DISCLAIMER:「ベルサイユのばら」の著作権は、池田理代子先生および池田理代子プロダクションにあります。
この作品は作者が個人の楽しみのために書いたもので、営利目的はありません。

Author: miki

Email: miki@he.mirai.ne.jp

Date: 10/21/2000

Category: オスカルとアンドレのロマンスを語るアラン

Spoiler: 「Fragonard フラゴナール展」カタログ 1980

Authors note: この作品は「BETH'S ROOM」で載せていただくために、書いた作品です。
BETH様、転載を快く許可頂きありがとうございました。
個人で楽しむ以外の無断転載・再配布は、ご遠慮願います。

Bout du doigt
ブー・デュ・ドワ
〜おしゃべりな指先〜
窓から降り注ぐ光に溶けてしまいそうな黄金色の髪、

深い湖を思わせるサファイヤ色の瞳、冷たいほど整った美貌…

美しい人間とは、指の先まで美が貫徹しているらしい。

白く細い指が、報告書を優雅に捲っている。

屋敷では、あの指で、ヴァイオリンを弾き、書物を紐解き、

軍では、シャルルヴィル(仏軍制式小銃スタンダードモデルの愛称)を握り、

エペやフルーレ(剣の種類)を見事に操る。

剣や銃があの指に似合うなんて…不思議だ。

指の白さが銃や剣に映えている。

本来なら、クラブサンを弾き、刺繍でもして、毎日優雅な生活をしているはずなのに。

「アラン、何をぼんやりしている。聞いているのか?」

「あ…すいません、隊長…

隊長は、綺麗な指先なのになぜ手袋を好まれないのですか?」

「…まったく、おまえ…私の話を全然聞いていないな。

なぜ突然手袋の話になるのだ?」

「いえ、綺麗な指先だなあと思ったものですから。」

俺の答えにかなり呆れ顔の隊長がいた。


気がつくと、一人でいる時の隊長の視線はいつも黒髪の従僕に注がれていた。

遠慮がちに、彼に気づかれぬように、そっと…。

確かにいつもは俺達兵士に目を向け、一生懸命軍務を遂行していたが、

ふっと視線が私人に戻ると、黒髪を追っていた。

自らの気持ちに戸惑っているように、でも、到底隠しきれぬ心…

湧き上がる思慕を自身で押さえきれぬとでも言うように。

(隊長、いいかげん自分に正直になりなよ。)

俺はその一言を告げそうになる。

でも、それは、恋敵に味方するようなものだ。

そこまで俺は、お人よしじゃないぞ。


でも、俺達がアベイ牢獄から解放されてからは、

視線は常に俺達兵士だけに心配そうに、嬉しそうに注がれている。

不思議だが、以前のように黒髪の男に視線がいかない。

彼女の視線が彼を必要以上に追いかけないのは、なぜなのか?

