南アフリカの友人

Laszlo との5日間

1.プロローグ

 以前製作した拙作、南アフリカ連邦共和国(以下、南アと略す)鉄道風の「ガーラット型・蒸気機関車(以下、蒸機と略す。)」がきっかけとなって、かねて文通だけの交流をしておりました、南アの友人 Dr. Laszlo T. Kozma氏が来日し交流を深めたことを報告致します。

 彼はファインセラミックスを専門とする医学博士(歯)で、南アの首都プレトリア郊外に住む大の蒸機ファンでもあります。10月末からその専門の国際会議がソウルと横浜で開催され、終了後我が家に立ち寄りたいと言うことでした。
 当初1日だけの予定だったのですが、それでは鉄道模型の話もできないし、蒸機の撮影も無理だから1週間帰国を延ばすように勧めたのでした。(日本と南アとの直行便は、週に1便しかないのです。)そして11/ 06午後新幹線で名古屋に到着、11/ 10までの5日間行動を共にすることにしたのです。

2. Laszlo氏の鉄道に対する造詣

 彼は南アはもちろん、欧州各国さらに日本まで趣味の対象で鉄道模型はHOですが、最近はZゲージも始めたとのこと。対象は蒸機列車なのですが、鉄道全般の造詣は深く、特に蒸機全盛時代の欧州各国の歴史に詳しく、ドイツ、オーストリア、ハンガリー帝国時代の皇帝用列車には詳しい解説をしてくれました。彼の二人のご子息にも古いハンガリー皇帝と同じ名前を付けたそうです。
 南アの有名な大型ガーラット機関車 "GMAM" や 2-4-2の赤い大型蒸機 "The Red Devil" の他、蒸機牽引の列車が残っており、欧米からもファンが押し掛けてくるそうです。彼からもらった写真集やビデオを見ると雄大な風景の中を疾走する美しい蒸機に圧倒されてしまいます。

 後日、梅小路元機関区に案内して驚いたのは、彼の予備知識は日本の蒸機にも精通し、代表的な形式は既にご存じ、D51が「ミカド型」と呼ぶのかも改めて解説をする必要がない程でした。彼の質問に対して、いい加減な返事はできないことを痛感した次第です。来日以前に既に興味を持っており、特に古典機や宮廷列車には目がないとのこと、日本のお召し列車に興味を持っています。
 欧州では宮廷列車の模型が多く販売されているのに日本では何故ないのか、日本のファンは新幹線のような車両が好きなのかとの質問には、何故ないのか真の理由は別として同感です。欧州における鉄道模型は特殊な趣味ではないのに、日本はまだそこまで認知されていないから商売にならないと答えたのですが。
 もっとも彼が日本型に興味を感じる理由の一つには、南アと日本の在来線が同じ狭軌であると言う親近感もあるようです。 

3. 大井川鉄道・蒸機列車撮り歩き

 来名翌日の11/ 07、第2日目は、大井川鉄道の蒸機列車撮影の旅です。
 前夜、我が家でのささやかな歓迎パーティーで話が弾み、あっという間に夜が更けたのにも係わらず翌朝6時に起床、朝食もそこそこにマイカーで出発。かねてご同行をお願いしてあった井上副会長と宮崎さんをお誘いし、先ずは東名・掛川IC経由で1号線へ。途中浜名湖SAでの小休憩タイムに井上副会長ご持参のOJの木造電車を披露、彼は全部手作りとは信じられないと驚嘆しておりました。
 掛川までは順調だったのですが、早朝1号線で交通事故があって通行止め。この先、金谷方面への迂回路も渋滞であわや計画は挫折かと思いきや、最初の目的地点には間に合いませんでしたが、1番列車撮影は地蔵峠の上から機関車の形式も判別できない超望遠で何とかセーフ。
 この日の蒸機列車は、事前に大井川鉄道本社に電話確認の結果、幸運にも臨時列車があるとのこと、計3往復の蒸機列車を撮影できることになったのです。

 撮影名所、大井川第3橋梁でC10の牽引する客車3両の臨時列車を撮影、次は駿河徳山駅でC11牽引の発車を撮影。先刻のC10折り返し4本目の列車もここで撮影、一路終点の千頭へ直行。昼食後SL記念館に立ち寄り、千頭駅構内でC56の入換作業や井川線の列車を見学、C11牽引折り返し列車の発車を撮影。最終列車C56のバック運転は、大井川第1橋梁で撮影、この頃になってようやく曇天だった空も少し明るくなってきました。
 全蒸機列車を撮影後、新金谷の大井川鉄道本社を表敬訪問、白井・元副社長(現:大鉄技術サービス・相談役)や清水専務にもお会いでき、閉館後の「大井川鉄道記念館(プラザロコ)」をわざわざ開けてご案内していただきました。帰途、夜は浜松駅近くの鰻やで「うなぎ」ディナーにしようと言うことになり、初来日でうなぎも初体験と言う彼も満足してくれました。

4. 明治村の古豪たち

 11/ 08、第3日目は明治村です。
以前開村したばかりの頃行ったことはあるのですが、今回は宮崎ご夫妻をお誘いしての見学です。
この日の蒸機運転は旧尾西鉄道の12号機で、新橋−横浜間を走った仲間の英国シャープ・スチュアート社製の由緒ある機関車です。両端の駅の転車台で方向転換するため、スクリュー式連結器の解放、連結作業を見ることができ欧州の行止り駅ではお馴染みの光景を彷彿とさせます。米国ブルックス社製の旧尾西鉄道の1号機や木造の蒸気動車、鉄道院・旧新橋工場内に保存されている御料車群を見て彼も嬉しそうでした。
 彼は鉄道に限らず、古い日本の建築や文化にも関心があり明治の文豪や歌舞伎、浮世絵等も興味を持っています。帰宅後、宮崎ご夫妻も含めての賑やかな親睦パーティーで盛り上がりました。

5. 尾張名古屋は...

