「祝詞殿」完成祝う奉祝祭(24〜26日) 犬山・針綱神社 ・・・180318掲載
造営に約2400人が寄付
●神宮式年遷宮 御神木奉迎送記念
犬山市の針綱神社(小山正雄宮司)で今月24日から3日間、第62回神宮式年遷宮の御神木奉迎送記念事業として、昨秋しゅん工していた祝詞殿(のりとでん)の完成を祝う「奉祝祭」などが行われます。
新しくなった針綱神社の祝詞殿 同神社の社殿は明治15(1882)年に建てられたもので、すでに120年以上が経過。老朽化に加え、特に神官が神事をつかさどる祝詞殿は狭く、拝殿の参拝者が神事の進行状況を確認しにくいということもあって、建て替えが望まれていました。伊勢神宮のご神体を納める器「御樋代」(みひしろ)に使われるご神木が昨年6月6日、同神社に宿泊。祝詞殿の造営はこれを記念した事業で、神社、造営奉賛会(高橋隆治会長、会員約140人)、総代会(服部栄会長、50人)が広く一般から寄付を募って進めていました。新しい祝詞殿は約14坪で、従来のほぼ倍の広さがあり、ヒノキの香りで包まれています。今回の工事では本殿の御簾、擬宝珠の金具の取り替え、塗り替え、ひさしの銅板も吹き替えられました。
工事は昨年5月に着工し、約6000万円かけて10月20日に完成。造営のための建築費用は、約2400人から寄せられ、寄付した人には記念品として取り壊された祝詞殿の柱で作った標札(2万円以上)、屋根の銅板で作ったしおり(5000円以上)などが進呈されることになっています。小山宮司は「今回の奉祝祭は式年遷宮に関する当社最後の行事です。今回の造営を含め記念行事に際しまして、多くの方々にご協力いただき感謝申し上げます」と話していました。
●奉祝祭と関連行事
行事の開催時間と内容は次の通りです。
【24日】(臨時大祭)午前11時より、神社関係者、奉賛会員、高額寄付者らが出席して祭典が行われます。熱田神宮の雅楽とみこ舞いを奉納。
【25日】(奉祝祭)午前10時より総代会、一般寄付者らが出席して祭典が始まります。神賑わいとして同10時30分より階段下の駐車場で丸山木遣保存会、坂下中々切お神楽、犬山空手教室、犬山一番太鼓龍王組の演武、演奏が披露されます。午後1時終了予定。
【26日】(稚児行列)申し込みのあった稚児100人とその家族が参加。午前9時より参集殿で受け付けが始まり、同10時30分より3班に分かれて犬山北小学校、犬山市福祉会館を経て、同神社まで練り歩きます。

 万博の感動をもう一度
●25日に愛知県体育館などで記念イベント
愛知を舞台に、県民や企業らの総力を結集して大成功を収めた愛知万博。愛知県は、開幕1周年に当たる25日に愛知県体育館・西亀甲広場・東亀甲広場で「愛知万博開幕一周年 県民の集い〜ワクワク満載!EXPOから未来へのテイクオフ!〜」を開催します。万博での県民参加や国際交流の取り組みを、今後の地域づくりに生かしてもらおうと県民参加の企画で、コンセプトは「今を越える、新しい時代の地域づくりのテイクオフを象徴するイベント」。
愛知万博開幕1周年イベントに出演する扶桑町の「歩〜あゆみ〜」
●木曽川うかい等出演
西亀甲広場特設ステージでの、愛知万博185日間の熱気を再現する「熱気再現!あいち・おまつり広場!」には、大口町から「菜花・鳴子ファイターズ(10:30)」、犬山市から「木曽川うかい(10:50)」扶桑町から「歩〜あゆみ〜(11:10)」、江南市から「まちづくり江南市民会議(12:00)」、の各団体が参加、イベントを盛り上げます。また、大人気だったユカギルマンモスの凍結標本が再度来日。見逃した人にはうれしい展示となります。主なイベントは次の通り。
【県体育館特設ステージ】第1部(11:00〜12:30、自由入場)愛知・夢の合唱団ファミリーコンサート。ガチャピン・ムックと遊びまShow!。作文コンクール優秀作品発表・表彰など◆第2部(13:00〜18:20、要整理券)「愛知の未来探検隊!!」。「世界に届け!愛知万博一周年コンサート」
【西亀甲広場】熱気再現!あいち・おまつり広場!◆地域の特産品の販売◆NPO・ボランティア団体の活動紹介◆愛知グリーンマップ展示◆どんぐりや折り紙で作るモリゾーとキッコロのワークショップなど
【東亀甲広場】ユカギルマンモスミュージアム(当日整理券配布)
【県体育館1階ロビー】外国館からの贈呈品展示◆玉屋庄兵衛創作からくり展示など

 わが町の昭和と平成
●名草線 (古知野町桃源地内)
昭和39年の名草線(江南市古知野町桃源地内)。現在の道路幅と同じで、道路右側にはバスを待つ人の姿が見られます。(江南市役所提供)
現在は車の往来も激しく、道路沿いには商店が立ち並んでいます。
江南市を南北に走る県道名古屋江南線は、「桃源」交差点から県道江南関線と名称を変えて北上する主要道路で、通称名草線。上の写真は昭和39年に撮影した古知野町桃源地内の名草線沿いの様子。手前の交差点を右へ折れると愛栄通。さらに新町通り、本町通りと続き江南駅(当時古知野駅)へ通じるこれらの商店街は、人通りも多くにぎわいを見せていました。道路左に写る五郎油店は、いち早く”くるま社会”の到来を見越して、愛栄通から道路幅の広い名草線沿いに店舗を移し、同38年2月オープン。現在も同じ場所で営業を続けています。当時、周囲は畑が目立ち住宅もまばら。まだ、市内に信号機はありませんでした。その後、名草線沿いに出店したユニー江南店はバロー江南店に姿を替えたほか、現在は銀行、ファミリーレストラン、自動車や携帯電話のショップ、写真館などが立ち並んでいます。

尾北ホームニュースでは、平成の現代と対比することができる、なつかしい昭和の写真を探しています。提供可能な写真をお持ちの方は、尾北ホームニュースTEL0587(53)3001までご連絡をお願い致します。次回は4月1日に掲載します。


 
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