…そうか…とうとう自分の気持ちを押さえきれなくて、告白したのかな。

まあ、めでたいことだ。でも、俺には不幸かな、いや…よくわからん。

年上の親友の幸せはめでたいし、隊長の笑顔も彼の腕の中にあることは明白だから。

しかし、2日もすると気がついたことがある。

視線のかわりに、丁寧に手入れされた桜色の爪を持つ指先が、饒舌になった。

視線も表情も冷静な振りをしているが、

彼が用事でしばらくそばを離れると、指先が落ちつかなくなる。

なんだ、そういうことか。気持ちはやはり隠せないらしい。


次の日、彼女が細い指先に白い包帯をしていた。

「けがでもなさったのですか、隊長?」

俺は、深い意味もなく聞いた。

「ああ、ちょっと…飼い猫にね。」

「…気をつけないと、しばらく剣が使えなくなりますよ。」

それきり、俺はその会話を忘れていた。


その日の午後、休憩時間に俺は木陰を求めて木立の中に寝転んで休んでいた。

しばらくすると、葉陰の向こうに人のけはいが感じられた。

「ツゥ…痛い…指に触るな。アンドレ」

「ごめん…だから、指を噛むなと言っただろう…オスカル」

「だって…おまえが急にあんなことするから…悪いのは…おまえだ!」

「…だけど、項に口づけしただけだろう…」

その声の持ち主は隊長とアンドレだったが、いつもの二人とは声のトーンが違っている。

彼は、隊長のほどけぎみの包帯を器用になおしているようだ。

指先のけがは、猫の仕業ではないわけか。

「はい、はい、もうしないよ。」

「…べ、別にしてもいいけど…」

「いいけど…なに、オスカル?」

「…もう少し優しく…アンドレ」

「…わかったよ。今度は優しくする。」

隊長は甘えるような口調で、彼は少しからかうような口調だった。

隊長が、かわいくてたまらないとでも言いたげに、

クスリとアンドレが笑ったような声が聞こえた。

アンドレも苦労するな。まあ、幸せな苦労とでも言うのかな。

笑われて悔しそうな顔の隊長は、恋人の愛撫を思い出したのか、

頬を染めて恥らっている。

男女の間柄など既に知り尽くした大人の女のはずなのに、

どう見てもその表情は十代の少女のようだ。

そして、その声は、恋人の言葉に拗ねて甘えている女のものだ。

俺達には決して見せない、多分アンドレにしか見せない表情なのだろう。

俺は…見ない方が良かったのかもしれない。

あまりにかわいくて、妬いてしまう。

あとでアンドレを少しからかってやろう。


その日の午後遅く、ダグー大佐から呼び出された。

「すまないが、隊長のお屋敷までこの書類を届けてくれないか?

必要な署名が抜けていたのだ。他の者だと、心配だが、

おまえならお屋敷への使いも大丈夫だろう。遅くに悪いな。アラン」

「いいえ、お安いご用ですよ。でも、隊長はもうお帰りになられたのですか?」

「ああ、あまりお顔の色がよくなかったから、

アンドレに頼んで早めに連れて帰ってもらったのだ。」

そういえば、最近隊長の顔色が悪いと思ったんだ。


屋敷へ行くと隊長の居間へ通された。さすがジャルジェ家の屋敷だ。

調度品も見事なものばかりだ。侍女が下がって行った。

しばらくすると、隊長が堅苦しい軍服でなく、気楽な姿で現れた。

でも、顔立ちは軍人の、いつもの厳しさを漂わせていた。

「ああ、アランか?すまないな、手間をとらせて。」

「いえ、こんなこと何でもないですよ。」

ブラウス姿の隊長は、始めて見るが、やはりほっそりとしていた。

彼女が美しい指で、書類に署名をしている間に、

暇を持て余した俺の視線は、壁の絵に注がれた。

一枚の絵は、かわいらしい金髪の子供が多分大人に抱いて欲しくて手を伸ばしている。

別の絵は、若い貴族の夫婦が赤ん坊を抱いている幸福な家庭の様子だった。

見れば思わず微笑みたくなるようなそんな絵だ。

「この子供のモデルは、隊長ですか?」

「いや、違うよ。多分フラゴの子供だろう。」

「え、フラゴって?」

「おまえは若いから知らないだろうが、フラゴナールという画家がいるのだよ。」

「俺だってフラゴナールくらい知っていますよ。

でも、彼はエロティック画の達人でしょ?“ぶらんこ”とか“閂”とか…」

「ハハハ…そんな絵ばかり見ているな?おまえも…若い男だな。」

隊長としての仮面がはずれ、女性らしい微笑が蘇った。

笑われた俺は照れ隠しに文句を言ってやった。

「アンドレだって同じだと思いますよ。」

一瞬、隊長の指が止まったが、何事もないように再び動き出した。

そんな時、扉を叩く音がしてアンドレがショコラを持って現れた。

「ほら、噂をすれば…隊長」

「何の噂だ?どうせ悪口だろう、アラン?」

彼は笑いながら、隊長の机の上にショコラを置き、次に俺にショコラを手渡した。

彼女はクスリと笑いながら、

「いや、おまえが若いという良い噂だ。安心しろ。アンドレ

なあ、そうだったな、アラン?」

俺は答えに窮した。

「そうですね…良い噂です。」

ごまかすしかないな。

軍服姿と違い、従僕のお仕着せを着ている彼はやはり歳よりわかわかしくみえる。

「アンドレ、気が利かないな。アランだぞ…

私の部屋のオー・ド・ヴィ(ブランデー)とチーズでも持ってきてやれ。」

「え!?隊長、そんな勤務中ですよ。兵舎へ戻りますから。」

俺は隊長の明るい声の提案に驚いた。

「ダメだ。アランが来たことをこれ幸いにおまえが飲むつもりだろう。

顔色が悪いし、先に食事でもしろ。オスカル」

「なんだ!ばれていたのか?残念だったな、アラン」

「本当に残念です。でも、よろしければ、おみやげに貰って帰りますよ。

どうですか?隊長」

「それは良い提案だ。皆にはもったいないが、なくなれば、おまえも飲めまい。

なあ、オスカル、かわいい部下のために…」

隊長の顔は、彼の突然の提案に少し怒っていた。

でも、俺の顔を見ると、しかたが無いというように頷いた。

「かわりに極上のヴァン(ワイン)を持ってきてやる。待っていろ。オスカル、アラン」


しばらくすると、用事も終わり、三人でグラスを傾けた。

「こんなうまい酒が飲めるなら、たまには“お使い”もいいですね。隊長」

「調子に乗るなよ、アラン、今日だけだぞ。皆には内緒だ。私が恨まれる。」

俺は笑いながら、また絵の上に視線を戻した。

軍人の家の居間には不似合いな絵だった。

そんな俺の心を見透かしたのか、隊長が話し出した。

「そんなにあの絵が気になるか?フフフ、私の居間には似合わないか?

