足助まちづくり年表

650〜655年(白雉年間) この頃、足助八幡宮創建(白鳳2年)と伝える。
12世紀 足助の地が皇室領に組み入れられる。
1159年(平治元年) 綾度平勝寺の木造観音菩薩像(在銘)が造られる。
12世紀中頃 飯盛山に経塚が造られる。

尾張河辺庄山田重直、足助荘司となり、その子重長(賀茂六郎・足助左兵衛尉)が足助へ来て黍生城に住むと伝える。

1189年(文治5年) 三河鈴木の祖鈴木重善、高橋庄矢並に入ると伝える。
1331年(元徳3年元弘元年) 平勝親王、関白二条良基と共に足助郷の中之御所に居住すると伝える。<平勝寺略縁起>

笠置山合戦。笠置山落城し、総大将足助次郎重範、捕らわれる。(元弘の変)

1366年(貞和5年・21年) 矢並の鈴木重氏。則定城を築き移ると伝える。
1367年(貞和6年・22年) 見誉上人(足助重宗の次男)、松平高月院を建立すると伝える。
1388年(嘉慶2年天中5年) 足助重範の娘滝野、関白二条良基が没したことを聞き、良基使用の装束を飯盛山中に埋めたと伝える(装束塚)。
1427年(応永34年) 白峰祥瑞、飯盛山香積寺を建立する。
1466年(文正元年) 足助八幡宮本殿が再建される。
1525年(大永5年) 松平清康、2000余騎にて足助城を攻める。鈴木雅楽守重政、清康に属す。
1554年(天文23年) 今川義元家臣馬場幸家・堀越義久等、3500余騎で足助城を攻める。

鈴木重直、今川氏に属す。

1564年(永禄7年) 松平家康3000余騎で足助城に押し寄せる。鈴木重直、家康に属す。
1571年(元亀2年) 武田信玄2万5000余騎で足助城を攻める、鈴木重直、防げず城を退去する。
1573年(元亀4年) 松平家康の長男岡崎三郎信康、3000余騎で足助城を攻略し、鈴木氏を入れる。
1579年(天正7年) 鈴木正三、則定城主鈴木忠兵衛重次の長男として生まれる。
1590年(天正18年) 鈴木忠兵衛重次、徳川家康に従い上総へ移る。鈴木喜三郎も共に関東に入国するが、間もなく浪人する。
1612年(慶長17年) 足助八幡宮に岩神村の沢田四郎右衛門尉が扁額「鉄砲的打図板額」を奉納する。
1619年(元和5年) 鈴木重三(正三)「盲安杖」を著す。以後「因果物語」「二人比久尼」「麓草分」などを著す。
1620年(元和6年) 鈴木重三、42才で出家し、石平道人と称す。家は養子重長が継ぐ。
1631年(寛永8年) 鈴木正三、石ノ平(豊田市)に石平山恩真寺を建立する。
1634年(寛永11年) この頃、香積寺11世住職、参栄本秀和尚、楓と杉を参道に植える。
1638年(寛永15年) 鈴木正三、十王堂(足助字宮平)を建立する。
1639年(寛永16年) 鈴木正三、二井寺(旭町押井)を再建する。

鈴木三郎九郎重成、天草の初代代官となる。兄の正三、重成の補佐として九州に赴く。

1645年(正保2年) 参栄和尚、近江蒲生郡(滋賀県)で没す。
1655年(明暦元年) 鈴木正三没す。
1680年(延宝8年) 本多淡路守忠周、采地5000石を陸奥白河より三河に移され、陣屋を足助に置く。
1779年(安永8年) 風外本高、伊勢渡会郡押淵で生まれる。
1781年(天明元年) 西町に道標(町内に存在する最古の道標)が建てられる。
1788年(天明8年) 板倉塞馬、池田屋に生まれる。
1807年(文化4年) 塩ノ沢村七三郎没す。
1819年(文政2年) 村井貞次、大島石川家の武運長久を祈り、こもでしの滝に不動明王を祀る。
1830年(文政13年) 板倉塞馬、伊勢松坂在で黒炭の製法を習い、川端村の河合儀左衛門に伝授したと伝える。
1831年(天保2年) 慈本、則定村の羅漢山で念仏修行をする。(〜同4年)
1833年(天保4年) 風外本高、55才で香積寺の住職となる。
1836年(天保7年) 加茂一揆が発生する。
1862年(万延2年) 普光寺境内に、板倉塞馬の句碑が建てられる。
1867年(慶応3年) 板倉塞馬、酔月社の協力を得て、新町に芭蕉の句碑を建てる。

