マンガ時評vol.57 00/2/4号

怪しい仕事が、妖しい魅力のマンガに化ける。

 以前から「お仕事系マンガ」というのは、これからのマンガ界の大きな金脈のひとつだと思っていました。なにせ少子化&高齢化の時代です。恋愛マンガや青春マンガばかりでは先細りすること間違いなし。大人の読者に受けるならお仕事マンガに限ります。基本の『課長 島耕作』的ビジネスマン系から、昔からある医者モノや料理モノだけではなく、vol.10で取り上げた消防官マンガ『め組の大吾』やvol.38の看護婦マンガ『おたんこナース』など、あまりドラマとして成り立ちにくかった地味な仕事も、最近ではどんどん取り上げられてきています。

 とは言え、やはり昔から人気があるのは普通じゃない職業、合法と非合法すれすれの職業の世界を描いたものです。『ゴルゴ13』や『エロイカより愛をこめて』など、ジャンルは違えど派手な国際派から、『ナニワ金融道』や『ギャラリーフェイク』のような蘊蓄系まで、イリーガルな世界は実にマンガの舞台として魅力的です。それは単に知らない世界というだけではなく、表舞台で華やかに活躍している仕事では起こり得ないような、むき出しの人間の本性が描き出されているからです。

 最近、その手のギリギリ系で面白いのが、モーニングで不定期に連載している『Tokyoブローカー』(原作/楠みちはる、作画/伊藤ゆう)です。主役はクルマから不動産まで何でも扱うブローカーの仕黒。ひょんなことから彼と知り合った女性編集者の木ノ内の目を通して、この滅茶苦茶怪しいブローカー仕黒の仕事ぶりを描くこのマンガは、ブローカー版の『ブラックジャック』です。仕黒の仕事ぶりは、一見冷淡に儲けることだけを考えているようで、実はクルマやら不動産やらを回しながら、客に人生のちょっとした幸せまでももたらします。仕黒の「黒」はブラックジャックの「黒」なのです。もちろん木ノ内はピノコで、仕黒に振り回されながら少しずつ彼に惹かれていくあたりもそっくりです。また脇役の仲間のブローカーをはじめ、サブキャラもそれぞれに立っていて、このあたりも手塚っぽさを感じさせます。

 原作者の楠みちはるは有名ですが、絵を描いている伊藤ゆうという人は、僕はこれまで全く知りませんでした。しかし、見れば一目で「楠みちはるのアシスタントかな」と思うほどそっくりな絵柄です。なにせ最初に読んだ時は「楠みちはるも随分手を抜いた絵を描いているな」と思ったほどでしたから。彼の出世作『あいつとララバイ』の頃を思い出させるような稚拙さですが、この作品はそれが気にならないどころか、それがかえって味とさえ思えてくるから不思議です。ストーリーの骨子さえしっかり組み立てられていれば、少々絵が下手でもマンガは読めてしまうという典型的な例ですね。

 なぜ楠みちはる本人がこのマンガを描かないのかはわかりません。あくまでもクルマやバイクでかっ飛ぶ作品しか描きたくないのか、それとも腱鞘炎でも患っているのか、そのあたりは定かではありませんが、彼の今までのストレートな作品群よりも、この『Tokyoブローカー』の方が大人の鑑賞に耐えうるだけの深さと奥行きを感じさせるのは、少々皮肉なことです。もしこれが彼なりの実験作なのだとしたら、次回には自らの手でさらにこの世界を深めた作品を描いてくれることを期待したいと思います。