フラゴは確かに世間では閨房画の画家として、女性の官能美を

甘い華麗で装飾的な筆で描くことで知られているが、

かわいい子供や幸せそうな家族の絵もたくさん描いているのだ。

それに、本人も女を蔑まない貴重な男だぞ。私のことも褒めてくれる。

男性よりもすばらしい軍人だなんて…。だから、つい購入してしまったのだ。」

「フフフ…隊長もお伊達には弱いのですね。」

「まあな…人間だから。」

俺達の会話をアンドレは微笑みながら聞いていた。

貴重な男はここにもいるな。彼こそ隊長の一番の賛美者だろう。

身分違いの女主人に熱烈な恋をして、とうとうその情熱で彼女を落としてしまった。

会話している時の隊長の雰囲気は、兵舎に居る時と違い、

アンドレが身近にいるせいか、ふわふわと柔らかい、暖かな色あいの

毛糸にでも包まれたような、楽しい温かい幸福感に包まれている

女性らしいものだった。

でも、しばらくして、俺の視線を隊長に戻すと、親子の絵を

見つめる彼女の顔は、少し羨ましそうだった。

そして、視線をアンドレに移し、哀しそうに微笑んだ。

美しく細い指先が、椅子の肘掛の上をコツコツと叩いている。

三人で小一時間も話していた。長居し過ぎたな。

俺は、恋人同士の幸せな時間を邪魔しているみたいだ。

退散することにしよう。

まあ、極上の酒も手に入ったことだし、アンドレをからかうのは止めにするか。


帰りかけた俺は、指先に見とれていて、ダグー大佐からの大事な

ことづけを隊長に伝えることを忘れていたことに気付いた。

とって返したが、すでに部屋には二人は、いなかった。

通りすがりの侍女に隊長達の居所を尋ねた。

「オスカル様なら、薔薇園の方へ行かれましたわ。

でも、アンドレが一緒だから…ねえ、ちょっと、あなた…待ってよ。」

俺は侍女の話を最後まで聞かずに、指さされた薔薇園を目指して歩き出した。

薔薇が日当たりの良いあたりにトンネルのように茂り、その日陰に

ギリシア彫刻をかたどった大理石のベンチが見え、

そばに隊長の見事な金髪が見え隠れしていた。

「隊長…」

声を掛けようとした俺はアンドレが一緒にいるのをみとめた。

彼がベンチに座ると、彼女が甘えるように、彼の膝を枕にして横たわった。

「まだ顔色が悪いから、部屋で寝ていろ。せっかくダグー大佐が

心配してくださったから、早引きしてきたのだぞ。」

「心配性だな、おまえもダグー大佐も…ただの寝不足だ。

やっと兵士達が落ちついたから、私も大丈夫さ。寝台より、

おまえの膝の方がいいし、それに、外の方が気持ちいい。」

薔薇の茂みから垣間見える様子では、彼の膝からまっすぐに

彼女の腕が伸び、長い指が彼の髪や顔を丹念にたどっている。

でも、彼女の綺麗な指が彼の顔をたどる様子は、

どんな妖艶な女の姿態を見るよりもそそられた…不謹慎ではあるが。

黒髪に指を巻きつけ、俯き加減の彼の傷に愛しそうに触れ、

整った鼻筋をたどり、頬をなで、口元にたどり着く。

何時の間にか、彼女の指は彼に捕まり、口づけされていた。

そのまま抱き起こされ、胸の中に抱き取られる。

すると、今度は美しい指先が彼の喉もとをたぐり、

やがてクラバットをゆるめ、広げられた襟元を探り、鎖骨を探し当てる。

緩やかに指先はシャツの上を下へ這いながら、彼の胸を楽しむ。

まるで、音楽を奏でるように、おしゃべりな指先は歌っている。

「…おまえだけを愛している。おまえのすべてを…

何よりも誰よりもおまえだけを愛している。…」

彼女は、彼の首元に口づけ、腕を彼の首に巻きつけ甘えた。

偶然とはいえ、何でこんなに続けざまに二人の恋人同士の時間を

見なければならないのか…神様は残酷だな。

俺はことづけを直接伝えるのを諦めて、もと来た道を帰って行った。


やはり…神は残酷だと悟った。

あれほど、愛し合う恋人達を一瞬のうちに引き離す。

アンドレは石畳の上に冷たい躯(むくろ)となって横たわる。

隊長は、嘆いている。ついさっきまで彼女のそばにいた黒髪の恋人は

すでにただの死人だ。

なぜ?これが戦闘か?これが自由への道のひとつなのか?

