cinema eye

『ふたり』

鑑賞日91/5/14(劇場)
 とっても甘い、アマ〜イ、大林ムービー。長くなりますが、こんな感想持ちました。

★尾道
 なんと言っても「新・尾道三部作」。さっすが手慣れた町だけあって見事に尾道が生きています。それも前にも増して尾道の使い方が上手になったようで狭い路地・坂道が次々と登場。「ああ、こんな町に住んでみたいなぁ」なんて思わず郷愁を呼び起こされます。この映画、尾道でなかったら全く平凡な映画で終わっていたでしょうね。大林=尾道は不滅です。

★ふたり
 「ふたり」は、もちろん姉妹の「ふたり」なんですが、それと同時に夫婦の「ふたり」でもあり、親子「ふたり」でもあり、親友と「ふたり」でもある「ふたり」でした。人は「ひとり」なんだけど、「ふたり」で生きていくほうがずっと良いね、そういいたい大林監督の心が伝わってきます。

★赤
 冒頭のモノクロ画面に紅葉だけが赤く色付いています。また、姉が事故に会う直前、足首の白いソックスに赤い糸くずが、血のように映ります。まさに「赤」は何かが起こることを予感させる不安の色。ただカラーで撮るのではない色の使い方の巧みさに大林監督の演出センスを感じます。

★わかりやすさ
 この映画の主題は妹・実加の成長であり、それはラストの実加の部屋の風景の変貌ぶりで如実に示されます。このあまりにあざといまでの分かりやすさが本当に必要だったかどうか、石田ひかりの演技だけでも十分に実加の精神的成長ぶりは伺えるのですが、それでもダメ押しをする。しつこい大林演出ですが、これが監督のサービス精神の発露だと思いました。随所に見られる一般受けする商業映画作りの手法、さすが大林宣彦はプロです。

★赤川次郎
 赤川次郎作品の映画化はこれで10本目だということですが、恐らく(全部は見ていないので)最高の作品でしょう。『セーラー服と機関銃』『晴れ、ときどき殺人』『探偵物語』『どっちにするの』…みな所詮はアイドル映画の範疇を超えられなかった中で、石田ひかりを始めとするアイドルを使いながら、アイドル映画を超越した大林監督。赤川次郎作品の軽やかさ、少女マンガ的感性を映画的に表現しえたのは彼が初めてだっということは、やっぱり凄いことだと思います。

★キャスティング
 石田ひかり、中島朋子という姉妹のキャスティングは大正解でした。石田ひかりの健闘ぶりは賞賛されるべきものですが、中島朋子の演技と存在感はそれすら圧倒してしまいます。幽霊なのに、もっとも感情の動きを感じ生き生きしていたのは姉・千津子でした。優等生の哀しみを見事に表現しきった中島朋子。さすがです。疑問を感じたのは尾美としのり。尾道三部作には欠かせない役者であることはわかりますが、今回の役柄は少々無理があったように思いました。「新」三部作なのだから敢えて使う必要はなかったのでは?大林監督の今回最大の失敗と思います。

★150分
 さすがに2時間半というのは長いです。これはテレビ版があったために、より完全な『ふたり』をと思ってこの長さになったのではないかと思いますが、それにしても長い。途中で若干ダレます。劇中劇の場面あたり。姉と妹との違いを際ただせるために、丹念に描いたのだとは思いますが、普通ならやっぱりカットするだろうなぁ。大林監督が失敗作を撮る時のパターンて、こういう変なこりようが全面に出た時なんだよね。

★『櫻の園』と比べて
 去年の少女映画の秀作『櫻の園』と比べて一番違うのは(どちらもすぐれた作品ですが)中原監督に比べ大林監督の方が格段にプロっぽい、ということだと思います。『櫻の園』は実に端正な作品で、一分のスキもなく作りこんだ、という感じが強くします。対して『ふたり』はいろいろと遊びがあって、コンサートのシーンのオプチカルな処理とかマラソンのシーンの合成とか、ストーリー上の小細工、そしてラストシーンの後ろ姿が美加ではなく千津子であることなど、とにかく大林監督が楽しんでそして観客を楽しませようとしていることが良くわかる仕掛けになっています。どちらが良い悪いの問題ではありませんが、大林監督らしいと思いました。

★終わりに
 以上、大林監督を視点の中央に据えて語らせていただきました。とにもかくにもこれは大林宣彦でなければ撮れない映画だと思ったからです。冒頭、甘い映画だと書きましたが、中身は家庭の不和あり、肉親の死あり、結構暗いです。が、悪人が一人も出てこない大林ワールドだからこそ、そのあたりがサラッと流れて、少女の成長と言うテーマが浮き上がってきます。甘いけれど、見過ごせない、そんな何かがとてもいいと思いました。

P.S. マコ役の柴山智加が良いです。とっても良いです。

今回の木戸銭…1500円