板倉塞馬没す。

1890年(明治23年) 愛知県、訓令により、足助村を足助町と改称する旨を示達する。
1897年(明治30年) 伊勢神トンネルが竣工する。
1900年(明治33年) 中央本線・名古屋〜多治見間開通。
1906年(明治39年) 町村合併が実施される。金沢村・伊勢神村・賀茂村が合併して賀茂村に、阿摺村・大和村・瑞穂村が合併して阿摺村に、穂積村・豊栄村・盛岡村が合併して盛岡村となる。
1907年(明治40年) 足助八幡宮本殿、国宝(現・重要文化財)に指定される。
1910年(明治43年) 商工会が設立される。
1914年(大正3年) 足助自動車株式会社が創立し、足助、挙母(豊田)、岡崎の運転を開始する。<東加茂郡史>
1915年(大正4年) 尾三自動車の乗合自動車が足助まで入る。
1923年(大正12年) 青年団に「風致向上部」を設け、巴川両岸に町民の協力を得て桜の大増植を行う。
1924年(大正13年) 飯盛山一体を「森林公園」とするため町民の協力を得て整備が行われ、登山道も開設される。
1925年(大正14年) 飯盛山一帯を「森林公園」とし、登山道に電灯がつけられる。
1928年(昭和3年) 三河鉄道が西中金まで開通する。
1930年(昭和5年) 大阪毎日新聞・本山彦一社長によって「香嵐渓」の名称がつけられる。
1932年(昭和7年) 足助保勝会(観光協会の前身)らが結成される。
1934年(昭和9年) 町民の協力を得て、第1回楓の成木移植が行われる。
1937年(昭和12年) 町民の協力を得て、第2回楓の成木移植が行われる。

綾度・平勝寺の木造観音菩薩坐像、国宝(現・重要文化財)に指定される。

名鉄自動車、尾三自動車を買収する。

1938年(昭和13年) 南信自動車が名鉄急行バスの運行を開始する。
1947年(昭和22年) 足助町観光協会が設立される。
1950年(昭和25年) 町制60周年を記念して「香嵐渓もみじまつり」が開催される。
1951年(昭和26年) 愛知県、加茂など8県立公園を指定する。