俺には…わからない。

夜、町の様子をうかがいに出かけていた兵士が戻った。

隊長は、弾薬や銃の残りを数えさせて、明日また戦闘になった場合の

ことを俺達に指示していた。

でも…その細い指先は、恋人の遺髪を握り締めたままだ。

指が決して開かないとでもいうように、掌に食い込むほどに

遺髪を握り締め、必死に隊長の顔を保っている。

彼の遺髪だけが、ここで立っていられる拠り所だとでも言うように。

震える指先が彼女の心を囁いている。

「私のアンドレはどこ?私はどうしてまだ息をしているのか?」


運命の7月14日を何年も過ぎて、俺はパレ・ロワイヤル付近で

懐かしい名前を耳にした。

「あの時代遅れの衣装を纏った老人が、フラゴナールさ。」

昔、隊長の屋敷で彼の絵を見つめながら、三人で話をしていた。

懐かしい名前だな。ふとその老人に話しかけたくなった。

「…失礼、ムッシュ・フラゴナール…ジャルジェ准将を覚えてみえますか?」

突然の俺の無礼な言葉に怒りもせず、彼はしばらく俺と話をしてくれた。

彼も暇だったらしく、二人でしばし隊長の思い出話にふけった。

帰り際に彼が突然俺に尋ねた。

「アラン…君は…オスカル様のどこが美しいと思うかね?」

「え?隊長は髪も瞳も顔も、どこもかしこも美しかったですよ。」

「じゃ、どこが好きだったね?」

しばし考えて、昔の記憶を手繰り寄せた。

「…指かな。あの細くて、長くて、形のいい爪を持ち、いつも

きちんと丁寧に手入れされていた白い指先が好きだな。

それに、不思議と銃や剣が似合い、顔に出ない心の動きをあらわしていた。

つまり、おしゃべりな指先だったという訳ですよ。」

「…偶然だね、私も同じだよ。アラン」

「俺が将軍にでも出世したら、あなたに隊長の肖像画でも描いてもらいますよ。」

「ハハハ、今では…こんなに落ちぶれた画家でもいいのかい?

それより、“幻想的人物像”と人が呼ぶ私が描いた肖像画を見に来ないか?」

誘われるままに俺は、彼の住まいとなっているルーブル宮殿へ向かった。

彼の絵はすでに時代遅れとして売れてはいなかったが、ダヴィッドの

奔走により芸術委員会のメンバーとなっていた。

ルーブル宮で俺が見たものは、懐かしい隊長の顔だった。

そして、彼は今日のはなし相手のお礼にとその肖像画をくれると言う。

「遠慮なんてしなくていいよ。実は…オスカル様には内緒で描いた絵だからね。」

俺は涙が出るほど嬉しかった。

「遠慮なくいただきますよ。今の俺には何より嬉しい物です。

ありがとうございました。」


俺は悩んでいた。あの隊長を失った時より、無常にも時間は流れ、

革命は俺達が望んでいた姿から次第に変貌していた。

無意識に隊長の肖像画に話しかけていた。

「俺はどうすれば、いいのでしょう?隊長」

肖像画の彼女が答えるはずもなく、ただ沈黙が返されるだけだった。

寂しさと空しさの中で、俺は彼女の肖像画を見つめた。


彼女が指揮する姿を久しぶりに夢に見た。

ああ、あの美しい指先で剣と銃を握り、バスティーユに向けていた。

そして、生き絶える最後の時は、その指先がアンドレの迎えを

待って空に差し出されていた。俺はその指先にさえ嫉妬していた。

俺は…隊長として尊敬するばかりでなく、やはり、彼女を

ただの女性として愛していた。俺なりに深く愛していたのだ。

許さない行為…唇を奪うほどの激情で…。

肖像画を見つめていた俺は、涙でその絵が見えなくなっていった。

俺がナポレオンと出会うまでにはまだ数年を必要とした。

Fin
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Little Rascal