 11/ 09、第4日目は、名古屋城、書店、鉄道模型店のウォーキングで、「城」に興味を持つ彼の希望で妻と3人で先ずは名古屋城へ。
 午後は、前日明治村で情報を仕入れた文豪たちの洋書と鉄道模型の購入で丸善と市内の模型店を駆け足で回りました。地下鉄の1日乗車券はこういう目的にはピッタリですね。HOとZ以外はやっていないはずの彼だったのですが、日本でNゲージを再発見したと言って、C59、C55、D51を始めそれらに似合う3編成の列車を揃え、さらにレール、ポイント一式を購入。帰国後日本型のNレイアウトを作ると言い始めたのです。(知らないゾー !!) 彼の話では、HOの欧州製品は南アでは日本よりはるかに安く、Nは逆に少し高いとのこと。
 夕刻、大府市内でのクラシックコンサートに家族とともに招待、夜遅く帰宅後、本の山と鉄道模型のパッキングのやり直しで大騒動でしたが。

6. 京都は梅小路から 

 11/ 10、同行最終日は京都です。再パックした大きなトランクケースはずっしり重く、残る3日間彼の単独旅行には厳しいと判断。朝、自宅近くの宅配業者に関西空港までの配送依頼をして、京都へは身軽になって新幹線で行くことにしました。この日は井上副会長も名古屋からご同行、目指すはもちろん梅小路です。
 京都からは発車間際の山陰本線の電車に飛び乗り、丹波口で下車、後は線路に沿って機関区まで徒歩。ここには9月末、「鉄道模型大集合 in Osaka '98」で大阪からの帰途寄ったばかりですが、この日はD51が煙を吐き、山口線のC571が全般検査のため入場していました。
 動態保存は少ないとは言え、C62を始めとする多数の蒸機が一同に会するここに彼も大満足、一日中いても良いと言っていました。平日のためか、一般の入場者は少ない反面、幼稚園児の写生大会で一杯。彼らは昼食時にはやや離れた公園に集合してくれたため、撮影には絶好となりました。新装なった旧「二条」駅舎の入り口に展示してある日本と世界の代表的なHO蒸機を彼は熱心に見ていました。

 梅小路を出て、阪急、京阪と乗り継ぎ出町柳へ。当初は時間が許せば鞍馬山往復と考えていたのですが時間不足で急遽予定を変更。翌日から単独行動の彼の予行演習も兼ねて、一人では行きにくい「銀閣寺」までバスで行くことにしました。紅葉少し早い室町時代の書院造、石庭とも興味は尽きないようでした。あたりが暗くなる頃、京都駅に戻り帰国の航空券のリコンファームと倉敷のホテル予約を電話してようやく気が楽になり、再会を願って最後のお別れパーティで「カンパイ !!」。彼は近鉄京都駅まで私たちを見送ると言って、見えなくなるまで改札口で大きく手を振ってくれたのです。

7. エピローグ

 初体験の日本食もOKで、「うなぎ」、「そば」、「天ぷら」、「しゃぶしゃぶ」、「さしみ」、「みそ汁」の味と箸の使い方も覚えたようです。その後彼は単独で京都市内めぐり後京都に再泊。倉敷、姫路城を見て11/13夕刻、関空からヨハネスブルクへ無事帰国致しました。
 「カンパイ」以外、全く日本語がダメな彼が単独で京都を回れたのかどうか、いささか気になり帰宅後ホテルに電話したところ、案の定バスは往生したと言っておりました。それでも無事ホテルに帰って「TMS・NMRC特別号」(私のいい加減な英訳ダイジェスト版 ??の方)を読んでいたとの返事に先ずはホッとしたのですが。

 ガーラット機関車以外、ほとんど予備知識を持っていなかった南アですが、大阪、ソウル、横浜、東京経由で運んでくれた南アの美しい蒸機のカラー写真集やビデオを見ていると、次は南アへ行ってみようと夢は膨らんできます。
楽しくも充実した5日間もあっという間に過ぎ、この間、朝から晩まで英語漬けでした。海外に出かけても四六時中そうは会話する機会はありませんので、密度の濃い生きた英会話の勉強ができたと思っております。最初はぎこちなかった会話も、慣れてくると平気になってくるのが不思議です。もっとも相手もこちらの語学力にレベルを合わせてくれたからでしょうけれど。
 遙か遠い南半球の国に日本の蒸機に詳しいファンが存在することと、いずれ南アの片隅で日本型レイアウトが花を開き、C59の牽引する特急「さくら」が彼地を走り回る情景を想像しますと何となく楽しくなってきます。

 最後にご多忙中、お供くださいました井上副会長と宮崎ご夫妻には誌上をお借りして感謝申し上げます。楽しくも忙しい5日間、先ずはお疲れさまでした。 (カンパーイ !!)                           (完)

(Yard No. 568 Jan. 1999 から転載