アドマイヤルビー | 0.9 |
| 5/18 | 東京 | 重 | ダ・3100 | 400万以下 | 59 | 林 | 3:24.1 | 1 | 8 | 1 | オプティマム | 2.5 |
| 6/22 | 阪神 | 稍 | ダ・3150 | オープン | 59 | 林 | 3:27.4 | 1 | 8 | 1 | ネーハイジャパン | 2.0 |
| 3ヵ月休養 |
| 9/13 | 阪神 | 良 | 芝・3150 | 阪神障害S(秋) | 61 | 林 | 3:28.9 | 1 | 11 | 1 | イブキサイレンス | 1.2 |
| 10/18 | 東京 | 良 | 芝・3300 | 東京障害特別(秋) | 63 | 林 | 3:38.1 | 1 | 9 | 1 | ネーハイジャパン | 0.5 |
| 11/15 | 京都 | 良 | 芝・3930 | 京都大障害(秋) | 59 | 林 | 4:26.4 | 1 | 10 | 1 | ケイティタイガー | 0.1 |
| 4ヵ月半休養 |
| 98 | 3/29 | 中山 | 良 | 芝・2500 | 日経賞 G ll | 57 | 林 | 2:37.0 | 12 | 12 | 10 | テンジンショウグン | 2.6 |
| 4/18 | 中山 | 重 | 芝・4100 | 中山大障害(春) | 59 | 林 | | 落馬 | 8 | 1 | 競走中止 |
| 6ヵ月休養 |
| 10/17 | 京都 | 不 | ダ・3170 | オープン | 61 | 林 | 3:41.5 | 2 | 8 | 2 | レガシークレスト | 1.2 |
| 11/15 | 東京 | 良 | ダ・3300 | オープン | 62 | 林 | 3:39.9 | 6 | 11 | 1 | ビクトリーアップ | 1.2 |
| 引 退 |
<脚 質> 逃 げ
京都 2−1−0−0 右芝 2−0−0−1
阪神 2−0−0−0 右ダ 2−1−0−0
中京 0−0−0−0
小倉 0−0−0−0 左芝 1−0−0−0
中山 0−0−0−1 左ダ 1−0−0−1
東京 2−0−0−1
福島 0−0−0−0 重 1−1−0−1
新潟 0−0−0−0
平地では小倉で芝・2600mのレコード駆け、準オープンでの勝利など、まずまずの活躍をしていた。障害入りしてからは、緒戦こそ中団からのレースだったが、その後はスピードの違いでハナに立ち、そのまま押し切るレースで圧勝の連続だった。
平地長距離で活躍していたこともありスタミナも十分で、H9年は無敵の6連勝。京都大障害(秋)後に骨折が判明し、ストレートでグランドスラム達成にはならなかったが、その年は最優秀障害馬の勲章を手に入れた。H10年春、中山大障害でグランドスラムに挑戦するも大竹柵で落馬。
その後休養し、秋に復活。緒戦を2着にまとめ、この秋こそグランドスラム達成を期待されたが、その夢半ばにして故障の憂き目に遭い、そのまま引退となった。とにかく飛越でスピードが落ちないのがこの馬の持ち味だった。しかも平地力もあるため、全盛時は力が抜きんでていた。
● ベストレース
圧勝のレースが多かったが、印象に残っているのは97年11月15日、京都大障害(秋)である。序盤はハナに立っていたが、ビッグスワンでバランスを崩し3番手に後退。3周目はじっと3番手で我慢し、直線で粘るケイティタイガーを交わし6連勝を達成した。
自分のレースができないまでも堂々と勝ったこのレースこそが、この馬の真の強さを知らしめるものだったのではないだろうか。
1991.5.24 生
引退馬(関西)へ