県立足助高等学校が足助小学校内に設立される。

足助町観光協会、香嵐渓に楓・桜の植樹をする。以後毎年継続される。

1952年(昭和27年) 足助高等学校が岩神に移転する。
1953年(昭和28年) この頃、待月橋の命名と、つけ替え工事が行われる。

飯田街道、三州街道、国道に昇格し、二級国道名古屋塩尻線となる。

1955年(昭和30年) 4ヶ町村合併し、足助町となる。

足助町教育委員会ができる。

足助町観光協会が新発足。

1955年(昭和32年) 西町に駐車場をつくる。
1958年(昭和33年) 香嵐橋が架橋される。
1959年(昭和34年) 香嵐渓キャンプ村開村。

伊勢湾台風により大被害を受ける。

足助町役場の新庁舎が竣工される。

中部農協と東部農協が合併して、足助町農業協同組合となる。

1960年(昭和35年) 新伊勢神トンネル(1245M)が完成する。
1961年(昭和36年) 公民館が設立される。

新待月橋完成。

1962年(昭和37年) 綾度の夜念仏と盆踊りが県の文化財に指定される。
1963年(昭和38年) 足助・西部・北部農協が合併して足助町農業協同組合となる。

宮町に駐車場をつくる。

1964年(昭和39年) 落部に駐車場をつくる。

一の谷開業。

1966年(昭和41年) 香嵐渓スケートセンターが岩神に開業。

足助病院、岩神へ移転する。

1967年(昭和42年) 学校下に中央駐車場をつくる。

足助神社、足助八幡宮隣へ遷宮される。

1969年(昭和44年) 町営の香嵐渓観光センターが宮平につくられる。

神越渓谷ます釣り場(御内蔵連)が創業する。

1970年(昭和45年) 香嵐渓グリーンファーム(三ツ足栗園)が開業する。

愛知高原国定公園として指定される。

1971年(昭和46年) 3つの中学校が合併して、足助中学校となる。

東海自然歩道のうち鳳来寺大野〜足助香嵐渓が開通する。

1972年(昭和47年) 猿投グリーンロードが開通。

室口温室組合発足。

1973年(昭和48年) 山村振興事業として、足助町農林センターが建設される。

足助八幡宮創建1300年祭が挙行される。

1975年(昭和50年) 香嵐渓ビジターセンター開設。

田ノ士里湿原、県の自然保護地区第1号に指定される。

足助の町並みを守る会」発足。

1976年(昭和51年) 茶席・助庵が完成。
1978年(昭和53年) 第1回「全国町並みゼミ」を開催。

「いこいの村愛知」開業。

1980年(昭和55年) 三州足助屋敷」開館。

香嵐渓命名50周年記念式を挙行し、全町各区より楓の植樹を行う。

香嵐渓が国鉄の周遊指定地に指定される。

1981年(昭和56年) 第1回足助ルネッサンス開催。以後毎年行われる。
1982年(昭和57年) 「足助中馬館」開館。

足助重範公650年塞祭を挙行。

1984年(昭和59年) 旧稲橋銀行足助支店社屋(現・足助中馬館)県の文化財に指定される。

農業者トレーニングセンター完成。

1985年(昭和60年) 観光協会事務所を観光センター2階に開設する。

公民館及び参州楼完成。(町制30周年記念事業)

住宅販売会社「ほるくす」が発足。

1986年(昭和61年) 足助警察署が岩神に移転。跡地に宮町駐車場を拡幅。

フォルクスハウス-町営桑田和住宅-完成。

足助の川を守る会発足。

サントリー地域文化賞受賞。

怒田沢農村歌舞伎36年ぶりに復活。

1987年(昭和62年) 情報連絡無線スタート。

足助資料館オープン。

農村アメニティーコンクール優良賞入賞。

1988年(昭和63年) 香嵐渓ライトアップ始まる。

いこいの村愛知サンスポーツランドオープン。

足助屋敷から生活の提案シリーズ始まる。

足助町シルバー人材センター発足。

1989年(昭和64年・平成元年) 明川農村歌舞伎37年ぶりに復活。
1990年(平成2年) 町制100周年。

福祉センター百年草オープン

足助山草研究会発足。

1992年(平成4年) 観光センター駐車場を整備する。

落部駐車場を拡幅する。

1993年(平成5年) 足助神社裏仮設駐車場整備。

真弓山に足助城跡公園オープン。

百年草ホテルオープン。

城祉公園足助城オープン。

宮町立体駐車場の整備。

足助まちづくりの会発足。

1994年(平成6年) 平安建都1200年全国祇園祭山笠巡行に足助祭参加。

わかしゃち国体秋季大会(インディアカ会場)。

1995年(平成7年) 大見及び椿立小学校閉校。

三州足助屋敷開館15周年記念式典。

パン工房「バーバラはうす」オープン。

足助川万灯まつりが始まる。

足助八幡宮七草粥が始まる。

1996年(平成8年) フォラソン足助96開催。

足助シャングリラ計画(第3次総合計画)スタート。

萩野小学校改築竣工。

萩野に農林家婦人活動促進センターオープン。

足助城月見の宴が始まる。

1997年(平成9年) 足助町ボランティアガイド、スタート
1998年(平成10年)

綾渡の夜念仏と盆踊りが国の重要無形民俗文化財指定を受ける。

足助屋敷・亜細亜交流館(萬々館・工人館)オープン。

中馬のおひなさんが始まる。

1999年(平成11年) 足助屋敷・薫風亭オープン。
2000年(平成12年)  
2001年(平成13年) 塩の道おたから展が始まる。
2002年(平成14年) たんころりんが始まる。
2003年(平成15年)  

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